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.政治  投稿日:2022/12/21

軍拡政策はアベノミクスが失敗だったから


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・岸田内閣は防衛三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定した。

・身の丈を顧みず、借金で軍拡すれば将来の国家財政の破綻は目に見えている。

・防衛費増大の前に、自民党の旧統一教会との癒着を徹底的に調査して事実を解明し、その再発を防ぐべきだ。

 

岸田内閣はいわゆる防衛三文書、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画を閣議決定した。これによって我が国は急速な軍拡に舵を切って、世界三位の軍事大国を目指すことになった。

この大幅な防衛費の増額を自民党が昨年から唐突に言い出した。その急先鋒は暗殺された安倍元首相だ。彼は日本の防衛費をNATO並のGDP比2パーセントにする、その財源は国債だといいだした。昨今メディアはその財源については言及するが、そもそもなぜ急に軍拡をするようになったのか。その原点について報道も分析もしていない。

なぜ急に軍拡が必要になったのか。我が国周辺諸国の環境が突然変わったわけではない。ウクライナ問題が影響しているという人がいるが、自民党が防衛費GDP2パーセントを言い出したのはそれ以前だ。更に申せば、ウクライナ侵攻でロシアの軍事力、経済力は大きく削がれて、我が国対する脅威は相対的に低減している。

なぜ唐突に国債発行で防衛費GDP2パーセントが出てきたのか。

それは第二次安倍政権の経済政策、アベノミクスが完全に失敗だったからだろう。だからこそ安倍元首相は首相としてその責任を回避するために持病を理由に政権を放り出したのではないか。

安倍元首相はアベノミクスで、10年間でGDPを600兆円にする公言していたが、2020年度でGDPは536兆円にすぎない。それもGDPの統計を操作した上での数字だ。

同様に10年間で個人所得を150万円上げるともいったが、実際はむしろ24万円も低下しており、達成目標に174万円も足りない。

アベノミクスで物価が上がれば、消費が喚起されて経済は成長するというのが安倍元首相の主張だったが、物価が上がったが多くの国民の可処分所得は下がっている。また円安誘導によって輸出増大を狙ったが、ドルベースでの輸出は横ばいで、貿易収支は赤字に転落している。そしてGDPでは人口が約8300万人、日本の7割に過ぎないドイツに追い抜かれ、一人当たりでのGDPは韓国や台湾にも抜かれてしまった。

日本の経済的衰退は目を覆うばかりであり、今後少子高齢化でさらなるGDPの減少が予想されるなか、財政赤字はばらまき政策を続けてきたために拡大する一方だ。

仮に安倍元首相の「思いつき軍拡」が必要であってもアベノミクスが実際に成功してれば、所得税、消費税、法人税などが伸びて国債で軍拡など必要なかったはずだ。

辞任した安倍元首相は再び首相に返り咲こうと画策していたが、そのためにはアベノミクスの失敗を隠蔽する必要があったはずだ。

そこで国防を強化して強い指導者という「設定」を印象づけて、国民の目をアベノミクスの失敗から逸して、追求を免れようとしたのではないか。だがそのために増税すれば国民の反発は必至だ。だが、国債発行であれば見た目には納税者の負担は増えない。

1982年、大統領を兼任していたアルゼンチンのレオポルド・ガルチェリ陸軍総司令官が内政に対する世論の沸騰から逃れるために、英領フォークランド諸島に攻め込んで軍事的成果で国内を鼓舞しようしたことを思い出すのは筆者だけだろうか。

そして自民党清和会(安倍派)や国防部会は急に、自衛隊の弾薬が足りない、装備の稼働率が低すぎると騒ぎだした。だが、それは歴代の自民党政権が放置してきた問題だ。実は稼働率の問題は福田内閣時に石破防衛大臣が初めて調査を命じた。それまで各幕僚監部では装備の稼働率を調査したことはなかった。つまり防衛省、自衛隊も自民党国防部会も装備の稼働率には関心がなかった。またメディアも関心を持ってこなかった。

