自民党に安全保障の当事者能力はあるのか
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・小野寺氏の防衛装備品調達価格の国会質問に驚いた。統廃合や調達の合理化もせず防衛費増額を目指すとは。
・政府は防衛装備品メーカーの統廃合を促せ。欧州は勿論、ロシアや中国ですら実行している。
・岸防衛大臣の健康不安も問題。安全保障を軽視し、党内政治を優先する政府与党が安易に「借金軍拡」を目指すのは極めて危険。
5月26日の国会中継を見ていて小野寺五典元防衛大臣の質問を聞いて筆者は驚愕した。
小野寺議員は「我が国の防衛費は横ばいだが中国などは増やしている。装備調達は高騰しており以前と同じ予算では手当できない」と防衛費の増額を訴えたが、その時74式戦車と最新型の10式戦車の調達単価の載っているフリップをだして「以前の戦車が新しい戦車に替わると値段は3倍以上の金額になる」と力説した。
写真)衆院予算委員会で質問する小野寺五典元防衛大臣(2022年5月26日)
だが調達価格約4億円の74式戦車の後継は90式戦車だ。そしてその後継である10式戦車の調達単価は当初10億円で90式と同じで、現在は14億円だ。それだと値上がり率で「不都合」があったのだろう。
因みに74式戦車が導入された翌年75年の防衛費は約1.34兆円に過ぎない。対して前年度の補正予算とパッケージ化された本年の防衛予算は約6兆円であり、その約4.5倍だ。これを「横ばい」と強弁するのは無理があろう。因みに74年当時はあんぱんが25円の時代だった。
また小野寺議員は(P-3CからP-1になって)哨戒機の調達単価は2.6倍と述べている。また空自のF-2が共食い整備(他の機体から部品を外して他の機体に使用)を余儀なくされていると述べた。これは海自が自ら高コスト哨戒機を選んだ結果だ。米海軍ですらコストの低減のために大量生産されている旅客機737とそのエンジンを流用したのに、海幕は機体、エンジン、ミッションシステムすべてを国産化するという「贅沢」にこだわった。
写真)富士総合火力演習に参加した空自F-2戦闘機(2022年5月28日 東富士演習場)
出典)Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
採用当時の石破茂防衛庁長官はこの高コスト哨戒機に断固反対したが海幕に強硬に押し切られたという経緯がある。その当時からP-3Cですら当時から共食い整備が恒常化していた。
仮に現用のP-3Cの主翼を交換すれば機体寿命は新品同様になる。システムだけを入れかえれば遥かに安価についたはずだ。実際にP-1の高い調達、運用コストもあって導入が進まず、海自はP-3Cを延命化して使用している。
F-2の共食いにしても他国の何倍も調達運用コストが高いC-2輸送機を導入し、あまつさえ電子専用の派生型まで導入したり、調達単価23.75億円のはずの次期救難ヘリを事実上の「官製談合」で採用して50億円を越える単価で調達するなどの乱脈が原因だろう。
更に申せば、第二次安倍内閣の防衛大臣時代にはオスプレイの導入を決定している。MV-22オスプレイは「競合機」がアグスタ・ウエストランド(現レオナルド)のAW609だが、これはビジネス機であるし、当時完成もしていなかった。同じ入札でトラックと軽自動車を競わせるようなもので、初めからオスプレイ導入ありきだった。
オスプレイが陸自に17機配備されるが、その調達費用3,600億円はおおむね陸自のヘリ調達予算の10〜12年分だ。1機当たりの整備費は年間約10億円といわれており、17機ならば170億円だ。対して陸自のヘリの整備予算は年間220億円程度にすぎない。オスプレイが揃えばその3分の2を食うことになる。そうなればただでさえ不足している維持整備費は逼迫を免れない。実際に既に陸自のヘリの整備費や訓練費用は減っている。その責任はオスプレイの導入を決定した小野寺議員にあるのではないか。
防衛費が横ばいで、高額化する新装備の調達が困難になるのはどこの国の軍隊でも直面している話だ。他国では、例えば、陸軍の人員を大幅に削減する、不要になった装備を退役させる、基地を統合して不要な基地を閉鎖するなど、浮いた予算を近代化に振り向けている。これは世界の軍事予算の半分を使う米軍も、また小野寺議員がその軍拡を批判する中国もやっている。
(資料1)
資料1)1996年以降の陸上自衛隊と中国陸軍との体制比較
ところが我が国では陸自の兵力削減も基地の閉鎖も行われず、3自衛隊の予算配分の見直しも行われてこなかった。小野寺議員は第1次安倍内閣で1度、第2次安倍内閣で2回防衛大臣を務めている。その間小野寺議員は防衛大臣として適切な政策を行い、決断を下したのだろうか。
NATO諸国も中国も基本的にGDPに比例して軍事費を増やしている。ところが、自民党政権は他国が当たり前にやっている政策も努力もせずに、安易に借金で大幅軍拡をやろうとしている。(資料2、3)
