尹大統領訪日成功は、日韓共同制作の外交芸術作品
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#12
2023年3月20-26日
【まとめ】
・韓国大統領訪日成功は「両国のプロの政治家と職業外交官が共同で制作した美しい外交芸術作品」。
・両国首脳は「求償権の行使」は「想定されない」としか述べてない。
・これを「戦略的曖昧さ」として評価するか、「ゴールポスト動かし」の前兆と見るか。
今週は珍しく、早くも月曜日朝にこの原稿を書き始めたのだが、何か途中から引っかかるものがあり、執筆を一時中断した。
今週は日韓首脳会談の評価を書くと申し上げていたが、今週は習近平国家主席の三選後、ロシア正規軍によるウクライナ侵攻後初めて、中国首脳によるロシア訪問も行われたからである。
それなら訪露の結果を見極めてから書こう。罰は当たらないだろうと考えたが、やはり見通しは甘かった。そうこうしている内に、WBC日本チームの劇的な対メキシコサヨナラ勝ちで日本中が熱狂する中、何と岸田総理のウクライナ電撃訪問のニュースまで飛び込んできたからだ。おいおい、今週は書くことがあり過ぎて困るほどだ。
まずは韓国大統領の訪日から。訪日直前、某外国紙記者から評価を聞かれ筆者は「日韓のお互いを知り尽くした熟練の外交官たちが、尹錫悦政権発足直後から、水面下で慎重に協議を重ねて考えてきた様々な解決案を、双方の政治レベルの関係者とも連絡を取りつつ、最終的に結実させた」などと述べた。
筆者は今回の訪日成功を、「両国のプロの政治家と職業外交官が共同で制作した美しい外交芸術作品」と呼んだのだが、なぜかこの部分は引用されなかった。日韓の政治家と外交官が久し振りにプロの外交を展開し、幸い、それがこういう形で結実したことは「喜ばしく、かつ、ほっとした」というのが正直な気持ちである。
日本側は「求償権」に最後までこだわった。韓国の財団が原告への支払いを終えたあと、日本企業に弁済を求める「求償権」が行使されないことを確保しなければ、ゴールポストは再び動きかねないしかし、今回両国首脳は「求償権の行使」は「想定されない」としか述べていない。
これを「戦略的曖昧さ」として評価するか、更なる「ゴールポスト動かし」の前兆と見るかは、後世の歴史家の判断となる。日韓関係には紆余曲折が続くだろうが、何度ゴールポストを動かされても、日本の対応はこれしかない。この詳細は先週のJapan Timesに書いたので、興味のある方はご一読願いたい。
最後に、岸田総理のウクライナ電撃訪問について。「なぜこのタイミングなのか」と日本のメディアに聞かれ、筆者は「これまで日本の政治家には秘密を守る権利がなかったが、今回は秘密がちゃんと守られ、皆さんが報じなかったからでしょう」と答えた。一部のマスコミは、何かが動いていることを薄々感じていても、報じなかったのではないか。これって、結構画期的なことだと思う。これが前例になってくれれば良いのだが・・・。
〇アジア
続いて習近平訪露について。一部マスコミは中国の「仲介」外交などと燥いでいたが、少なくとも今の中国に「仲介」は無理だ。習近平の目的は中国の国益最大化。それにはロシアの「敗北」も「勝利」もない状態(どちらに転んでも欧米の次の標的は中国となる)が続き、米国がウクライナ問題に忙殺され、東アジアで中国の行動の余地が拡大することがベストである。それが中国「仲介」努力なるものの本質ではなかろうか。
〇欧州・ロシア
プーチンは習近平に本格的な軍事援助を要請したに違いないが、習近平はこれに言質を与えなかったはずだ。習近平にロシアと心中する気はない。今や力関係は中国の方が上なのだから。中露協調で欧米に対抗するというプーチンの思惑は外れるだろう。かといって、中国はロシアを見捨てられない。実は習近平も困っているはずだ。
〇中東
中国の仲介でサウジアラビアとイランが外交関係を正常化したというnarrativeは、当たらずとも遠からず。経済制裁に喘ぐイランと、対米関係悪化の中で国内経済改革を進めたいサウジアラビアが戦術的に緊張緩和を望むのは当然であり、こうした動きは過去数年、イラクやオマーンの仲介により水面下で続いていた。要するに中国は最終局面で美味しいところだけを食べた、ということ。中東とウクライナは全く違うのだ。
○南北アメリカ
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝は日米決戦となり日本が勝った。どちらが勝ってもおかしくなかったが、アメリカでもようやくWBCへの関心が高まってきたようだ。大リーグに在籍する外国系の有力選手が中南米、アジア、欧州に分かれて出来たチームの対抗戦がWBCであれば、WBCこそが「ワールドシリーズ」ではないのかなあ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:首脳会談を前に握手する尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相(2023年3月16日、日本の東京で首相官邸にて)出典:Photo by Kiyoshi Ota – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。