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.国際  投稿日:2023/6/5

「天下第1の村」華西村の光と影(下)


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

 

【まとめ】

・中国の経済発展に伴い、華西村の伝統産業は優位性を失った。

・村民が華西村で稼いだカネは同村にしか流れない。

・華西集団の資金繰り悪化、倒産危機に関する話題は2019年以降インターネット上で一般的。

 

2000年前後、華西人の所得はすでに全国農民収入の41.76倍、都市住民収入の13.1倍にも達していた(b)。だが、中国の経済発展が進むにつれ、鉄鋼や紡績など華西村の伝統産業は、もはや優位性を失っていく。

2003年、呉仁宝は退任し、四男の呉協恩が華西村を引き継いでいる。実は、華西村には、あまり外部には知られていない色々な“秘密”があった。

例えば、華西集団が村民に支払う年間配当金のうち、現金で支払われるのは20%だけで、残りは華西村委員会に預けられていた。

 また、村民が村委員会に必要な資金を引き出すために申請できるのは、結婚などの重要イベントの時にだけで、村委員会は“節約”を理由に支給額を減額している。

 そして、村民が10万元必要だと申請しても、村委員会は最終的に4万元しか支給しない。つまり、村民はカネを持っていても、それを自由に引き出す事ができないのである。

華西村の“秘密”は、同村が自主制作した映画『華西への道』の中で明かしている。村では(1)賭博をしない、(2)封建的な迷信活動をしない、(3)重大な犯罪行為をしない、という「新三無」を達成した。同時に「旧三無」―陳情・訴訟・密談も行わない―も達成しているという。

さて、2013年、呉仁宝の死後、華西村の要職にあるのは、ほぼ呉協恩の親族で、華西村の中核資産は呉一族が完全に掌握した。複数の中国メディアの報道によると、呉仁宝の4人の息子が華西村の資産の90%を支配しているという。

ある祖籍(祖父が長く住んだ所)が、華西村のネットユーザーは自分と家族は2015年に華西村を出て、江陰市に家を買ったという。近年、村民の約7割が華西村を離れているが、50歳以上の人はほとんど残っていると彼は指摘した。若者は生活費を稼ぐために華西村を出て行くという。

村を離れる理由について、華西村の豊かさはもはや村人には関係ないという。カネも家の購入(後述)も自由にならないのに、残る意味があるのかと疑問を呈する。

村人に支払われなかった配当金は、現金の代わりに村委員会手製の「お札」に置き換えられ、「お札」は村委員会に保管される。ただし、「お札」は華西村内でしか流通させることができない。

多くの村民は、現金が手に入らないという苛立ちからか、休日に村内の「龍希国際ホテル」に多額の「お札」を持って行く。そして、「1泊の宿泊で1万2000元(約24万円)以上」も使うという。

つまり、村民が華西村で稼いだカネは同村にしか流れない。これは村の人達にはおなじみの“暗黙のルール”で、呉仁宝の時代から適用されている。

たとえ村人が自分のカネで華西村外の不動産を買おうとしても、原則、華西集団が開発した不動産しか買えない。もし、他で不動産を購入した場合、それが発覚した時点で村委員会から外され、配当もなくなるという。

呉仁宝が亡くなった翌年の2014年、鉄鋼業に長年依存してきた華西村の収益は、2007年の半分の125億元以上にまで激減した。華西村「2代目」の呉協恩は、金融投資やハイテク産業に傾倒したとされる。

例年、華西村は周辺の村々にポスターを貼り、村民に華西への預金を呼びかけ、3年以上の定期預金は金利10〜15%(銀行は約4%)を約束する。村委員会と親しい個人は最大30%の金利まで付く。

この勧誘で、江陰市はもちろん、上海市や黒龍江省からも多くの人が華西村に預けに来るようになった。ただし、華西村の金融業は“違法な資金調達”だと指摘されている。

あるネットユーザーによると、一昨年、2月24日までに資金を払い込んだ投資家だけが元金に加えて利息を得たが、その利息はわずか0.05%で、華西村が以前約束した10%とはほど遠いものだったという。

また、村民資金決済の現場では、「華西連合防衛」の制服を着た数十人の警備員が群衆の中を徘徊し、その数は決済業務のため会場にいる村民数を超えたこともあったという。

華西集団の資金繰りの悪化、倒産の危機、華西村の終焉に関する話題は、2019年以降、中国のインターネット上や市民の間で一般的になっている 。

同年3月13日、江蘇省無錫市の人民政府事務室で発行した「第7回市長事務会議通知」という文書によると、この会議での議題は「江陰華西集団の資金流動性リスクに関する報告を聞く」であった。

その後、呉協恩・華西村党委員会書記(兼華西集団会長)は、メディアのインタビューで「華西集団の資金流動性に問題がない」と発言している。だが、翌2020年7月10日、江蘇華西村股份有限公司は、華西集団が無錫国連産業投資有限公司と投資協力契約を締結する意向だと発表した。

実際、中国のメディアは、共産党宣伝部から華西村のネガティブなニュースを流すのを禁じられている。習近平政権としては、華西村という社会主義実験の“成果”を残しておきたいのだろう。

(上はこちら

〔注〕

(b)『BBC中文』

「華西村:中国共産主義実験の崩壊」

(2021年3月30日付)

https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-56563870

本記事は、上記事『BBC中文』「華西村:中国共産主義実験の崩壊」(2021年3月30日付)の翻訳です。

トップ写真:中国江蘇省無錫市華西村の住宅地 出典:jia yu/Gatty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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