アメリカに広がる日本の味覚 その2 日本人が買えないMade in Japan
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・NYの日本食は高級化がどんどん進み、完全にブランディングに成功した。
・日系スーパーで売られている日本産のものは、コロナ前より大幅に値上がり。
・日本製品を扱う舞台は、日本のお店を差し置き「仁義なき戦い」の様相を呈している。
その昔、海外に出たら、日本食に出会うことを期待してはいけないと言われた。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
1980年代後半、新たにニューヨークで生活を始める事になった自分は、できるだけ日本的なものから距離を置いて、現地から学びとれるものを自分のものにしようと、気持ちを奮い立たせて現地に降り立った。
まずは腹ごしらえ、と、ニューヨークに到着した日、私が最初に向かったのは、日本で「スマイル0円」をキャッチフレーズにしていたファストフードのお店だった。
そこで南アジア系の女性店員に「何言ってんだかわからないよ!コノヤロー!!」と注文でいきなり罵声を浴びさせられ、NYの洗礼を受けた。しかも、メニューは指すだけで注文できるはずなのに、出てきたものは違うもの。英語力・ゼロの自分は、注文が違う、ということも言えずに、間違って出てきた品物を宿でかじりながら切実に「コンビニのおにぎりでも食べたい」と思ったのであった。
当時のニューヨークで日本食と言えば「スシ・天ぷら」であり、しかもそれらすら認知され始めてから間もない頃で、日本企業の駐在員がアメリカ人のクライアントの接待に使う道具、という側面が大きく、現地在住日本人とはほぼ無縁のものであった。庶民の食べ物であるおにぎりなどは、まだなかった。言い換えると、おにぎりすらなかった、のである。
NYの日本食レストランもまだ数えるほどしかなかった。
ある時、訪れていた日本食レストランで隣のアメリカ人客に言われたことがある。
私が食べていた枝豆と、焼き鳥を、そのアメリカ人が興味深そうに見ていたので、これが何であるかを喜々として説明したら「豚の餌と同じものを食べるのが理解できない」「目玉も串に刺して食べるのか?」と言われた。決して差別的に言われたのではなく、心底理解できずにいたようだった。当時はスシ・天ぷら以外は、NYにおいてもまだ未知の食べ物で、ラーメンなどは、おそらく一番理解に遠い位置の存在だった。25年ほど前の話である。
今や枝豆は「スーパー健康食」として全米どこでも、扱っていないスーパーはない。豆腐も同様である。
焼き鳥はその後ニューヨークでブームを起こした。
ラーメンに至ってはもはや説明の必要もないくらい、今では全米で人気を誇り、有名店には行列ができる。ラーメンはNYでは20ドル以上、これに消費税とチップがかかる。ゆえに「ラーメンと餃子」など気軽に頼めない。
そしておにぎりは、コロナ禍で中食としての認知度が高まり、NYのとあるお店には、ランチの時間には買い求める勤め人が並ぶ。パック寿司と、おにぎり1,2個を求める姿が多いが、これで25ドルくらいはする。
物価高に加え、ニューヨークの日本食は高級化がどんどん進み、その人気にはますます拍車がかかる。昔のようにランチや、一杯呑みで気軽に入れる店はもうほぼ無く、マンハッタンにおいては、日本人経営のお店のほぼ全てが高級店になってしまった。だが、高級化を進めると、ますます人気は高まる、という具合に、日本食はニューヨークで完全にブランディングに成功したと言っても良いと思う。
反面、現地日本人からすると、日本食レストランが、数あるレストランの中で最も遠い存在になってしまった。高級すぎて、もはや、よほどの機会がないと行こうと言う気になれない。いや、行こうという気になっても行けない。
先日、撮影の仕事で、日本でも有名な日本食のお店でランチをごちそうになった。店内は混雑していたが、日本人はおそらく我々しかいなかった。その翌週にも、かつて居酒屋として地元に根ざしていたお店でクライアントにごちそうになったが、この店はコロナ禍を経て高級店となり、この日、ほぼ満席だったお店にはやはり、日本人は我々しかいなかった。
あくまでも私見であるが、それらのお店を支える客層の中心は、アジア人の若い層、特に中国、韓国系の人々が多い気がする。平日のランチに最低でも25ドル以上を払える客層に、もはや日本人の姿はほぼ見当たらない。ディナーの時間帯なら尚更である。
