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.国際  投稿日:2022/5/25

安倍元総理の軍拡に対する反論


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・自衛隊の継戦能力の欠如は自衛隊、安倍元首相、自民党政権の当事者意識の欠如が招いたもの。

・高コスト組織の予算を増やしても濫費するだけ。NATO諸国、中国は経済成長にあわせ、国防費を増額している。

・「借金による軍拡」は自ら危機を招く自殺行為。アベノミクスの失敗を糊塗して国民の目をそらすためではないか。

 

自民党の安倍晋三元首相は20日のインターネット番組で、自衛隊は「機関銃の弾からミサイル防衛の(迎撃ミサイル)『SM3』に至るまで、十分とは言えない。継戦能力がない」と述べた。

また持論の防衛費の国内総生産(GDP)比2パーセントへの引き上げに否定的な意見に対して「(必要な防衛費を)積み上げなければいけないという議論は小役人的発想だ」と批判した。(時事通信5月21日) 自民党国防部会の多数派も安倍氏と同意見のようだ。

 

だが自衛隊の継戦能力の欠如は自衛隊、安倍氏、自民党政権の当事者意識の欠如が招いたものだ。

そもそもなぜGDP比2パーセント、4兆円強の防衛費を増やすのかという具体的な理由を述べていない。まるで防衛費の増加自体が目的のようだ。単に金額だけ増やせば官僚組織はそれに合わせて適当に予算を組む。コロナ対策やクールジャパン対策、復興特別会計などはその好例だろう。コロナ対策では16兆円も使途が不明となっている。

防衛費GDP比2パーセントというのは米国がNATO諸国に要請した数字でしかない。しかもNATO諸国で達成している国は少ない。これを選挙公約にあげた自民党は算定根拠を我が国基準なのか、NATO基準による算定なのかも決めていなかった。現在前者であれば1パーセント、後者であれば1.3パーセントほどであり、金額でいえば1.3倍も異なる。筆者は防衛大臣記者会見で岸信夫防衛大臣にこの件を質したが、岸大臣は答えることができなかった。議論のもとになる算定基準すら決まっていなかったのだ。杜撰としか言いようがない。

防衛費増大に都合の良い指標があったから「アメリカの言う通り」に増額しようということだろうが、独立国としての矜持はないのだろうか。

現在の防衛省の予算を一般家庭に置き換えてみると、世帯収入500万円、貯蓄なしのサラリーマン家庭で、パパはカローラを定価の3倍の値段でローンで購入。ママはエルメスのバーキンをリボ払いでこれまた定価の5倍の値段で購入。ローンとリボ払いで首が回らず、子供の給食費すら払いが滞っている状態といえる。

自衛隊の弾薬備蓄等が少ないのは、他国の数倍から10倍の値段で装備を調達するからだ。

例えば国産輸送機C-2は、来年度の防衛省概算要求では1機224億円(+初度費22億円)で、ペイロードが3倍近いC-17と同等である。

写真)航空自衛隊C-2輸送機

出典)航空自衛隊ホームページ

調達コストだけではない。財務省によれば空自のC-2輸送機の維持費は、維持費が高価なステルス戦闘機のF-35Aより高い。財務省の資料によればC-2のCPFH(Cost Per Flight Hour:飛行時間当たりの経費)は約 274万円、米空軍のC-130Jが 約 61.8万円、C-17が約150.9万円(※1ドル/ 112円 30年度支出官レート)だ。

 

C-2のCPFHは米軍のC-130Jの4.4倍、C-17の1.8倍にもなる。ペイロード1トン当たりのCPFHは、C-2は10.5万円(26トン)、C-130Jは3万円(20トン)C-17(77トン)は1.96万円である。C-2のペイロード1トン辺りのCPFHはC-130Jの約3.5倍、C-17の5.4倍と、比較にならないほど高い。

1機あたりのLCC(ライフ・サイクル・コスト)はC-2が 約 635億円、C-130Jが 約 94億円、C-17が 約 349億円である。C-2の1機あたりのLCCはC-130Jの6.8倍、C-17の1.8倍である。これがペイロード1トン当たりのLCCになるとC-2は24.4億円、C-130Jは4.7億円、C-17が4.5億円であり、C-2の1機あたりのLCCは、C-130Jの5.2倍、C-17の5.4倍となり、これまた比較にならないほど高い。

