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.社会  投稿日:2023/3/16

防衛大学、任官拒否者を卒業式から排除の安倍政権の悪習を是正


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛大学校は今月26日に行われる卒業式に自衛官への任官辞退者の出席を認めた。

・この決定は岸田政権が過去の安倍、菅政権との決別を示すものと言ってもいい。

・今回の防大の卒業式の改革を防衛省、自衛隊の意識改革に繋げないと、自衛隊存続自体が危ぶまれる。

 

本年度の防衛大学校(防大)の卒業式では14年春以降自衛隊に入ることを拒否した卒業生、いわゆる任官拒否者を卒業式に出席させなかった。

任官してなくても、課程を終了して卒業する学生を卒業式から排除するのは、組織的な「いじめ」であり「差別」である。このような歪んだ差別が始まったのは第二次安倍政権からで、それが菅政権でも何の疑問もなく引き継がれてきた。それが今月の卒業式から変わる。

3月3日の大臣会見で、筆者は防大の卒業式に任官拒否者を出席させないことについて、と浜田防衛大臣に質した。(浜田防衛大臣閣議後会見2023年3月3日

 

Q:大臣、今年もそろそろ防衛大学の卒業があるかと思うんですけれども、その卒業式に際して任官拒否者を卒業式に出さないというのが恒例になっていますが、これ今年もそうなんでしょうか。

A:その点についてはですね、このところ、コロナの影響もあったりとかいろいろあったわけでありまして、その意味では、私のところにまだ詳しく説明は受けておりませんので、事務方の方に問い合わせていただければと思います。

Q:ただずっと慣例でですね、任官拒否者を排除してきたという過去の経緯があるわけですね。それは、世間でいうところのいじめとかですね、排除というとあれですけれども、いじめに当たるんではないかと思うんですが、そういうことをしているからこそ逆に任官拒否者が増えているんではないかと思うんですけれども、大臣そういう御認識ございませんか。

A:一つ一つそういったことに対してですね、今、防衛省の方としてもいろいろなところに気配りをしながら検討しているところでもありますので、今の御指摘については、私が今ここで、コメントすることは差し控えさせていただきたいと思います。いずれにしても我々とすれば、防衛大学校の更なるですね、多くの方々から理解をされ、そしてまた自覚を持った防衛大学生が今後も自分の技術等も含めてですね、研鑽をしながら努めていく、これが極めて重要だと思っておりますので、そういう意味では、いろいろな御指摘があることを認識しつつ、またいろいろと検討させていただきたいというふうに思っているところであります。

だが、その日の夕方に朝日新聞で今年の卒業式では任官拒否者も参加できるように改められたと報じられた。

防衛大、自衛官任官辞退でも卒業式への出席可 見せしめ批判から転換

田嶋慶彦2023年3月3日 19時11分

防衛大、自衛官任官辞退でも卒業式への出席可 見せしめ批判から転換

>防衛大学校(神奈川県横須賀市)は今月26日に行われる卒業式に、自衛官への任官辞退者が出席することを認めることを決めた。2013~21年度は出席を認めていなかったが、方針を転換する。同校が朝日新聞の取材に明らかにした。

>「見せしめではないか」との批判もあったが、政府は17年4月に閣議決定した答弁書で、「同校では、同校の設置目的に鑑みて、自衛官への任官の意思のない者を卒業式典に参加させることは適当ではないとの考えから、参加させていない」としていた。

>昨年度の任官辞退者は過去2番目に多い72人で、本科卒業生の15%だった。

何故午前中の会見で大臣がこのことを知らなかったのか、筆者は防衛省広報課報道室に問い合わせた。大臣が知らなかったということは大臣官房も知らなかったということだ。

 回答によると防衛大学校が決定したのは令和5年2月3日(金)であり、大臣等への報告は3月3日の会見よりも前には行われていなかった。

任官辞退者の出席を含む卒業式の内容については、式典を主催する防衛大学校において決定するものである。なお、大臣に対しては、3月26日に実施予定の式典の準備の一環として、適切なタイミングで報告される予定だった、ということである。

