イスラエル大規模軍事作戦の背景と懸念
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#27
2023年7月3-9日
【まとめ】
・ヨルダン川西岸でイスラエル軍大規模軍事作戦実施。
・自治政府の統制利かず、西岸地区「テロリストの拠点」化か。
・第三次インティファーダが起きないこと祈る。
今週は米国が独立記念日で休みのため全体がスロー気味だが、筆者が心配するのはイスラエル占領中のヨルダン川西岸でのイスラエル軍による大規模軍事作戦だ。日本ではあまり大きなニュースになっていないが、この軍事作戦は今後も長く続く可能性があり、仮に短期で終了しても、その悪影響は深く残る、と思うからだ。
まあ、それは後程取り上げるとして、まずは、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きから始めたい。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを勝手に選んでご紹介している。欧米の専門家たちの今週の関心は以下のとおりだ。
7月4日火曜日
仏大統領が国内200人以上の市長たちと協議
【フランスでまた暴動が起きた。きっかけは6月27日、警官が運転停止の指示に従わなかった(恐らくアラブ系の)17歳の少年を射殺したことだが、これはフランスの構造的問題だ。仏内務省は暴動開始から6晩目となる7月2日夜も全土で騒ぎが続き、拘束者は、少なくなったとはいえ157人もいたという。マクロン氏は訪独をキャンセルして国内治安の安定に努めているのだが、中国のことをあれこれ言うよりも、まずは自国内の安定を考えたらどうかね?】
インドが上海協力機構首脳テレビ会議を主催
【今回の目玉はイランが正式加盟することらしいが、議長国インドは直前にオンライン開催を決定したと報じられた。「米印首脳会談の直後だけに『反米集団』との色合いを薄めたかった思惑もにじむ」との見方もあるが、理由はそれだけではないだろう。米国はそんなこと承知の上だからだ。そもそもプーチンがどこにいるか分からない今、対面の首脳会議なんて無理ではないのかね。】
7月5日水曜日
トリニダードトバゴがカリブ共同体首脳会議を主催
【興味深いのは、この首脳会議に韓国首相が韓国首脳クラスとして初めて出席する、と報じられたことだ。海洋共同研究センターと農業技術革新プラットフォームを新設し、気候変動対応や海洋水産、食料安全保障などの分野で協力を拡大するとも報じられた。韓国外交もなかなかやるではないか。】
米スウェーデン、ワシントンで首脳会議
【バイデン大統領がスウェーデンのクリステション首相と会談し、スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟などについて協議するとホワイトハウスが発表した。大統領報道官は声明で「安全保障協力の拡大について検討し、スウェーデンが早期にNATOに加盟すべきだとの考えを再確認する」と述べている。】
7月6日木曜日
トルコとスウェーデンがNATO加盟に関する高級実務者協議開催
【この会合とスウェーデン首相の訪米はリンクしているのだろう。トルコもそろそろ「手打ち」をすべき時だと思うのだが…】
米財務長官が訪中(9日まで)
【米中関係は外交安全保障では氷河期かもしれないが、中国は経済的に苦しくなることが見えているので、イエレンとの話し合いでは何らかの前向きな動きを示すかもしれない、ということで要注目である。】
7月7日金曜日
日本でG7法相会合開催
パキスタンのカーン元首相がテロ容疑の裁判に出廷
【パキスタンは相変わらずである。】
7月8日土曜日 Edgars Rinkevicsラトビア大統領就任
【注目すべきは、ラトビア議会が選出した新大統領が「同性愛者」であることを公表していることだ。ラトビア大統領は主に外交などで儀礼的な役割を担うだけだが、同大統領は「誇りを持ってゲイであることを公表する」とSNSに投稿し、同性カップルの法的権利のために闘うと言ってきた。これが世界の流れなのだろうか。】
7月9日日曜日
ウズベキスタンで大統領選挙
【これは茶番だろう。ミルジヨエフ大統領は2026年に予定されていた大統領選を前倒ししたが、同国では4月末、独裁色を強める同大統領が事実上「終身大統領」に就くことを可能にする憲法改正案が国民投票の9割の賛成で承認されている。中央アジアでも当分、民主政治はできそうもないのか。】
インドネシア、ASEAN外相会合を主催
さて、話をパレスチナ、西岸地区に戻そう。イスラエル軍は7月2日、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸ジェニン地区で、空爆を含む大規模な軍事作戦を行った。イスラエル軍は「テロリストはジェニンのキャンプを隠れ家にして市民に危害を加え続け」、難民キャンプは事実上「テロリストの拠点」になっていると述べている。
これに対し、パレスチナの武装組織「ジェニン大隊」は「我々は最後の一呼吸と銃弾まで占領軍と戦い、あらゆる派閥や軍事組織と協力し、団結する」と述べたそうだ。「ジェニン大隊」には、西岸の「ファタハ」やガザ地区の「ハマス」、更には武装組織「イスラム聖戦(PIJ)」などの戦闘員が所属。かなり本格的な掃討作戦となるだろう。
ネタニヤフ政権が連立を組む右派強硬派の求めを受け実行したと報じられているが、問題の本質はそれだけではない。そもそも、ジェニン(アラビア語では「ジェニーン」と発音する、元々は聖書に出てくるヘブライ語名の古い町)の治安はパレスチナ自治政府の責任だが、パレスチナでは2006年以来大統領選も、議会選挙も行われていないことは、以前書いた通りだ。
要するに、パレスチナ自治政府が自己の統治領域で武装勢力を制御できていないのだから、難民キャンプのあるジェニーンが「テロリストの拠点」になっても仕方がないということ。6月にテルアビブからエルサレム、ラマッラを見てきたが、ジェニーンはその北方にある人口4万人ぐらいの町だ。第三次インティファーダ(武装蜂起)が起きないことを祈ろう。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:イスラエルによるジェニンへの大規模軍事作戦に抗議するパレスチナ人(2023年7月3日 パレスチナ自治区・ガザ)出典:Photo by Ahmad Hasaballah/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。