資料2・出典)財務省「防衛 2022年4月20日」
資料3・出典)同上
そもそも自衛隊の整備予算や施設の更新ができないのは自衛隊が他国の3倍から10倍の値段で装備調達しているからで、カネがなくなるのは当たり前の話だ。
現在の防衛省の予算を一般家庭に置き換えてみると、世帯収入500万円、貯蓄なしのサラリーマン家庭でパパは通勤用国産車を定価の3倍の値段でローンで購入。ママはルイ・ヴィトンのバッグ類や、フェラガモのパンプスなどをリボ払いで、これまた定価の5倍の値段で購入。ローンとリボ払いで首が回らず、子供の給食費すら払いが滞っている状態といえる。
小野寺議員の主張はこの状態で解決策は借金を増やすことだ、というようなものだ。常識的に考えれば異常な支出を正常化するほうが先だろう。
小野寺議員は防衛産業の窮状も訴えていたが、これまた小野寺議員を含めて自民党政権、防衛省の防衛産業政策の欠如が原因だ。防衛産業が一定の規模を維持できるように統廃合を含めたリストラクチャリングもやらず、旧態然の不効率な調達を続けた結果が調達数減による、事業規模の縮小、結果撤退する企業が増えたわけだ。
他国ではその計画を議会が承認して国防省がメーカーや商社と契約する。だがその簡単な「計画を立てる」ということが我が国ではできない。だから我が国では国会議員ですら10式戦車がいったい何両調達され、調達期間と戦力化はいつまで、総予算はいくらかを知らないにも関わらず予算が通る。このような無責任体制になっている。調達が5年で終わるのか、30年後に終わるのかでは、ラインの維持費は6倍も違う。当然コストは高くなる。これは輸入品でも同じだ。
写真)富士総合火力演習で展示された陸自10式戦車(2022年5月28日 東富士演習場)
出典)Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
もう一つの理由は日本の防衛産業が防衛省に寄生する零細事業ばかりだからだ。これらを喰わせるために発注を小さくしているのだ。
その好例がヘリメーカーだ。機体メーカー3社、エンジンメーカー2社がほぼ防衛省需要に依存している。例外は川崎重工とエアバスヘリとジョイントベンチャーのBK117ぐらいだ。国内市場にしても民間は勿論、海保、警察、消防、自治体も外国製ヘリを使用している。そしてメーカーには内外の市場に打ってでて軍民両市場で一定のシェアを取りメーカーとして自立するつもりはサラサラない。50代になって親に喰わせてもらっている「子供部屋おじさん」と同じである。
政府や防衛省、経産省はメーカーの統廃合を促すべきだ。事実、欧州は勿論、ロシアや共産主義の中国ですらこれを実行している。だが我が国では決断ができない。それは政治のリーダーシップが欠如しているからだ。
この惨状に輪をかけたのが、小野寺議員が2回防衛大臣を務めた第二次安倍政権だ。米国の歓心を買うために、不要で高価な米国製兵器を大人買いして、本来自衛隊に必要な予算を圧迫して自衛隊を弱体化させた。それで予算が足りなくなったので、本来は予算編成当時想定していなかった突発的な支出を手当するための補正予算を装備調達、維持整備費、施設の更新など本来の目的と違う形で「打出の小槌」として利用してきた。これは防衛支出を不透明化し、財政法を歪めてきた。
この日もう一つの驚きは答弁をした岸信夫防衛大臣の健康問題だ。通常、国会では答弁するときは自席から歩いて答弁台に移動し、立ったまま答弁する。だがこの日岸大臣は特別に設えられた席に座ったまま答弁を行った。岸大臣はかなり喋るのも困難に見えた。
写真)特例で設けられた席で着席のまま答弁する岸防衛大臣(2022年5月27日 衆院予算委員会)
筆者は岸大臣就任以来度々大臣記者会見に出席しているが、大臣は昨年から杖をつくようになり、記者会見時に会見室入り口で杖を置いて入室してきた。それでも立ったまま記者会見をこなしていたが、今年になって室内に入る際も杖をついて入るようになって、2月10日からは座ったまま記者会見を行うようになった。
果たしてこの健康状態で激務である防衛大臣が務まるのだろうか。しかも現在はウクライナの問題で難しい判断を次々としないといけない情勢だ。これが戦時になれば尚更だ。
仮に来月にでも有事になった場合、その理由はどうあれ健康不安を抱える岸大臣がその責務を全うできるのか。そのような有事を想定していないのであれば、安全保障よりも党内政治を優先しているということになり、安全保障と国家運営に対して無責任だ。
安全保障を軽視するこのような政府、与党が安易に借金で軍拡するのは財政破綻を招きかねず、極めて危険である。
トップ写真)富士総合火力演習で展示された陸自V-22オスプレイ(2022年5月28日 東富士演習場)
出典)Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)