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.国際  投稿日:2023/6/11

加森林火災で米都市オレンジに染まる


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・カナダ森林火災の影響でワシントンD.C.には大気汚染警報。

・NYでは学校が緊急休校になり、市民も急遽マスクで自己防衛。

・カナダの火災はいまだ収束せず、来週終わりにも同じことが起きる可能性あり。

 

主にカナダのケベック州を中心とする数百か所以上で、現在も進行している森林火災による大気汚染が、先週、アメリカ東部の大都市部を含む広範囲の地域にまで大きな影響を及ぼした。

東部のデトロイト、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCでその影響は顕著で、ワシントンDCではボウザー市長が、大気汚染警報の「コード・パープル」を宣言した。

「コード・パープル」は大気の状態を示す6段階の指標AQI(=Air Quality Index)のうち、最悪状態の「コード・マルーン」に次ぐ大気の状態を示すものである。状態の説明には「大変に不健康」とある。

 

■ 事態は静かに進行した

ニューヨークで影響が出始めたとされる、6/6(火)の昼間にはまったく異変に気が付かなかった。しかし、その日の夜、コンビニにビールを買いに外に出たとき、状況が異様なことに気がついた。最初は霞んで見える信号は老眼の影響かと思ったが、よく見ると走る車のヘッドライトの見え方もおかしい。

そういえば、夜祭りの屋台の煙か、キャンプファイヤーのような匂いも充満している。情報をちゃんと把握せず外に出たので、その夜は何が起きているのかがわからないまま、就寝した。

翌朝、子どもたちを学校に連れて行くため外に出てみて驚いた。

写真)6/7、朝8時に最寄りの駅のホームから。空がくすんでいるが晴れている。

筆者撮影)

とにかく空が霞んでいる。薄い霧がかかったかのよう。昨晩感じたキャンプファイヤーの匂いは、焼却炉の匂いに変化してきている気もする。

晴れてはいるのだが、出ている太陽が弱々しい。そう言えば、子供の頃の1970年代、公害が激しかった東京の空は光化学スモッグで、いつもこういう感じであったことを思い出す。

 

■ 異常事態はなぜ起きた

今回の大気の異常は、カナダ・ケベック州での森林火災が原因で、すでにアメリカからも消火の応援部隊が駆けつけ、活動が行われているとのことだが、主に住居地区を守るための活動で手一杯で、制圧に至っていないとのことである。

地球温暖化の影響と言われる少雨による干ばつと空気の乾燥で、落雷による森林火災が連続的に発生、消火が追いつかない状態で、現在も数百か所が燃え続けている。カナダでは、今年に入り、すでに2,500件近くの森林火災が起きているという。

ケベック州の火災の現場からニューヨークまでの距離はほぼ1,000キロ。日本で言えば東京〜九州、東京〜北海道に相当する距離である。

森林の規模が違うので単純に比較することは適当では無いかとは思うが、距離の大きさだけで言えば、日本であれば、国土の1/3以上が影響を受けたかも知れない規模である。偏西風と、気象条件が重なり合い、煙はカナダのトロントを始めとして、アメリカのデトロイト、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCなどの都市に充満した。

 

■ あたりはオレンジ色一色に

午後1時を回った頃、事態はかなり異様な様相を呈してきた。

私は自宅にいたが、ふと窓を見ると外が異様に暗くなってきている。急に激しい雷雨でも来る前触れのような暗さで、日没直前のようだ。何が起きているのか?ニュースを見ると、ニューヨークの大気の質が急激に悪化していることが報じられていた。

だが、それだけではない。これは何だ?窓から見渡す限り、全てが赤く、オレンジに染まってしまっていた。気がついたら火星になっていた、という表現がぴったり来る。とにかく異様な風景で、この世の終わりをも想起してしまいそうな雰囲気に圧倒されてしまった。

 

■ 対応に追われる自治体

窓外の異様な状況をこの目で確認したいこともあり、子どもたちを学校に迎えに行くため、早めに駅に向かった。

地上4階の駅のホームに立って周りを見渡すと、ほぼ9割と言ってもいいくらいの人々がマスクを着用していた。コロナ禍以前、全くマスクに関心がなかったアメリカの人々であるが、この日の手際の良さに苦笑した。そう、コロナ・ウイルスと違い、視界を遮る煙や匂いは、その存在がはっきりとわかる。

写真)午後2時にホームで電車を待つ人々。ほとんどの人がマスクを着用している。太陽は出ているが、日没直前かのような暗さで、駅ホームの照明は自動で点灯していた。

筆者撮影)

子供達用に、コロナ禍以降、もう使うことが無かったマスクを引っ張り出して学校に向かったのだが、学校に着くと、すべての児童がマスクをしている状態で迎えられた。しかし、一安心、と言った雰囲気ではなく、息子の同級生のお母さんは「こんな異様な状況が続く以上、明日は、子供を学校に行かせない」と息巻いていた。

親たちの懸念に応えるかのように、ニューヨーク市の教育局は、直後に明日は市内の全公立校を休校とする、との通達を出した。休校は大気が改善の傾向を示してきた2日め以降も続き、週末を含めると4連休となってしまった。

