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.国際  投稿日:2024/5/5

全米初、マンハッタンに「渋滞税」導入


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・6月30日からマンハッタンに乗り入れる車に「渋滞税」導入。

・NY州当局は年間10億ドル(1560億円)の通行料収入見込む。

・マンハッタンに通勤している隣りのニュージャージー州からは不満の声も。

 

来る6月30日から、ニューヨーク・マンハッタン中心部(CBD、 Central Business District)に乗り入れるほぼ全ての車両から「マンハッタン入場料金」と思われるような料金を徴収されることが確定的になった。

長らく議論されてきたこの制度、世界ではロンドンなどの都市で導入実績があるが、アメリカでは初の試みとなる。

一般的には「混雑税」もしくは「渋滞税」と呼ばれ、料金を徴収することによって、市内「マンハッタン中心部」に乗り入れる車両数の軽減を狙う。ニューヨーク州の当局(MTA、メトロポリタン交通局)は毎日10万台の車両(現在の17%)の流入を抑制、大気汚染も軽減できるとし、年間10億ドル(1560億円)の通行料収入を見込んでいる。

料金は、

・普通車両→ 1日15ドル(およそ2,300円、その後の出入りは無制限で無課金)

・トラックなどの大型車両→ 1日24~36ドル(およそ3,700円~5,500円)

・ウーバー(Uber)などのライドシェア→ 「出入りするたびに」2.5ドル(380円)

・タクシー→ 「出入りするたびに」1.5ドル(230円)

・バイク→ 1日7.5ドル(1,150円)

となっており、ピーク時間帯(平日5:00〜21:00、週末9:00〜21:00の料金)の乗り入れに対して課金される。別途、ピーク時間帯以外は「深夜料金」が設定されており、こちらはピーク時の1/4程度の料金だ。

ちなみに、上記料金はE-Z Passと呼ばれる、日本でいうETCを所有している人への請求料金であって、持っていない人には、読み取られたナンバープレートの登録住所に50%増しの料金の請求が行く。たとえば普通車15ドルのところ、デバイスを持っていない人には、22.50ドル(およそ3,500円)の請求、という具合で、徴収が免除されている警察、消防、救急、スクールバスなど以外の、マンハッタン中心部に乗り入れるほぼ全車両が課金対象になっている。

世界中、どこの都市でも渋滞は深刻な問題だ。

マンハッタンの渋滞を緩和するための試行錯誤は、最初は大気汚染の軽減を目的に1970年代から様々な方法が試みられてきたという。

2008年に今回のプログラムの原型となるプランが提示され、以来17年もの間、検討に検討を重ね、議論につぐ議論も尽くされた、とのことで、ようやく実現にこぎつけたのが、この「渋滞税(正式名称The Central Business District (CBD) Tolling Program)」プログラムだ。

「17年もかけたので、議論は尽くされた」というのがNY当局の言い分だが、議論は尽くされたはずなのに、実施のドタンバの今になっていくつかの訴訟が起こされている。

ガマンならないのが、隣りのニュージャージー(NJ)州である。

NJ住民はマンハッタンに通勤している人も多い。それらの人びとは、マンハッタンへの通勤に、高額なトンネル、橋の通行料(11.75ドル≒1,800円)を「毎日」払っており、ただでさえ高い料金に15ドルもの「マンハッタン入場料金が毎日」加わるなど言語道断、というわけだ。

しかし、NY当局は6月の実施に向け、5億5000万ドルかけて、市内100か所以上の「関所」に検知器をすでに設置済みだ。

▲写真 すでに設置済みの「関所」の自動検知センサー(写真上部)。設置されたのは市内100か所以上 Ⓒ柏原雅弘

NJの反発を見て、ニューヨーク州は、年間10億ドルの通行料による収益(NJは34億ドル、との主張)の一部を、NJ州のインフラ整備のために還元し、料金の割引もする、という懐柔策に出た。