その稼働率の低さは2011年の東日本大震災でも露呈した。陸自のオートバイ、トラック、無線機などの稼働率は惨憺たるものだった。だが震災への対応はうまくいったということになって、稼働率の低さの問題は隠蔽された。

それが今になって急に小野寺五典元防衛大臣はじめ、自民党の軍拡議員が大騒ぎし始めた。小野寺元大臣は都合3回、3年に渡って防衛大臣を勤めたが、その間に彼が装備の稼働率や弾薬の不足を問題にしたことは一度もなかった。

 そもそも防衛省の装備調達は国際的に見て怪異かつ異端だ。これが原因で市場の何倍も高い装備を平然と調達してきた。そのような問題を歴代防衛大臣や与党自民党は等閑視してきた。それを今になって鉦や太鼓で叩いて大騒ぎするのは自分たちが無策だったと告白するのに等しい。

そもそも昨年の衆議院選挙で自民党はNATO同様に防衛費GDP比2パーセントを公約にしたが、その基準を従来の我が国の算定方式にするのか、NATOの算定方式にするのか決まってもいなかった。従来の我が国独自算定ならば現時点で防衛費は約1パーセント、NATO基準ならば約1.2~1.3パーセントあり、大きな開きがある。政権与党の公約としては極めていい加減、無責任だ。これは防衛大臣経験者が証言している。

その後もどちらを基準にするかと言うことで自民党内でも紛糾してきた。安倍元首相は「北大西洋条約機構(NATO)加盟国並みの国内総生産(GDP)比2パーセントという目標をしっかりと示し、検討してもらいたい」と述べている。(参考:安倍元首相、防衛予算のための国債発行の必要性に言及 – 産経ニュース

だが小野寺元防衛大臣ら軍拡強硬派は、NATO基準は「水増しだ」と批判をしている。そもそも米国がNATO諸国に要求している水準であるGDP比2パーセントに合わせるといっておきながら、NATOの基準にあわせたくない、もっと増やしたいというのはロジックが破綻している。

また安倍元首相は国内総生産(GDP)比2パーセントへの引き上げに否定的な意見に対して「(必要な防衛費を)積み上げなければいけないという議論は小役人的発想だ」と述べていた。(参考:日本に「継戦能力なし」=安倍氏 | 時事通信ニュース

それは戦略の見直しも、防衛費の使い方も見直さず、借金で軍拡すれば国防が全うできると主張するに等しい。

基本政策の原資は税金であり。だから財源を明示しなければならない。予算額には限りがあるわけで、何かを増やすならば何かを削らないといけない。それを考えるのが政治家の仕事のはずだ。だが清和会(安倍派)や自民党国防部会は、国債発行で賄え、増税で国民の負担を増やすなと主張している。ダダで政策ができるというのは納税者を謀ることである。

それでもこれが高度成長期であれば可能だっただろう。当時は毎年GDPも国民所得も増大していたから、今多少の借金をしても大丈夫だった。しかも当時はGDPの二倍などという巨額の財政赤字は存在していなかった。

岸田政権が軍拡はするが、財源は必要だというのは安倍派に対する忖度と、現実的な財政運営を天秤にかけた妥協だろう。だが増税によって賄えば納税者も防衛費の使い方に興味を持ち、批判もでてくるだろう。その点が唯一の救いである。

自民党税制調査会の幹部会は14日、防衛費増額の財源として法人税、所得税の一部の東日本大震災の復興特別所得税、たばこ税の3つを軸とする素案を示した。

だが事実上の「官製脱税」である「ふるさと納税」の廃止には言及していない。12月16日の定例防衛大臣会見で浜田防衛大臣は筆者の質問に答える形で、自民党は防衛費増大の財源として「ふるさと納税」の廃止の検討はしていないと述べた。(参考:防衛大臣記者会見