このような高コスト調達、維持費はC-2だけでなく、国産哨戒機P-1哨戒機、ヘリコプターなど多くの装備が該当する。航空機だけではない。小銃、機銃などの小火器類にしても概ね5〜10倍の値段で調達されている。89式小銃は導入時、米軍のM16の5倍、機関拳銃は同様の短機関銃の10倍以上の調達価格だ。そして質も悪い。国産機銃は住友重機が生産していたが数十年にわたり、品質や性能を偽装した上に機銃生産から撤退した。ライセンス生産の9ミリ拳銃もフレームの寿命は2,500発程度とオリジナルより、1桁少ない粗悪品だ。

写真)89式小銃を構える陸上自衛隊員

出典)Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images

このような高コストの装備を調達していれば、弾薬や訓練費などに予算がいかないのは当たり前の話だ。防衛費を増やす前に、まず調達の適正化をすべきなのは当たり前の話だ。それができない組織に予算を増やしても濫費するだけに終わるのは目に見えている。

自衛隊の調達が高コストなのはまず、他国では当たり前にやっている、「いつまでに何を、いくつ調達して戦力化して、予算はどれだけ」という計画がないからだ。

他国ではその計画を議会が承認して国防省がメーカーや商社と契約する。それができないから毎年単年度で細々と調達する。だから我が国では国会議員ですら10式戦車がいったい何両調達されて、いつまで戦力化され、総予算はいくらかを知らない。このような無責任体制になっている。調達が5年で終わるのか、30年後に終わるのかでは、ラインの維持費は6倍も違う。当然コストは高くなる。これは輸入品でも同じだ。これを放置してきたのは他ならぬ自民党政権である。

もう一つの理由は日本の防衛産業が防衛省に寄生する零細事業ばかりだからだ。小さな防衛省の市場を複数の企業で分け合っている。これらを喰わせるために発注を小さくしているのだ。その好例がヘリメーカーだ。機体メーカー3社、エンジンメーカー2社がほぼ防衛省需要に依存している。例外は川重とエアバスヘリとジョイントベンチャーのBK117ぐらいだ。国内市場にしても民間は勿論、海保、警察、消防、自治体も外国製ヘリを使用している。そしてメーカーには内外の市場に打ってでて軍民両市場で一定のシェアを取りメーカーとして自立するつもりはサラサラない。50代になって親に喰わせてもらっている「子供部屋おじさん」と同じである。

本来このような場合、政府や防衛省、経産省はメーカーの統廃合を促すべきだ。事実、欧州は勿論、ロシアや共産主義の中国ですらこれを実行している。だが我が国では決断ができない。それは政治のリーダーシップが欠如しているからだ。メーカーの統廃合ができないならば、輸入に切り替えてヘリ産業を潰すという手段もある。そうすれば調達コストは数分の一に下がる。どうせ将来自立する気がないのだから駄目な業界に補助金の如く予算をまく必要はない。メーカーはカネや人員を儲かるビジネスに振り向ければいい。このような不効率な防衛産業が放置されているのも、これまた政治の無策の原因である。

第二次安倍内閣では防衛予算を増やしたにも関わらず、自衛隊を弱体化させた。これは米政府の歓心を買うために首相官邸主導で、グローバルホーク、オスプレイ、イージス・アショアなどの不要で高価な米国製兵器を導入したからだ。

写真)航空自衛隊に初号機として納入されたRQ-4Bグローバルホークブロック30。米空軍のマークをつけている。(2022年3月12日 青森・三沢基地)

出典)航空自衛隊三沢基地ホームページ

グローバルホークは海洋国家の我が国では役に立たない。だからオーストラリアはこの海洋型のトライトンを導入している。しかも我が国が導入したグローバルホークブロック30は旧式化して米空軍では退役する予定だ。我が国が導入する時点で既にブロック40が存在していたのに、わざわざ旧式を導入した。しかも導入時にはどの部隊が運用するかも決定しておらず「泥縄状態」であった。はじめに調達ありきが明白だ。

イージス・アショアもお手つきでSPY7レーダーを調達したが、迷走の結果計画撤回になったのは今更説明する必要もあるまい。

このような米国に貢ぐかのような高価な米国製兵器の導入で本来、自衛隊が必要な装備調達や維持整備予算、訓練費、需品調達などが圧迫された。

このために、第二次安倍政権、そしてそれ以降の政権は、上記のような米国製兵器以外の予算を手当するために、補正予算で、本予算で買えなかった装備や維持整備費、訓練費、施設建設などの予算に使ってきた。