ニューヨーク市民はどうみているのであろうか。

「関所」の近辺に住む住人は、「関所」手前での駐車違反や、深夜割引が始まる時間を狙っての多数の待ち車両による渋滞が起きるのではないか、と不安を訴える人たちもいるが、区域内に住む住民全体からは、実施に賛成との意見が多いという。しかし、区域外の住民の6割は「いまだに導入に納得がいっていない」という調査もある。

それとは別に、少数ながら「車依存社会から脱却する良いチャンス」と導入に好意的な意見も見られる。

アメリカはどこへ行ってもクルマがないと生活できない地域がほとんどであるが、ニューヨークは全米でも珍しい、徒歩も含めた車以外の交通手段で移動ができる都市だ。

私生活において、出来るだけクルマを使わない、というまちづくりへの挑戦は意味があるかもしれない。実際、私も過去30年、車を所有したことがないが、市内での移動で不便に思ったことはほぼない。

やはり、マンハッタンは、全米で一番、人を歩かせる街だ。

せっかちなニューヨーカーは、地下鉄で数駅、タクシーでちょっと、という程度の距離ならば、普通に歩く。加えて今は自転車がブームだ。マンハッタンの中心部は東京で言えば、新宿区と渋谷区を合わせたくらいの面積に過ぎない。なので、健康も兼ねて歩くという選択をする人は昔からかなりいて、実は私もその一人だ。

しかし「ニューヨークに住んでいるのは、健康な若者ばかりではない」という、高齢者からの意見もある。地下鉄の利用を積極的に促されても、エレベーター、エスカレーターが毎日のように故障するので、運行に信用が置けず、結果、車通勤以外の選択肢はないと、いう意見にはもっともだ、と思うしかない。

日本と違い、NYの地下鉄など公共交通機関は、通勤ラッシュ時でもしょっちゅう止まり、時には30分近く止まったまま、ということも「普通」である。私自身、子供を地下鉄の遅延が原因で何回遅刻させたことであろう。

話は、交通渋滞に戻るが、世界中の渋滞状況をレポートしているサイト「Tomtom」によれば、昨年、2023年のニューヨーク中心部での車の平均スピードは19kmだった、とのことである。

▲写真 市内でも最悪の渋滞ポイントの一つ、と悪名高い、59丁目の「クイーンズボロ・ブリッジ」出口の渋滞 Ⓒ柏原雅弘

マンハッタンで10km進むのにかかった平均時間は24分、渋滞のなかで人びとが過ごした時間は一人1年で108時間ということで、ニューヨークに限ったことではないが、渋滞によって被る時間的、経済的損失も多大なようだ。

ちなみに、上記サイトによれば、世界で一番渋滞が激しいとされる都市はロンドンである。

そのロンドン、実は20年も前の2003年に渋滞税をすでに導入しているのだ。なのに・・・・

現在、ロンドンでは中心部を車で10km進むのにかかる時間は、平均36分、平均時速は15kmで、世界最悪という。それでも、2007年のリポートによれば、渋滞税導入前と比べると有料区域内に入る車は30%減少したという。

ロンドン以下の「渋滞ランキング」は、アイルランドのダブリン、トロント、ミラノ、と続き、現在のニューヨークの渋滞ランキングは世界第20位であるとのことだった。

「全米最悪」と言われつつも、世界には上がある。

そして、日本でこれを読んでいるみなさんも、これを海の向こうの出来事と見てはいけない。

サイトのデーターによれば、「全米最悪の渋滞都市ニューヨーク(世界ランキング20位)」を抜いて「渋滞都市世界ランキング14位」にランク付けされているのは、なんと札幌市であった。

ならば、日本も、渋滞税導入を検討してみるべきか?

日本では、検討しただけでたいへんな反発を食らいそうだ。

参考サイト:

TomTom
https://www.tomtom.com/traffic-index/ranking/

2027年のイギリス政府のレポートアーカイブhttps://web.archive.org/web/20140122090211/http://www.tfl.gov.uk/assets/downloads/fifth-annual-impacts-monitoring-report-2007-07-07.pdf

トップ写真:ニューヨーク市警の交通警察官 Ⓒ柏原雅弘




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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