突然の休校はコロナ禍の悪夢を思い出させた。英断、とも思えたが、実は月曜日の6/5には、この森林火災がニューヨークに深刻な影響を及ぼすと気象局からの警告があったとされ、父兄からは、市の対応の遅さが批判された。

写真)午後2時。車のヘッドライトが明るい。いつもは向こうに見えるマンハッタンが全くみえない。

筆者撮影)


アメリカでは、環境保護庁が定めるAQI(Air Quality Index=大気質指数)という0〜500までの数値で、その時々の空気の質を評価している。大気質評価の数値が良い順に「グリーン/イエロー/オレンジ/レッド/パープル/マルーン」と6段階のカテゴリーに色分けされている。

「パープル」は6段階のうち、最悪から2番めの数値201〜300カテゴリーで「極めて不健康」に分類され「すべての人の健康への影響が懸念される」と説明されている。

ちなみに最悪の「マルーン」は「すべての人への健康に影響がある」で、実質の緊急事態の宣言である。

AQIの数値は、1立方メートルあたりに含まれるPM2.5(2.5マイクロメートル以下の汚染物質の粒子)、PM10(10マイクロメートル以下の汚染物質の粒子)の濃度で評価される。日本でも中国から飛来する黄砂で有名になったPM2.5であるが、PM2.5は吸い込むと肺から血流に溶け込む。PM10は粒子が大きく、血流に溶け込むことはないが、粘膜に張り付き、目の痛みや、呼吸困難を誘発する。継続してこれらの空気にさらされると、心臓疾患、喘息など深刻な健康被害が出るとのことである。

ニューヨーク市でも一時的に状況は「コード・パープル」まで進み、その後は「コード・レッド」の状況が続いた。この時点でニューヨークの大気の質は、「世界で最悪」のレベルにまでなった。ニューヨーク市は市民に可能な限り外出を控えるように呼びかけ、それはまさにコロナ禍の再来を想起させ、ぞっとした。

夜に予定されていたヤンキースvsホワイトソックスの試合は延期され、空港では飛行機の離発着が制限された。

ニューヨークでここまで大気の質が悪化したのは1960年代以来、とのことであった。私が子供の頃の東京もひどかったが、その昔のニューヨークの空気も相当なものだったらしい。

ちなみにオレンジ色に染まった現象であるが、平たく言うと「朝日・夕日が赤く見える」のと同じ理由で、空気中に漂う粒子の種類と、距離の厚み(濃度)によって透過する光線が限られ、このような色に見えるレイリー散乱、という現象らしい。

■ 空気がおいしい

いつ事態が好転するか、市民は不安な数日を過ごしたが、週末になり、ほぼ5日ぶりに青空が顔を出した。匂いも消え、本当に爽やかな日になった。このときほど「空気がおいしい」と感じたことはなかった。日常が戻って来たことのありがたさをしみじみ感じると共に、普通に過ごせる日常はとても脆くもあるとも思った。

現在のニューヨークの大気の質はAQI15、最良状態を示す「コード・グリーン」である。(参考:Fire and Smoke Map)

写真)戻ってきた青空

筆者撮影)

当たり前だと思っていた日常の環境が当たり前でないことを皆が、身をもって知ることとなった今回の事態は、やはり、人々一人ひとりが考えろ、という自然からの警告だと受け止めたい。

カナダでの火災はいまだに収束には向っていない。専門家は、悪条件が重なれば、来週終わりにも、また同じことが起きる可能性を指摘、今回のような事態は定期的に繰りかえされるかも知れないと述べている。

(参考)

Air Quality Alert in Washington, DC Elevated to Code Purple, Mayor Bowser Urges Residents to Follow Recommendations Related to the Code Purple Air Quality Alert(ワシントンDCバウザー市長室のページ)

https://www.nyc.gov/office-of-the-mayor/news/393-23/mayor-adams-on-deteriorating-air-quality-new-york-city?fbclid=IwAR3BF9Q_8g4uD0FevFzQ1naXnHutOhld4adP2Ni6nuvODr2le_6iHRwTeHU(ニューヨーク・アダムス市長室のページ)

Canadian Interagency Forest Fire Centre(カナダ森林火災センター)

第21回 青空・夕焼け・白い雲|CCS:シーシーエス株式会社(光と色の話・第一部)

https://enewspaper.nydailynews.com/html5/desktop/production/default.aspx?pubid=a948621d-d740-4787-8c86-2cdff7a65076&edid=5998b8f8-c6fe-46ec-8090-b09e2ebdbdea(NYデイリーニュース、4〜5ページ)

The air quality index explained: What air quality is bad?(FOXニュース)

https://www.accuweather.「コード・パープルが発令」

トップ写真:大気汚染で霞む、ワン・ワールド・トレード・センターとニューヨークマンハッタン  ニュージャージー州ジャージーシティ 2023年6月8日

出典:Photo by Eduardo Munoz Alvarez/Getty Images

 




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