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.国際  投稿日:2023/2/24

武漢・大連で起きた「白髪運動」


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・2月15日、武漢市に住む高齢者・退役軍人が新医療制度に抗議する「白髪運動」が勃発。

・国民の“生命線”である健康保険の保証の揺らぎは政府への不信につながる。

・「白髪運動」に参加した武漢の住民に、役人が次々と電話をかけ、まもなく逮捕するという。

 

今年(2023年)2月8日、武漢市では退職者数万人が市政府前に集まり、健康福祉を削減する「医療保険改革」(後述)措置撤回の請願が行われた(a)。

同日以降、武漢当局は政策広報を徹底して行い、地域保健所138ヵ所、小売薬局1000ヵ所を新設して、高齢者が近くの薬局で薬を手に入るようにした(b)。しかし、ほとんど成果はなかった。

そのため、1週間後の同月15日、武漢市に住む高齢者・退役軍人が新医療制度に抗議する「白髪運動」が勃発している(a)。同市漢口の中山公園には、当局の警告にもかかわらず、当日の朝から大勢の退職者が集まり、「医療保険改革」撤回を要求した。

抗議の群衆の中には「反動政府を倒せ!」と叫ぶ者もいた。集会に参加した多くの人々は「インターナショナル」(「国際歌」)や「団結は力なり」(1943年に作曲された抗日歌)を歌っている。

現場周辺には警察が大挙出動し、混乱を抑え込んでいるという内容がインターネット上に掲載された。また、デモ参加者の数人が警察に連行されたという。

「白髪運動」は、昨年11月の「白紙革命」(A4の紙を掲げて、習近平政権に抗議)後、中国共産党が直面する新たな課題となった。同運動は、大連市にも波及している。

さて、昨年12月31日、武漢市は「基本医療保険外来共済保障実施細則」を発表し、今年2月1日、正式に実施を開始(c)した。

従来の方式によると、当局は高齢者の個人口座に医療保険金として毎月286元(約5600円)が振り込んでいた。だが、改革後、約7割カットされ、83元(約1600円。2021年の基礎年金平均の2.5%)へと減額された。今までの3分の1にしかならず、年間2436元(約4万7700円)も減少している。年金受給者にとっては、厳しい改変措置だろう。

また、外来診療補助に関して、新政策では支払基準を500元(約9800円)以上とした。年間の外来診療費が500元未満では補助を受けることができない。他方、年間補助総額は4000元(7万8400円)までであり、超過分は自分で支払わなければならなくなった。

一方、新制度下では、薬の購入が不便となった。多くの高齢者は、地域医療機関(1級病院)に依存している。だが、多くの地域病院は薬が不足していて、例えば、脂質異常症薬(コレストロールを下げる薬)さえ足りない。地域病院で薬が購入できない場合、別の病院(3級病院)へ行く必要がある。ただし、多くの薬が診療報酬の対象とならないので、自己負担率が高くなるという。

健康保険は国民の“生命線”であり、この保証が揺らげば、政府に対する信頼が失われるだろう。

実は、個人の毎月の医療費補助カット分を「健康保険組合出資金」に充てる(a)という。これは、2021年、国務院(内閣)が打ち出した施策である。けれども、その出資金の使途が不明だという。

おそらくコロナ流行の発生地となった武漢市政府は、財政が相当苦しいのではないか。そのため、いち早く「医療保険改革」を実行に移した公算が大きい。今後、武漢市や大連市以外でも、同様な事が起こるのではないだろうか。

あるSNSユーザーは、以下のように指摘(b)する。武漢市の高齢者がなぜ激しく抗議するのか。なぜなら、同市は最初にロックダウンされ、血と涙を流した。一晩でロックダウンを解除した結果、ほとんどすべての人がコロナに感染し、多くの高齢者が死亡した。健康福祉の減額は高齢者を死に追いやり、政府の負担を減らすのが本当の目的ではないか、と手厳しい。

武漢市と大連市などでは、医療改革に抗議する退職者たちの「白髪運動」が未だ尾を引いているが、中国政府はその“後始末”に乗り出した(d)。デモ行進に参加した武漢の住民に、役人が次々と電話をかけ、まもなく逮捕するなど、まるで“白色テロ”のような状態になっているという。

ちなみに、国泰君安証券研究員の丁丹と呉宇擎の報告によれば、2022年1月から11月まで、国民健康保険基金の累積収入は2兆6576億4200万元(約52兆0898億円)で、累積支出は12兆1301億7400万元(約237兆7514億円)に達したという。つまり、約185兆6616億円の赤字である。

3月上旬に開かれる両会(全国人民代表大会と政治協商会議)では、「医療保険改革」など重要な課題を避けて通れないのではないか。習主席は、第20回党大会で党・政・軍の権力を一手に握った。そのため、これから国内で発生する様々な問題について全部の責任を負う必要があるかもしれない。

〔注〕

(a)『万維ビデオ』「同じ日に武漢と大連で『白髪運動』が勃発し、習近平はそれが“長引く”ことを恐れている」(2023年2月15日付)

(https://video.creaders.net/2023/02/15/2577863.html)

(b)『中央社』「中国白髪運動拡大、武漢大連『反医保改革デモ』再現」(2023年2月15日付)

(https://www.cna.com.tw/news/acn/202302150365.aspx)

(c)『中国瞭望』「抗議を受けたが、残念ながら武漢医療保険は未来の大きな流れだ」(2023年2月19日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/02/19/2576862.html)

(d)『RFA』「『白髪運動』の清算、中国政府は逮捕準備との噂も」(2023年2月16日付)

(https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/renquanfazhi/hcm-02162023075426.html)

トップ写真:旧正月の1月25日に武漢の街でドローンを見る人々 出典:Photo by Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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