米中関係はどうなるのか~トシ・ヨシハラ氏と語る その6最終回 中国衰退論の陰の危険とは
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・台湾併合を国力が大幅に衰える前に実現するという思考を習近平主席がとっても不自然ではない。
・中国が現在、そして将来も世界第二の経済大国であり、軍事強国だという事実。
・心配なのは中国経済衰退論の高まり。中国経済が一気に崩壊する状況は考えられない。
トシ・ヨシハラ 「その見方は、一般国民の共産党政権への信頼も確実な高度経済成長があったからこそだった、だからその経済が不振となれば習近平政権もその国内経済の窮状には真剣な関心を向け、多様な政策をとらねばならない、そのためにはこれまでよりも内向きな統治になる、という予測につながりますね。国内の安定を最優先課題にするというわけです。だから対外攻勢はやや穏健になるという予測ともなります。
ところがこれとは反対の見方もあります。習近平政権は国力が衰えて、台湾攻略など対外進出が難しくなる展望を予想して、本当にそうなってしまう前に大胆な対外攻勢に出るべきだと判断するかもしれない。こういう見方です。気鋭の中国研究の歴史学者ハル・ブランズ氏はまさにこの見解をとり、昨年、刊行した『危険な区域』という本で習近平政権が国力の衰退の前に積極果敢な対外膨張、とくに台湾攻撃などに踏み切るという危険について詳述しています」
古森義久 「バイデン政権とは異なる認識ですね。しかしこの点での判断は台湾情勢の展望を考えるうえでも、きわめて重要です。日本にとっても超重要です。『中国との関係は建設的で安定を望む』と決まり文句を繰り返している状況ではないことを岸田政権も理解してほしいところです」
ヨシハラ 「実は私自身もこの後者の見解に近い考えを持っています。中国はこれから経済面でのパワーの衰退が確実で、それに伴う総合国力の低下が予想されるならば、そうなる前に懸案の台湾攻略や南シナ海の領有紛争の中国側にとっての解決を実行しておこう、という考え方を習近平政権がとる可能性がある、という見解です。
忘れてはならないのは中国がいま現在、そしてかなり長い将来も世界第二の経済大国であり、軍事強国だという事実です。とくに軍事能力は超巨大です。過去の10年、20年に築いてきた多数の軍艦や軍用機、ミサイル、核兵器などは現時点で恐ろしいほど強力なのです。そして近年、明らかに台湾を軍事力で制圧するために必要な兵器類を増強し続けてきた実績があります。
この強大な軍事能力の保持、そして実際に台湾攻略を準部する戦略シナリオの作成などという中国の軍事の現実は経済力が落ちても2030年ごろまでは確実に続くでしょう。だから国家の悲願ともいえる台湾併合を国力が大幅に衰える前に軍事力を使ってでも実現するという思考を習近平主席がとっても、不自然ではないと思います」
古森 「常に最悪の事態を予想して、抑止や反撃の態勢を整えておかねばならない、ということでしょうか」
ヨシハラ 「はい、私がいま心配なのは中国経済衰退論の高まりです。その衰退は事実だとしても、中国経済全体が一気に崩壊してしまうという状況はまず考えられません。衰えるにしても徐々にです。経済力も軍事力もまだまだ当面は強大なままなのです。
中国の力は頂点に達し、これからは下落するから対外攻勢は弱まる、という趣旨の中国ピーク論には私は反対です」
古森 「いずれにしてもアメリカでも日本でも中国についての議論はますます高まることは確実です。強い関心を払いながらも冷静な考察が不可欠ですね」
*この記事は雑誌「正論」2023年11月号に掲載されたトシ・ヨシハラ氏と古森義久氏の対談録「経済衰退しても中国は『軍事大国』」の転載です。
トップ写真:中華人民共和国建国70周年を祝うパレード(2019年10月1日中国・北京)Photo by Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。