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.国際  投稿日:2023/8/9

失われつつあるアメリカのソフトパワー


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#32

2023年8月7日-13日

【まとめ】

・サンフランシスコはまるで変わってしまった。

・IT革命で家賃・物価が高騰し、芸術家はサンフランシスコに住めなくなった。

・50年前のヒッピー革命が象徴するアメリカのソフトパワーは失われてしまった。

 

まずは、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きから始めよう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。今週は夏枯れなのか、大きなイベントはあまりないが、欧米の専門家たちの今週の関心は次の通りだ。

8月8日火曜日 ブラジル、アマゾン協力条約機構首脳会議を主催(9日まで)

【アマゾン協力条約機構(ACTO)は1978年設立、目的はアマゾン盆地の保全と開発規制で、ボリビア、ブラジル、コロンビア、エクアドル、ギアナ、ペルー、スリナム、ベネズエラが加盟している。ブラジル大統領は「アマゾンの森林保護を巡り初めての共通政策立案を目指す」と述べたそうだ。いかにもルーラ大統領らしい、ではないか。】

8月9日水曜日 パキスタン首相、議会を解散する可能性

【パキスタン内政が荒れている。現首相は週末に任期満了となる議会を解散し、政治的主導権を握ろうとしているのだろう。カーン前首相を収賄罪で逮捕したのもその一環だろうが、米国政府は米国に批判的な前首相の逮捕を「内政問題」と突き放し、コメントは控えているようだ。】

8月10日木曜日 ワシントンで米国・メキシコ外相会談

【2024年大統領選出馬のため6月に辞任したエブラルド前外相の後任にベテラン外交官のバルセナ駐チリ大使が就任した。メキシコも、他国の例にもれず、ワシントン「詣で」が必要なのかね?】

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)首脳会合がニジェール政変を協議

【先週ECOWASは声明を発表、「クーデターを容認せず、事態が1週間以内に改善しなければ、武力行使を含む、必要なあらゆる手段を取る」と警告したが、ニジェールの混乱は今も続いている。どうやら今回も「会議のための会議」になりそうだ。】

インド中央銀行が金融政策決定会合(MPC)で政策金利を決定

【インド準備銀行(RBI)は4月に続き6月も政策金利(レポレート)を6.50%に据え置いた。この水準は2月会合で決定したものだが、インド中銀は「2023年度第1四半期にインド経済は成長を維持した」としていたが、果たして今回はどうなるか。】

8月12日土曜日 現行パキスタン議会の任期満了

8月13日日曜日 アルゼンチン、大統領予備選を実施

【高インフレなど深刻な経済問題を抱えるアルゼンチンの大統領選は、所属政党の支持を得る備選挙が8月13日に、その勝者が10月22日の本選挙第1回投票に進むことになっているが、今年は「特に先の読めない選挙になっている」と英エコノミスト誌が書いている。南米ではよく聞く話であるが、果たして結果はどうなるか。】

さて、今週の筆者の関心事だが、実は出張と休暇を兼ね12日間日本を離れていた。その間メール返信は最小限、日本関連ニュースも敢えて殆ど見なかった。一昨日帰国して久しぶりに読む日本のニュースは「新鮮」を超え「驚き」に近い。マイナンバーカード、自民党女性局研修、ビッグモーター等、日本のメディア報道は摩訶不思議だ。

また、風力発電企業から金銭を受け取った自民党議員が離党し外務政務官を辞任したこともやや奇異に思えた。このことは今週の産経新聞のコラムに書いたのだが、あんなことを書けば、またお叱りを受けるかもしれない。今回は批判覚悟で外から見る「日本」を率直に書いたので、ご関心のある向きはぜひご一読願いたい。

もう一つ、気になるのがアメリカのソフトパワーの現状である。実は先々週久しぶりにサンフランシスコを訪れた。筆者が初めて同地を訪れたのは今から半世紀前の1970年代初頭、大学二年生の夏だったと記憶する。当時は日本を含む西側諸国各地で学生運動が吹き荒れていたのだが、今はその面影もない。

当時筆者を含む一部の日本の若者にとって同市は文字通り憧れの町だった。きっかけはサンフランシスコで1967年に開かれた「サマー・オブ・ラブ」というイベントだ。全米だけでなく欧州からも含め最大10万人のヒッピーや若者が市内のヘイト・アシュベリー周辺に集まった。いわゆるヒッピー革命の始まりである。

そのサンフランシスコに音楽プロモーター・ビルグラハムがオープンしたのが「フィルモア・ウェスト」、今で言うライブハウスで、連日多くの有名なミュージシャンがライブ演奏していた。当時筆者は高校生、1971年に収録された「フィルモア最後の日々」というアルバムを聴いて、文字通り人生が変わったことを覚えている。

あれから半世紀、今サンフランシスコはまるで変わってしまった。貧乏な芸術家はサンフランシスコに住めなくなった。シリコンバレーのIT革命で家賃・物価が高騰したためだ。シリコンバレーの若者たちは50年前のヒッピー文化など興味はない。50年前のヒッピー革命が象徴するアメリカのソフトパワーはもう失われてしまったのか。

この点については今週のJapanTimesに書いたので、こちらもご一読願いたい。

アジア 

台湾訪問中の自民党副総裁が、「台湾海峡での戦争を回避するために、抑止力強化に向けた『戦う覚悟』が重要だ」と訴えたそうだ。ある意味で正論なのだが、実に隔世の感があるではないか。こんなこと10年前でもあり得ない、実に「思いもよらない」出来事である。日本の政治指導者はかくも変わったのか。

欧州・ロシア

7月下旬にクーデターが起きたニジェールで実権を握った軍事政権がロシアの「ワグネル」に支援を依頼したと報じられた。なるほど、さすがプリゴージン、ニジェールの政変にも絡むとは実にシブトイ奴だが、それにしてもこんなこと長く続けられるのか、大いに疑問である。

中東

米国の第26海兵遠征部隊(MEU)が湾岸地域に派遣され、ホルムズ海峡で商船の拿捕を続けるイランの抑止に当たるという。やっぱりね、二年前、米軍がアフガニスタンから撤退した際、「米国は中東から撤退する」と言っていた識者たちはどう思うのだろう。少なくとも米軍は「湾岸地域」から撤退していない、これが現実である。

南北アメリカ

米大統領選挙に出馬する予定のデサンティス・フロリダ州知事が、2020年の大統領選でトランプ前大統領は「敗北した」と述べたことが、大きなニュースになっている。しかし、世論調査ではトランプとデサンティスはほぼダブルスコア、デサンティスに勝ち目はないというのが現時点での相場観だが、トランプ人気も過大評価できない。

インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:マクラーレン・パークのユニティ・フェアにて、ヒッピーの家族ら (1976年3月21日カリフォルニア州サンフランシスコ)出典:Photo by Janet Fries/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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