 無論大臣は多くの式典に出席するわけで、すべての式典について知っている必要はない。

だが今回の決定は特別だったはずだ。防衛費大幅増額という方針が決まっても、隊員が集まらず、入った隊員もすぐにやめてしまう現状がある。いくら予算を増やしても隊員を確保できれば軍拡は砂上の楼閣だ。

 そして防衛大学では陰湿ないじめや不祥事が続いており、それもあって防衛大の任官拒否も非常に高いレートで推移してきた。そして任官拒否者を卒業式に出させないというのは政府ぐるみの「いじめ」「差別」である。それが任官拒否者を増やすこと一因にもなっているのではないか。その様な反省もあったはずだ。これは単なる学校の式典の変更ではない。

 この任官拒否者の卒業式からの排除は第二次安倍政権が行った、底意地の悪い露骨ないじめといっていい。それには安倍元首相の歪んだ国家観が影響していたのではないか。仮に普通の大学で自衛隊に入隊する学生を卒業式から排除したら、故安倍晋三がどのような反応を示すか容易に想像がつこう。

在校生は毎年このような歪んだ卒業式をしてきたわけで、このような嫌がらせをやる最高指揮官を頂き、それを当然と思う防衛省、自衛隊という組織で働くことを良しとせず、任官を拒否しても誰が責められようか。

 防大の学生は学費もいらず、給料もでる。故に任官しなかった卒業生は学費や給料(学生手当)を返せという声も少なくない。だが防大の学生という身分は、学ぶこと自体が「職業」である公務員である。それに任官後に拒否すればいいのだろうか。学費や給料の返還が嫌だから任官して数年して辞めるのはいいのだろうか、何年「年季奉公」をすれば許されるのか。むしろ中途で退職される方が自衛隊の負担は大きくなるだろう。

 それに軍隊や自衛隊では中に入っても各種術学校など多くの学校が存在する。任官拒否に授業料や給料を返せというのであれば、それらの学校の終了者に対しても同じことを要求しなければならない。

 実際に入学後に、家庭の事情で就職せざるを得なかったものもいるだろうし、自衛隊の実態が見えてくるにつれて、自分が思い描いていた組織とはかけ離れた組織であることを知り、任官を拒否するものもいるだろう。防大という閉鎖組織では陰湿ないじめも横行しており、また現状について疑問を挟めないような雰囲気もある。このような「同期」とともに働くことをよし、せず任官拒否を選んだ者もいるだろう。

 仮に任官拒否者に学費や給料を返還を義務付けるならば、多くの若者が入学を躊躇して防大の試験者や入学者は激減するのではないか。

上記のように安倍政権では、このような任官拒否者を差別することを当然だと閣議決定しているから言い逃れができない。それはその後の菅政権でも受け継がれた。閣議決定された認識をひっくり返すのであればひとり防大だけの決定では済まないはずだ。この決定は安倍政権下、あるいは安倍元首相が生きていて政治的影響力があったならば不能だっただろう。

この決定は岸田政権が過去の安倍、菅政権との決別を示すものだと言ってもいいだろう。防衛省の報道室の回答を素直に信じるのであれば、このような重大な政策転換に関する決定から防衛大臣が蚊帳の外に置かれていたということになる。

それは大きな問題ではないか。また防大の任官拒否者の卒業式からの排除の停止は、単に防衛大という学校の式典のプロトコルの問題ではなく、自衛隊の幹部の確保という人事の問題である。そのように防大側が認識していれば、もっと早く大臣官房に連絡していたはずである。

そうであれば筆者の質問や、朝日の記事がでる前に、大臣がアナウンスできたはずだ。そうすれば防衛省の改革としてアピールでき、また多少なりとも岸田内閣の印象をよくできたのではないだろうか。青木健至報道官がこの件についてあきらかにしたのは3月10日の記者会見であり、いかにも遅い。その後も後追い報道が続き、そのような効果は発揮されなかった。防衛省内部での情報共有と広報のあり方に大きな欠陥があるのではないだろうか。