「ふるさと納税」は納税とはいいつつ事実上寄付である。利用者は2008年の制度開始から年々増加の一途を辿り、金額は、2021年度は8,302億円。本年度の総額が1兆円を越えるだろう。そのうち返礼品や事務費、手数料などで本来入るはずの税収の半分が税収から消えている。

これを廃止して防衛費に当てるのであれば、5千億円は手当でき、法人税の増税は必要あるまい。「ふるさと納税」にかぎらず、GOTOトラベルなど、いわゆるばらまき政策は少なくない。これらは実質的に国債を財源に行われているが、これらをやめれば増税は必要あるまい。GDPの2倍以上の巨額の財政赤字を抱える我が国で、このようなばらまき政策をやる余裕はないし、この30年間財政を投じて景気や消費を刺激するという政策は失敗してきた。その結果が巨額の財政赤字である。本来不要なばらまき政策を止めることなく、新たに増税をすることは経済の活力を下げかねない。

 

冷戦時代経済的に余力があったレーガン政権時代、米国はソ連に軍拡競走を仕掛けた。それに対して経済が停滞していたソ連はまんまとのって、軍拡を行い結果ソ連は崩壊した。

今世紀に入って中国は大規模な軍拡を行ってきた。だがそれはGDPの拡大に沿ったものであり「健全な軍拡」だ。対して我が国はGDPが良くて横ばい、しかも財政赤字は拡大の一途だ。しかも少子高齢化で社会保障費は増え続けて、人口、特に若年労働力は減っている。将来的に経済成長の余地は少ないどころか縮小の危険も大きい。その中で第二次大戦中以上の巨額の財政赤字の借金を返していかなればならない。

このような「貧乏国」が身の丈を顧みず、借金で軍拡すれば将来の国家財政の破綻は目に見えている。また財政が破綻しなくても実際にホットウォーになった場合に起債ができる余裕はない。その際は米国に限らず、外国から装備を買うも外貨が必要だ。だが返済が絶望的な国の債券を他国や投資家が買ってくれるだろうか。金がなければ戦争ができないのは洋の東西を問わない真理だ。その真理から目を背けて身の丈を超えた軍拡をやっても国家否定して戦わず負けることになるだろう。

月間文藝春秋1月号によれば、旧統一教会は日本人の信者から集めた資金から4500億円以上の巨額な資金を北朝鮮に提供し、核兵器、弾道弾の開発に寄与した。しかも安倍元首相親子三代は統一教会と協力関係にあった。安倍元首相や実弟の岸信夫元防衛大臣、借金軍拡を強力に主張する萩生田光一民党政調会長、そして少なくない自民党議員は旧統一協会から無料の秘書を提供されるなどの便宜を受けてきた。

自民党政権は、信者を洗脳して巨額の献金を吸い上げる旧統一協会を取り締まるどころか、政権維持のために積極的に関係をもってきた。ある意味総理大臣=自衛隊最高指揮官以下、政権与党が間接的に北朝鮮の核、弾道弾開発の開発、装備、すなわち間接侵略に協力してきたと言えるだろう。防衛費を増やさざるを得ないその原因を安倍元首相や清和会がつくってきたのではないか。まさにマッチポンプである。

防衛費増大の前に、安倍元首相や、自民党の旧統一教会との癒着を徹底的に調査して事実を解明し、その再発を防ぐべきだ。

安倍元首相と清和会、自民党国防部会権力維持のために経済大国の座から滑り落ちた我が国が、無理な借金軍拡して国家財政を悪化させれば喜ぶのは中国だ。ソ連と同様に戦わずして日本が崩壊、あるいは抑止力が大幅に低下する。戦わずして中国が勝利するだけだ。古今東西、敵よりも危険なのは無能な味方である。

トップ写真:平成30年度自衛隊記念日観閲式に出席する安倍晋三元首相と岩屋毅元防衛大臣  2018年10月14日 陸上自衛隊朝霞駐屯地

出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

 




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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