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.国際  投稿日:2022/3/9

9日の韓国大統領選に注目


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#07」

2022年3月7-13日

 

 

【まとめ】

・韓国内政の変化次第ではインド太平洋地域の将来も大きく変わり得る。注目すべきは、韓国の若者の投票行動と投票率の高さ。

・与党系勝利なら進歩系の「386世代」が政治的に健在。

・野党系勝利ならより保守的で現実的な「七放世代」が新たな政治的影響力掌握か。日本にとっても重要な意味。

 ロシア軍の侵攻開始から12日経ったものの、ウクライナは大善戦、キエフも未だ陥落していない。ロシア軍優勢は強まるだろうが、当面戦況は膠着状態にあるようだ。内外メディアは連日「ウクライナ報道」一色だが、巷の「プーチン個人の戦争」に関する戦略的、外交的、経済的、軍事的、歴史的な議論はほぼ出尽くした感すらある。 

「前例のない」経済制裁の効果がロシア政府に決定的影響を及ぼすには今しばらく時間がかかる。当初準備不足が目立ったロシア軍は戦術を変え、キエフ包囲作戦に予想以上の時間をかけている。一方、米国他NATO諸国は「ウクライナに直接軍事介入」する気はない。いずれにせよ、ウクライナは当分一面トップ記事だろう。 

今週の産経新聞コラムには奇妙な「デジャヴュ(既視感)」について書いた。詳細は本文をお読みいただきたいが、要するに「2001年の同時多発テロ後、対中懸念を深めていた当時のブッシュ政権は米中関係の舵を『対立』から『協力』に切った。今回米国が再び対中懸念を棚上げする外交に追い込まれる恐れはないか」ということだ。 

しかし、筆者がウクライナよりも注目する今週のイベントは韓国大統領選挙である。欧米主要紙の記事はウクライナ関連ばかりだが、NATOは重要であっても、韓国内政の変化次第ではインド太平洋地域の将来も大きく変わり得る。もう少し欧米知識人は東アジア政治情勢に関心を払うべきではないか、とつくづく思う。 

 投票日は9日で即日開票されるので、10日未明までには結果が判明するそうだが、今年は従来以上に予測が難しい。各種報道によれば、先週末に行われた期日前投票では全有権者4419万7692人のうち1632万3602人が投票し、投票率は過去最高の36.9%を記録したそうだ。これは一体何を意味するのだろうか。 

期日前投票率は、前回の大統領選挙(投票率77.2%)で26.1%、前々回(投票率75.8%)では11.5%だった。これにつき、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補と最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補の両陣営とも、「自陣に有利」だと読んでいるらしい。されば、結果を予想するのは容易ではなかろう。 

 この数字は選挙管理委員会にも想定外だったようで、今年の期日前投票では一部混乱も見られたと聞く。背景には、コロナ感染拡大で有権者が投票日を分散したことに加え、各陣営ともに積極的に期日前投票を呼び掛けたことがあるらしいが、筆者が最も注目するのは韓国の若者の投票行動と投票率の高さである。 

写真)大統領選の期日前投票のため、投票所前に並ぶ韓国の有権者たち(2022年3月4日 ソウル)

出典)Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

10年ほど前、韓国では「恋愛・結婚・出産」を放棄している若者たちを指す「三放世代(サムポセデ)」というスラングが生まれたが、今の20代、30代の若者はこれに「就職・マイホーム」を加えた「五放世代」、更には「人間関係・夢」まで放棄した「七放世代」とも呼ばれているそうだ。話半分にしてもこうした状況は危機的だ。 

これまで文在寅政権を支えてきたのは「386世代」、というのが筆者の理解だった。386世代とは1990年代に30代(3)で、1980年代(8)の民主化運動に関わった1960年代(6)生まれの者を指すが、その世代の人々も今や50代、60代になった。年齢的に見て、「七放世代」は「386世代」の娘、息子たちの世代なのかもしれない。 

これら新旧世代間には埋め難いギャップがある。「七放世代」に言わせれば、「自分たちの両親には多くの夢があり、それは実現可能だったが、今の自分たちにはそれが全くない。恋愛、結婚、出産は勿論のこと、就職、マイホーム、人間関係も夢も諦めざるを得ない」と感じ、その是正を政治に強く求めている、というのだ。 

現時点で結果を予測するのは控えるが、もし与党系候補が勝てば進歩系の「386世代」が今も政治的に健在であることを、もし野党系候補が勝てばより保守的で現実的な「七放世代」が新たな政治的影響力を持ち始めることを、示すのかもしれない。されば、今回の韓国大統領選挙は日本にとっても極めて重要な意味を持つだろう。 

ちなみに韓国の「386世代」は日本の「全共闘世代」に相当すると勝手に思っているが、「七放世代」に相当する動きは日本では未だ見られない。いや、単に顕在化していないだけで、日本にも「七放世代」は確実に存在するはずなのに。韓国の若者の意識が高いからなのか、それとも日本の若者が静かすぎるのか。投票日は9日だ。 

〇アジア  

 中国外相が対日「3つの忠告」として、①両国関係の方向について初心を忘れないこと、②台湾問題や歴史問題で両国関係に大きな衝撃を与えないこと、③時代の潮流に沿って行動することなどを求めたという。特に、ウクライナについては「火中の栗は拾うな」といったそうだが、その忠告、そのまま中国にお返ししよう。 

 

〇欧州・ロシア 

 米国が「米軍のboots on the ground」に至らない戦争を本格化させている。NYTは「6日間で17,000もの対戦車兵器」をウクライナに送ったと報じたが、これは氷山の一角に過ぎないだろう。ウクライナ亡命政権下でレジスタンスという名の市街戦、ゲリラ戦が続く。ロシアはシリア等で、米国もイラク等で経験豊富の代理戦争となるのか。 

 

〇中東 

 ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連安保理決議案にアラブ首長国連邦(UAE)が棄権した。トルコ外相は10日にトルコ南部でロシアとウクライナ両外相と3者会談を行うと表明した。ロシアマネーの隠し金庫ドバイ、ウクライナ情勢を使い強かに立ち回ろうとするトルコ、各国が生き残りを賭けて死闘を演じている。 

 

〇南北アメリカ  

 米国務長官が一連のNATO外交を続けている。週末にポーランドとモルドバを、今週はリトアニア、ラトビア、エストニアのバルト3国を訪問した。結構な話ではあるが、今や米外交の精力は欧州に集中している。このままで良いのか、と聞かれれば、答えは複雑だ。その意味でもウクライナの早期決着が望まれるが、おそらく無理だろう。 

 

〇インド亜大陸  

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。 

トップ写真)テレビ討論前に記念撮影に応じる韓国大統領選立候補者。与党「共に民主党」の李在民候補(左端)と最大野党「国民の力」の尹錫悦候補(右端)の事実上の一騎打ちの様相。(2022年2月21日 ソウル)

出典)Photo by Heo Ran – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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