果たして過去に閣議決定された案件を一学校が独自に変更できるものだろうか。実は大臣も大臣官房も知っていたのではないか。党内最大派閥である清和会(安倍派)を刺激しないために防衛省の発表ではなく、報道が出てからそれを追認するという形をとったのではないかと思われても仕方がないのではないか。

いずれにしても先の安倍政権時代からの負の遺産が一つ消えたことは歓迎すべきである。自衛隊では隊員の新規募集のみならず、中途退職も多く問題となっている。陸自では充足率が6割を切る部隊もゴロゴロ存在する。

無論少子高齢化が進み、若年層の減少と言う面もあるが、防衛省や自衛隊のパワハラ、セクハラ、いじめを是とし、隠蔽する体質にも大きな問題がある。それを防衛省や自衛隊は必ずしも把握していない。

今月、山下裕貴元陸将はTwitterで「中途退職とハラスメントは因果関係は無いと思います」と投稿して、多くの批判を浴び、該当ツィートを削除した。このような自衛隊首脳の認識が個人的あるいはSNSで拡散されて、その実態を知って嫌気がさすケースも多いと聞いている。そのような実態を自衛隊や防衛省の首脳は正しく把握していないのではないか。

防衛省、自衛隊は無謬である、現状の体制は常に正しい。故にそのような被害を言い立てる隊員は不穏分子や異端者である。そういう認識があるからいじめやハラスメントが改善しない。そして露見しそうになると隠蔽する。防衛省の防大学校(防大に非ず)の教授会では、会議でパワハラを訴える発言を議事録から削除、捏造することまで行っている。

隊員がこれらの理由でやめたいというと、嫌がらせと、そのような言質を与えないために、調査をするという理由で何ヶ月も退職を認めない。だから一刻でも早くやめたい隊員は「一身上の理由」あるいは「家庭の事情」を理由に退職する。これであれば部隊長は責任を回避できるからだ。当然防衛省や自衛隊の上層部は実態を把握できない。これは財務省からも指摘されている。

自衛隊の人員増は幻 | “Japan In-depth”[ジャパン・インデプス]

○ 自衛官を増員する一方、自己都合による自衛官の中途退職者は、10年間で約4割増加し、年間約5,000人。これは毎年の新規採用者の約1/3に相当する自衛官が中途退職していることとなる。

○ このうち、国家資格と同等の技能証明の取得が必要な職種の自衛官(パイロット、医官、看護官、整備士等)が、約3割を占める。

○ また、任官後早期(特に4年以内)の退職者が多く、階級別にみれば、曹士クラスが9割超。いわば採用、教育訓練のコストの掛け捨ての状態。

中途退職の原因について、今回はじめて防衛省において統一的に簡易な調査を実施(「就職」、「家庭の事情」といった声が多い)。

○ 自衛隊では、地方協力本部(全国50か所)の広報官等2,425人により、年間約9万人の応募者を確保しているが、広報官等1人当たり応募者数は10年間(H22~R元)で約2割減であり、効率性が悪化している状況。

 ○ 防衛省においても、応募者数が減少した根本的な原因の分析をしっかり行った上で、新しい時代に合った採用活動を実施すべきではないか。

これらの指摘は重要だ。採用を増やして、採用した自衛官が多く辞めている。毎年の新規採用者の約三分の一に相当する自衛官が中途退職しているということは、常識的に考えれば職場に何らかの深刻な問題があるということだ。それを解決せずに増員してもザルで水を掬うようなものだ。防大の任官拒否者についても中立的な第三者機関を使って任官拒否の本当の理由を調査し、対応をすべきだ。

今回の防大の卒業式の改革を防衛省、自衛隊の意識改革に繋げないと、自衛隊存続自体が危ぶまれるだろう。

(了)

トップ写真:防衛大学校卒業式 2020 3月22日 日本・横須賀

出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

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清谷信一

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