岸田総理 欧米訪問の狙い
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#2」
2023年1月9-15日
【まとめ】
・1月9日から、岸田総理が欧米に出張。
・海外出張関連記事の大半が、政局記事であり日本の中長期的対外利益ではない。
・欧米訪問の目的は、岸田総理が広島G7サミット議長として、焦点がロシアと中国であること、G7の協力の必要性であることは明確である。
年末年始はあっという間に過ぎた。歳のせいだろうか、昔の24時間は今よりもっと長かったような気がする。新年早々収集分析すべき情報は山ほどあるが、特に、今週は岸田総理が欧米に出張する。気の早い日本のメディアは「5か国歴訪“7日で地球1周” 狙いは?」などと書いた。あーあ、また始まったのかぃ!
「ヨーロッパ各国の最大の関心事はウクライナです。第二の目的が広島サミット成功に向け岸田総理が各国のトップに直接、協力をお願いすることです。内閣支持率が低迷する中で、2023年、岸田総理にとってサミットの成功をぜひとも求心力復活につなげたいわけで、今回の訪問はサミット成功に向けた不可欠な準備にあたります。」
失礼ながら、相変わらず、報道ぶりはこんな具合だ。この記事には早速ネット上で多くのコメントが寄せられた。「今岸田総理の頭の中にある最大の課題は低迷する支持率の回復だろうが、防衛費増額、少子化対策に関わる増税の問題を国民にしっかり説明する等内政を優先する方が先決だと思うが…」 何が問題なのか、分からないって?
筆者がいつも思うことは、日本首相の海外出張関連記事の大半が、外交記事というよりも、内政、特に政局記事であることだ。それは恐らく官邸記者クラブの政治部記者が書くからだろう。中には初めて政府専用機に乗り「総理外遊」を取材する方々もいる。優秀な人々だから直前にしっかり勉強して、それなりの記事は書いている。
でも、彼らの最大関心事は「内政的に厳しい首相が海外出張で存在感をアピールし、支持率を上げ政権浮揚ができるか」であって、日本の中長期的対外利益ではない。もしそうだとすれば、「サミット成功を求心力復活に」などという、恐らくは憲政史上ほぼ一貫する、陳腐な報道などしないはずだ。
こんな記事ばかり読んできたからだろうか、読者からは「岸田総理になってから国会会期前に外交が何故か多く感じ取れる」「7日で5か国を訪問するような強硬スケジュールで何をアピールするつもりなのだろうか。お金のバラマキに終わるのはやめてもらいたい。ロシアと中国に対しての対応と国連をどのように改善してくのかしっかり議論してもらいたい。」といった辛口のコメントが続々と投稿される。
しかし、勘違いされては困る。総理が国会会期前に海外出張するのは、会期中の出張が極めて難しいからであって、これは岸田内閣になって始まったことではない。また、総理の海外出張は外交であって単なる宣伝アピールの場ではない。それでも、読者のコメントにはそれなりの価値がある。
もっと困るのは素人ではないかと思われる報道ぶりだ。例えば「ただ、強行日程だけにドタバタする面も見えます。通常、首脳会談は個別に行うケースが多い中、今回のフランスでは夕食会と同時に行うという、やや異例の日程になっています。」どの国でも多くの首脳出張は強行日程であり、ドタバタはつきものだ。
しかも、夕食会が「ワーキングディナー」なんて良くあること、異例でも何でもない。また、「慌ただしい訪問で、各国からどれくらい具体的な協力を引き出せるかがポイントとなります。」と報じているが、G7サミット議長としての訪問の目的は明確であり、焦点がロシアと中国であること、G7の協力の必要性なことぐらいどの首脳も知っている。
昨年のカレンダーを読み返してみたら、2022年1月第2週の回ではこう書いていた。「それにしても、プーチン大統領は何と傑出した政治指導者であることか。勿論悪い意味で、であるが・・・。このような人物は欧米は勿論、中国にもいない。・・・
そのプーチンにとって、1990年代以降のNATO東方拡大という「新常態」は、1941年にナチス・ドイツが西欧、東欧、北欧の各国とともにソ連(当時)に侵攻した「大祖国戦争」の再来と映るのではないか。プーチンの野望は決してウクライナだけでは終わらないだろう。」恐らく来年の今頃もこれと同じ趣旨を書いているかもしれない。
〇アジア
ゼロコロナ政策が終了した中国で事実上海外旅行が解禁され、1月21日から始まる春節では多くの中国人が日本を訪れるという。但し、中国国内では爆発的感染が続いており、コロナに感染していない人が飲食店などへの入店を断られる逆転現象も起きているそうだ。やれやれ、変な国だね、それにしても。
〇欧州・ロシア
英国がNATO標準の主力戦車「チャレンジャー2」をウクライナに供給することを検討しているそうだ。仏独にも同様の動きがあり、米国も含め、これまで控えてきた重火器の一部が解禁されるらしい。そうなると、①NATOは絶対にロシアに勝利させない、従って、②戦争は当分終わらない、ということである。
〇中東
ドバイ首長国が30%の酒税と、観光客や外国人居住者に求めていたアルコール飲料購入許可制度を一年間、試験的に廃止するそうだ。外国人労働者や訪問客の誘い込み競争の一環だそうだが、その一方でイスラム教徒には引き続き購入を禁じている。こんなダブルスタンダードで大丈夫なのかね。
〇南北アメリカ
ブラジルの首都でSNSを通じて集まったボルソナロ前大統領の支持者が暴徒化し、大統領府、国会議事堂などが一時占拠され、逮捕者は400人以上、彼らはルラ大統領の逮捕を求めたという。大統領選挙後のブラジルで選挙結果を否定する動きが出ないか心配していたが、これでアメリカのトランプ支持者たちは大喜びだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:フランスに到着した岸田総理(2023年1月9日現地時間、フランス パリ)出典:首相官邸
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。