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.社会  投稿日:2022/10/5

【東大コロナ留年】学費問題を考える


吉村七重(医学生を子に持つ母親)

【まとめ】

・コロナ禍で多くの若者が不利益を被っている。東京大学杉浦蒼大氏は単位不認定の執行停止を求めて東大を訴えた。

・出身地でない国立大学医学部に子供を入学させた場合、年間約200万円かかる。多くの家庭の年収4~5割にあたる。

・東大は、学生の声を聞くなり、家計状況を調査するなりして学生第一の運営をするべき。

 

コロナ禍で多くの若者が不利益を蒙っている。感染したり、濃厚接触者になれば、試験を受けられなくなったり、スポーツの大会に出場できなくなるからだ。後者は兎も角、前者は補講や追試をすればいいが、厚労省や文科省が管理する国家試験でさえ、機会は保障されない。

東京大学も今年前期から追試を中止した。この結果、多くの学生が憂き目を見ている。その中の1人が杉浦蒼大君だ。詳細は上昌広氏のレポートをお読み頂きたい(東京大学教養学部事件 | “Japan In-depth”[ジャパン・インデプス])。

この杉浦君が単位不認定の執行停止を求めて、東京大学を訴えた。8月下旬に東京大学が杉浦くんに対して裁判で反論した。私は、杉浦君から、その内容を聞いた。現在、息子を大学に通わせている親としては、東大の浮世離れした内容に唖然とした。東大は世界における競争力が落ちていると言われて久しいが、このような姿勢を貫いているようでは当然だろうなと改めて思ったしだいだ。

本稿では、私がそのような疑念を持つことになった東大の態度について述べていこうと思う。

杉浦さんによると、まず、東大は、杉浦さんには重大な損害を避けるための緊急の必要性がないこと等をあげて、次のように述べているようだ。

 ・杉浦さんが1年間、教養学部に留年しても、医学部へ進学できなくなるわけではなく、医学部を卒業できずその結果医師になる道が断たれるわけでもない。

 ・杉浦さんが6年で卒業できないことは、杉浦さんにとって社会通念上回復困難な損害と評価することはできない、1年間教養学部に留年したとしても十分やり直しが可能だからである。

この意見の主旨を一言で述べるならば「大学の一年なんて一般的に大したことではないのだから諦めて留年しろ」というものである。この文章は、息子を大学に通わせている母親として、非常に憤りを覚えるものである。

ここで子供1人を1年間大学に通わせるのにどれくらいの費用がかかるのか概算して見よう。国立の学費は年間で53万5800円である。杉浦くんと同様私の息子は出身地ではない大学に進学したため、実家を離れて、独り暮らしをしている。従って、学費とは別に家賃、光熱費、食費、通信費などの生活費が発生する。私は、これらを賄うために仕送りとして月額13万円を送金している。従ってこの費用で年間153万円の支出となる。総額にして年間206万5800円である。厚生労働省の日本の年収の中央値が437万であるから多くの家庭の場合,収入の約4~5割が子供の進学費用に当てられることになる。

特に杉浦くんの場合、医学部なので、6年間この負担が強いられる。国立の医学部といえど相当な負担があるのだ。私も息子を国立の医学部に通わせているが、地方公務員かつ母子家庭であり、収入から考えると子供へかかる経費はかなり大きい。お恥ずかしながら、貯金する余裕はない。「貯金は息子が大学を卒業してから」と考え、今は収入のほとんどを学費等へまわしている。

こうした状況で、一年留年というのは、親にとってはかなりの痛手である。一般的に考えて余分に1年の教育費がかかるというのは家計にとって大きな損害となり得るのだ。「一年なんて大したことはない」などと述べている東大の連中は、親がどれだか苦労して子供を医学部に通わせているか、全く理解していないか、おそらく現場を見ないで、机上の空論をこねくり回す世間知らずなのではないか、と疑いたくなる。

世の中には、様々な状況や心情を持つ人がいる。それを想像、理解できないような人が教授をやっているということが今回、明らかになってしまった。彼らは、ろくに現場にもでないで日本の状況を適切に把握せず、「自分の周囲=世界」という勘違いを起こしているのではないだろうか。そして、自分たちと同様に世間一般においても十分な収入があるから1年くらい大したことなどないという現実離れした発想をしているのではないかと思ってしまう。こうした人物を教授として雇っている東大の品位に疑問を持たざるを得ない。東大を本気でよくして行きたいと思うのならば、もっと現場に出て、学生の声を聞くなり、家計状況を調査するなりして学生第一の運営をするべきではないのであろうか?大学の主役は職員ではなく学生なのだから。

トップ写真:東京大学駒場教養学部 出典:ⓒAkira O. 東京発フリー写真素材集




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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