補正予算は本来予算編成時に想定できなかった支出を手当するためのものであり、このような「お買い物」をしてはいけない。これは財政法に抵触しているはずだ。このような補正予算での安易な調達は財政規律を大きく歪める。そしてこのような補正予算を抜け道で使い、新聞などは「来年度防衛予算○兆円」と報じて、補正予算との一体化を報じないので国民は防衛費を過小に認識する。これは一種の世論操作だ。

安倍元首相らは国債を発行して防衛費GDP比2パーセントを実現しろと主張する。税収がないから借金で「軍拡」しろという話だ。

過去それをやって国家が崩壊したのが隣国のソ連である。また我が国も日華事変あたりから導入した臨時軍事特別会計の公債発行や借入金によって野放図な軍拡と戦争の結果、国土を焼け野原にし、紙幣や債権を紙クズにした「実績」がある。(グラフ1)

グラフ1 出典)財務省『防衛』2022年4月20日(P.9)

NATO諸国にしても中国にしても軍事費はGDPに比例して伸ばしており、決して身の丈を超えた「軍拡」を行っているわけではない。

欧州国は、新型コロナ及びウクライナ侵略以前において、NATOの2パーセント⽬標の発表(2014年)以降、国防⼒の強化を⾏いながら、財政の健全化を進め、財政余⼒を維持しており、ドイツやスウェーデンでは、国防費の増額に当たって、財源の⽅針も⽰し、歳出・歳⼊の両⾯で議論している。

ドイツは2022年予算から、1,000億ユーロ(約13兆円)の特別基⾦を設⽴。 新規借⼊によって特別基⾦の財源を調達し、借⼊の償還⽅法については、別途法律で定める予定だ。スウェーデンは2022年~2025年にかけて、毎年50億クローネ(約550億円)を増額。国防費増額の財源として、たばこ税・酒税の引上げ、⼤規模⾦融機関向け銀⾏税の導⼊を発表している。(グラフ2)

グラフ2 出典)財務省『防衛』2022年4月20日(P.10)

2021年度で日本と中国の国防費の差は3.5倍だが、名目GDP比は3.7倍となっている。つまり中国は経済成長に合わせて「無理のない軍拡」を行っているということだ。(グラフ3)

グラフ3 出典)財務省『防衛』2022年4月20日(P.13)

対して我が国は国債と借入金、政府短期証券の残高を合計した1,200兆円、GDPの約2.6倍以上の財政赤字を抱えており、主要国中最悪である。いつまでも野放図な借金ができるという根拠はない。

日銀は、円安は悪くないと強弁して金融緩和を堅持しているが、これが続けば更なる円安が進み、コストプッシュ型インフレで国民の所得は上がらず消費は冷え込むだろう。そうなればさらなる円安の悪循環がまっている。かといって日銀が利上げをすれば国債の利払いも増える。財務省は金利が1パーセント増えれば国の利払いは2年後に年3.7兆円、2パーセントならば7.5兆円増加すると試算している。つまり、防衛費程度の増加が必要となる。そうなれば「軍拡」どころではあるまい。

率直に申し上げれば、「借金軍拡」はアベノミクス失敗を糊塗して国民の目をそらすためではないか。安倍元首相は10年でGDPを600兆円にするといったが、21年度は537兆円で遠く及ばない。国民1人当たりの所得を150万円アップするといったが、国民の手取りは逆に大幅に下がっている。「公約通り」であれば、税収も大きく増えて借金で軍拡をする必要はなかったはずだ。上がったのは株価だけで、国の借金は800兆円から1200兆円と大幅に増えた。コロナ禍ということを差し引いても失敗だろう。

借金で軍拡するというのはアベノミクスが失敗だったと宣言しているようなものだ。

安倍政権、黒田日銀は円安誘導によって2パーセントのインフレを実現すれば国民は消費を増やすので景気は良くなると主張し、それを岸田政権も継承している。そして現在その「待望」のインフレ率2パーセントが実現したが、景気は良くなるどころか悪化する一方だということを国民も実感している。国の借金は将来国民の税金で返していかなければならない。

このような環境で借金による軍拡は自ら危機を招く自殺行為であり、それは仮想敵である中国にとっては勿怪の幸いであろう。

トップ写真)安倍晋三元首相

出典)Photo by Kiyoshi Ota – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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