オランダの帯水層蓄熱利用技術、大阪で採用 メディアツアー報告3
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・オランダで普及している、「帯水層蓄熱(ATES)システム」。
・地下水を熱エネルギーとして地下帯水層に蓄熱し、建物の冷暖房を効率的に行う技術。
・「グラングリーン大阪」でATESシステムは採用された。
オランダといえば風力発電。グリーン水素生産に使われる再生可能エネルギーも風力だ。
一方、今回のツアーで知ったのだが、オランダには特筆すべきグリーンテクノロジーがあった。
それが、「帯水層蓄熱(ATES:Aquifer Thermal Energy Storage)」と呼ばれるものだ。
帯水層とは、「地下水で満たされた砂層等の透水性が比較的良い地層であり、一般には地下水取水の対象となり得る地層のこと」。(公益社団法人日本地下水学会による)
帯水層蓄熱システムは、「地下水を熱エネルギーとして地下に広がる帯水層に蓄熱して建物の冷房・暖房を効率的に行う技術で、省エネルギー、CO₂排出量削減、ヒートアイランド現象緩和策として期待されている」。(環境省による)
その原理は、冷房運転時には冷熱井から冷たい地下水を揚水して冷房に利用し、熱利用によって温まった地下水を温熱井に注入して蓄える。暖房運転時は逆に、温熱井から温かい地下水を揚水して暖房に利用し、熱利用によって冷めた地下水を冷熱井に注入して蓄える、というものだ。
図)帯水層蓄熱システムの概念図
出典)環境省
夏に排出される温熱を冬の暖房熱源に、冬に排出される冷熱を夏の冷房熱源として利用するため、高効率でエネルギー利用を行うことができる。
その効果をNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が調べたところ、
また、夏はエアコンを、冬場は重油焚き温風暖房機を使った場合と比べると、ランニングコストが夏場64%、冬場58%ものコストダウンとなった。また、CO₂の排出量も、年間約60%の削減を達成した。いかに効率がよいシステムかわかる。
図)(上)ランニングコストの比較グラフ、(下)二酸化炭素排出量の比較グラフ(資料提供:日本地下水開発)
出典)NEDO
このATESシステムが普及しているのがオランダだ。国内ではすでに3,000 以上のシステムが稼働しており、世界1の普及率だ。2位がスウェーデンの約220、3位がベルギーとイギリスの約30、5位がドイツの約10だから、いかにオランダでATESシステムが普及しているか分かるだろう。
しかしオランダのATESシステムも、最初の導入が1990年と歴史こそ古いが、その当時はわずか10システムしか普及していなかったという。その後、2000年には200システム、2010年には1500システム、2020年には倍増し3000システムに達するなど、急速な成長と遂げている。
では、どのような分野で普及しているのか。
業界大手のIFTechnologiesによると、オランダ国内でATESシステムを導入しているのは、オフィスビルが約45%でトップ、2番目が公共施設で約14%、3番目が病院で12%、4番目が温室で約11%、5番目が産業部門で約10%となっている。
今回、オランダで実際にATESシステムを採用しているハーグ応用科学大学を訪問した。同大学があるデン・ハーグはアムステルダムから約65km南西、北海沿岸の都市で、南ホラント州の州都である。ロッテルダムに次ぐオランダ第3の都市でもある。
写真)ハーグ応用化学大学
ⒸJapan In-depth編集部
構内を案内してくれたのは、ハーグ応用化学大学(Hague University of Applied Science)の ATES管理者であるジェラルド・ウィレムセ氏。
同大学では2017年からATESシステムと水熱システムが施設の冷房に使われている。水熱システムは、周囲の運河から水を汲み上げている。 ウィレムセ氏が敷地内の地下設備を案内してくれた。
写真)地下の設備を説明するウィレムセ氏。2023年7月5日 オランダ・ハーグ
ⒸJapan In-depth編集部
同大学の敷地は広大で、ATESシステムと水熱システムだけで全館に冷房をまかなえているのか聞いたが、「全く問題無く、全ての教室で冷房が効いている」とのことだった。
ただ、まだ冬場の暖房はこうした自然エネルギーを使わず、地域暖房システムに頼っているので、「近いうち暖房もATESなどのシステムでまかなえるようにしたい」と話した。
写真)密閉式井戸の上部 ⒸJapan In-depth編集部
■ 大阪でATESシステムが稼働
このATESシステム、日本ではまだそれほど普及していないが、実は大阪ですでに採用されている。
うめきた2期地区開発プロジェクト「グラングリーン大阪」(大阪市北区)がその場所だ。現在工事中で2024年夏頃の先行開業を目指している。
図)グラングリーン大阪全景
うめきた2期地区とはJR西日本大阪駅に隣接する元JR貨物の梅田貨物駅があった通称「梅田北ヤード」と呼ばれる地域だ。
ここにできる「グラングリーン大阪」が、日本で初めてATESシステムを本格導入しピーク電力を削減する場所となる。うめきた2期地区付近は地下水を多く含む帯水層がもともと存在していたことから、日本初の大容量エネルギー貯蔵システムを構築することができた。
図)大阪市帯水層蓄熱情報マップ 出典)「大阪市域における帯水層蓄熱利用の普及促進について」大阪環境局エネルギー政策室
しかしこれまでの道のりは平坦なものではなかった。2015年から2018年まで実証実験が行われたが、日本にこれまでなかった特殊な「揚水環水切替型大容量高性能熱源井」を開発せねばならなかった。この井戸を掘削するために、ノウハウが豊富なオランダから技術監督を招き、一から挑戦することになった。ATESシステムの先進国オランダの技術指導が無かったら、実証実験は成功しなかっただろう。
図)グラングリーン大阪 2024年夏ごろ開業範囲 出典)阪急阪神不動産株式会社プレスリリース
2025年日本国際博覧会 オランダパビリオンのテーマは「コモングラウンド(共創の礎)」だ。
日本とオランダの関係が始まったのは17世紀初頭。実に400年以上前にさかのぼる。当時の日本はオランダから、医学、化学、天文学などあらゆる学問を学んだ。その関係は明治時代まで続いた。第二次大戦により両国の関係は一時途絶えたが、今、また新たな関係が構築されようとしている。
今回、何回かに分けて、オランダのエネルギー関連技術やビジネスを紹介した。
循環型経済を持続可能なビジネスモデルにした「コーヒーかすキノコ」。再生可能エネルギーを水素で貯蔵する「分散型エネルギーシステム」、「グリーン水素」を製造する官民挙げての取り組み、そして今回紹介した「ATES(帯水層蓄熱利用技術)」だ。
エネルギー分野でお互い独自技術を持つ日本とオランダの、政府・地方自治体、学術機関、企業レベルにおける交流は、気候変動問題を解決するためのモデルになり得るのではないか。
日本とオランダは、かつてそうだったように、今、新たな「共創の礎」を築こうとしている。いわば日蘭の「セカンドステージ」に私たちは立っているのではないか。オランダから帰国し、そんな気持ちになっている。
(了)
トップ写真:ATESシステムが採用されているハーグ応用科学大学の構内ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。