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.国際  投稿日:2023/5/16

米タイム誌の岸田総理評に違和感


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#20

2023年5月15-21日

【まとめ】

・米誌タイムが報じた岸田首相特集記事が妙な具合になっている。

・見出しにあった“military power”=「軍事大国」との訳が独り歩きした。

・米タイム誌の核心は「岸田首相の広島サミットでの使命は、様々な試練を乗り越え、日本の生き残りを図ること」。

 

まずは欧米から見た今週の世界の動きから。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを選んでご紹介する。欧米の国際問題専門家たちの今週の関心は以下のとおりだ。

5月16日火曜日 中国外交部特使、ウクライナ訪問(17日まで)、欧州会議Council of Europeの各国指導者がアイスランドで会合

【中国外交部のユーラシア担当代表(元駐ロシア大使)が、ウクライナ危機の政治的解決を目指しウクライナ、ロシアなど欧州諸国を訪問する、と報じられた。中国が本格的にシャトル外交を始めるか否かは不明だが、公言してきた「仲介外交」に着手したことは間違いなかろう。だが、問題の核心はロシアの占領地を国際法上認めるかどうかであり、中国のこんな特使ではとても決断できないだろう。まずは、お手並み拝見である。】

5月18日木曜日 ロシアとウクライナ間の「黒海穀物イニシャティブ」が失効

【ロシアは4月の段階から、国連とトルコが仲介した黒海経由のウクライナ産穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)は、ロシア農産物輸出への障害が取り除かれない限り、5月18日の期限延長はないと述べていた。あれから一カ月たったが、交渉が進展しているかは不明だ。トルコは大統領選挙が決選投票となり、ウクライナどころではないだろう。国連だけでは力不足かもしれないだけに、気になるところだ。】

5月19日金曜日 サウジがアラブ連盟首脳会議を主催、広島でG7首脳会合開催(21日まで)

【広島サミットについては別途書く。サウジがアラブ連盟首脳会合を開くのは象徴的である。同首脳会議ではシリアの復帰が正式に決まるのだろうが、同時にスーダン軍トップのブルハン統治評議会議長も招待されたと報じられている。サウジの動きは、関係国とどこまで事前に擦り合わせたものなのか、がちょっと気になる。】

5月20日土曜日 エクアドルで大統領弾劾に関する議会の投票

【エクアドルでは麻薬がらみの殺人事件や強盗・暴行事件、刑務所暴動が多発しているらしい。大統領が銃で武装するよう市民に呼びかけているのに対し、野党や市民団体からは「統治能力を失った」と大統領弾劾の動きが出ている。エクアドルといえば今は国連安保理非常任理事国で日本の外相も訪問したばかり。中南米諸国の内政は一筋縄ではいかないということか。】

5月21日日曜日 韓国大統領、欧州委員会委員長とEU大統領と会談

【広島サミット後、欧州委員長と欧州理事会常任議長(EU大統領)が訪韓するそうだ。韓国が北朝鮮や中国ではなく、欧米など世界に目を向けていることを素直に評価したい。前政権では考えられないような動きが続いている。】

今週の最大関心事は勿論、G7広島サミットである。ところが、先週米誌タイムが報じた岸田首相特集記事が妙な具合になっている。当初の見出しが日本政府の抗議で変更された、と日本メディアは報じたからだ。岸田首相が「平和主義だった日本を軍事大国に変える」とあった見出しが、その後「国際舞台でより積極的役割を持たせようとする」に変更された、というのである。 

英語の見出しにあったmilitary powerを、誰かが「軍事大国」と訳したために、それが独り歩きした。日本語記事では、タイム誌が英語で岸田首相を「軍国主義者」の如く報じた、ことになってしまったのだ。何故日本語ではこんな記事になるのか?この続きは今週の産経新聞コラムをお読み頂きたい。

結論だけ書こう。タイム誌の記事の核心は「岸田首相の広島サミットでの使命は、歴史に学び、今後日本に降りかかる様々な試練を乗り越え、日本の生き残りを図ること」だと理解した。

岸田首相は、タイム誌の主張のように「平和主義を放棄」しているどころか、「平和主義を進化」させていると思う。英文記事が日本語に誤訳され、原文を読まない書き手が的外れの記事を書く日本の報道は、悲劇というより喜劇に近い、ということだ。お粗末な話である。

〇アジア 

先週は、14日のタイ総選挙では、革新系野党第2党が躍進し、独走していた最大野党が伸び悩んでいるらしいと書いたが、今回はその第2党が第1党となり、タクシン元首相の娘率いる第1党と連立を組むらしい。だが、軍が黙っている訳はない。上院議員の大半は親軍部だそうだから、連立政権の行方は前途多難ということだ。

〇欧州・ロシア

欧州で健康不安説といえばプーチンだが、実はベラルーシ大統領にもあるらしい。同国国営通信は、一週間ぶりでルカシェンコが公務を行ったと報じたが、AP通信はSNSアカウントに投稿されたルカシェンコの公務中の映像について「異常にかすれ、弱々しい声で話していた」と指摘しているそうだ。政治って、命がけなのね。

〇中東

トルコ大統領選挙はエルドアン、野党統一候補とも過半数を獲得できず、28日に決選投票が行われるらしい。エルドアンが生き残るか、退陣するかは大問題だが、数字の上ではエルドアンが負ける可能性も出てきた。しかし、こういう時のエルドアンは最も手強い。エルドアンが変な形で再選されることは、トルコにとって吉か凶か?

〇南北アメリカ

米国務省が発表した「各国の信教の自由に関する年次報告書」は、中国が「人権と信教の自由を侵害している世界で最悪の国の一つ」と指摘し、ウイグル族に対して「ジェノサイド=民族大量虐殺」を続けていると非難した。ところで、日本政府は米国と同様、中国の対ウイグル「ジェノサイド」を批判できるのか?うーーん、難しいところである。

〇インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所に掲載する。

トップ写真:記者会見に臨む岸田首相(2023年3月17日、東京・首相官邸)出典:Photo by Yoshikazu Tsuno – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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