そして、こちらに住む日本人の知人が、SNSに投稿していた写真を見てぶったまげた。
▲写真 日系スーパーで売られていた「日本産生姜」(筆者の知人提供)
「日本産しょうが・23ドル」。
これは日系のスーパーで売られていたものである。ぜひ円換算もして頂きたい。
これが、こちらで手に入りにくいものであるならば高いのも致し方ないとも思う。しかし、しょうがは、アメリカの普通のスーパーで、同じくらいの大きさのものが3〜4ドル位で手に入る。写真を見た妻によれば、新生姜ではないかとのことであったが、それにしても、である。
かようにNYでの状況は異常である。
いったい、お店は誰をターゲットにこのような値段でしょうがを売っているのだろう?ブランディングに成功した日本食、の結果であろうか。
日本の食品を扱う店でありながら、これを買う日本人はいないだろう。お店はそれをわかっていて、売っている。つまり、もはや、現地日本人は顧客では無いのだ。
NYで日本のものは高くて、一番欲しいはずの日本人が買えないという皮肉。しかし、ここで大きな疑問が残る。
日本の報道を見ると毎日のように、円安が大きく伝えられているではないか。
そうだ、過剰とも伝えられる円安、ということならば、日本のものは、こちらでは、かつてないくらい、安く買えるはずではないか。
ところがどうであろう。
上記のしょうがは、とりあえず横に置いておいたとしても、日系のスーパーで売られているあらゆる日本産のものは、安くなるどころか、コロナ前より、大幅に値上がりしている。円安はどこへ行ったのであろう?お店を経営する会社がここぞとばかりに利益をフトコロにいれているのであろうか?
輸送費などのコストが高騰しているから?
だったら、これはどうだろう?
▲写真 韓国系スーパーで売られている日本産米(筆者撮影)
日本のものを多く扱う、韓国系のスーパーで扱ってる日本産のコメである。特売品として新潟のコメが5kg、20ドル以下で売られている。
アメリカの国産米より安い。もしかして日本国内より安いかも知れない。しかも、袋にはJAの印刷がある、コメ処、新潟産のコメである。
アメリカは長く続いた干ばつの影響もあって、米の値段はかつて無いくらい高止まりしている。そうであっても、歴史的に見て、日本からの輸入米がアメリカの国産米の値段を下回ったことは過去に1度もない。
韓国系のこの店は多くの日本の品物を扱うが、おおむねどの商品も、日系のお店より安い。
日本から、日本のスーパーなどと同じように輸入しているはずなのに、なぜこういうことが可能なのだろう?日本のお店と違い、このお店はしっかりと現地日本人をお客とみなしている、と感じてしまう。
中国系の店も負けてはいない。こちらは北米最大を謳う、中国系ネットスーパーのECサイト。
▲図 中国系ネットスーパーWeee! のサイト(筆者提供)
アメリカ西海岸発祥で、サイトは以前は中国語が主だったが今は、英語、日本語、韓国語で「中華街価格」で商品を提供している。全米40州あまりに数百か所の配達拠点を持つ。にわかに信じがたいが、日本人などまずほとんどいないであろうノースダコタ州などにも20か所以上の配送拠点があり、購入した商品は最寄りのハブから直接、ECサイトの会社のドライバーが配達に来る。しかも、ある程度の金額を購入すると配達料は無料である。
日本のものを「売り」にして比較的安い値段で提供している、似たようなネットスーパーは今やアメリカに多数あり、これらのおかげで、日本のものが欲しい時でも、もう日本のお店に行くことはほとんど無くなってしまった。電車賃すらかからない。たくさん買えば配達料は無料、である。
日本を「売り」にして、「日本人経営ではないお店」が日本人も、日本人以外も取り込んで、売上を伸ばしている。
日本のお店のやり方を見ていると、どの店も同じ一つの問屋から仕入れ、そのまま、値段に問屋料金を上乗せして売っている旧態依然のやり方を、今でもそのまま続けているだけに見える。
コロナ禍の間に、虎視眈々と狙っていたのか、そうこうしているうちに、日本の製品を扱う舞台は、日本のお店などを差し置いて「仁義なき戦い」さながらの様相を呈している。
(つづく)
トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません) 出典:Cavan Images/GettyImages
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。