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.社会  投稿日:2023/11/28

届かない国民の声。生きづらい日本社会を変える一歩に 映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』


中川真知子(ライター/インタビューアー)

「中川真知子のシネマ進行」

【まとめ】

・安倍晋三元首相遊説中にヤジを飛ばした市民が警察によって排除された「ヤジ排除問題」。

・現場にいた山﨑裕侍監督のドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』近日公開。

・山﨑氏は「対話や平和につながるヤジを権力が力ずくで奪った」と語る。

 

岸田首相は「国民の声を聞く」というが、国民の声が届いている気がしないのは筆者だけだろうか。SNSを見れば悲鳴にも近い訴えが否応なしに目に入ってくるのに、連日のように増税や課税のニュースが報じられる。

SNS上の書き込みは国民の声と認識されないのだろうか。国民の声とは一体何を指しているのだろう。政治家の認識との間に大きなズレを感じる。

そんな中、筆者はドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』の存在を知った。2019年7月15日に札幌で行われた安倍晋三元首相の遊説中にヤジを飛ばした市民が警察によって排除された「ヤジ排除問題」を4年間に渡り追った作品には、言論の自由や民主主義をおびやかす問題が描かれていた。

監督の山﨑裕侍(やまざきゆうじ)氏は「対話や平和につながるヤジを権力が力ずくで奪った」と語る。

国民は声を奪われたのだろうか。そして今後も声は政治家に届かないのだろうか。Japan in-depthは山﨑監督に話を聞いた。(聞き手:中川真知子)

■  多様性の真逆をいく日本。広く問題定義するために「ヤジ排除問題」を映画化

数々の社会問題を取り上げてきた山﨑は、「ヤジ排除問題」が発生したその場にいた。しかし、何があったのか把握できていなかったために黙認した1人になってしまったのだ。そして、カメラクルーがおらず撮影ができていなかったこと、この出来事の放送が遅れてしまったことが強い後悔として残ったことが「ヤジ排除問題」を掘り下げる大きなモチベーションとなったらしい。

▲写真 山﨑裕侍監督(筆者撮影)

ーー「ヤジ排除問題」をテレビ番組だけなく、ドキュメンタリー映画にもしようと思った理由をお聞かせください。

山﨑監督: 北海道のローカル放送で、短ければ1分、長くてもせいぜい8〜10分という断片的な取材を重ねてきました。しかし、警察はなかなか説明してくれないので、専門家にインタビューして独自に検証したり、北海道警察のOBに警察の実態を聞いたりしていたのです。

すると、警察のありかたや表現の自由を奪われることは、立体的に検証しなければ描けないと感じるようになりました。また、これは北海道だけの問題ではなく、全国的に起こっている可能性が高いので北海道以外の人にも伝えるべきという考えも出てきました。それが映画にした理由です。

▲写真 ヤジを飛ばし警察官らに排除される人(配給会社提供)

ーーあの日、ヤジが排除されたことについて監督はどうお考えでしょうか。

山﨑監督: 「安倍辞めろ」といった大杉雅栄さんは、安倍元首相に対して「首相を辞任しろ」という意味でヤジを飛ばしたのであって「人間をやめろ」という意味で言ったのではありません。人格を攻撃しているのではなく、ヘイトスピーチとも言えないのです。

ヤジはあなたの意見には納得できない、という意思表示だと思います。そういう声を排除しようとするのは、「みんな黙って聞きなさい。みんな同じ意見だよね」と強要される社会であり、非常に恐ろしいと感じています。今は多様性が大事だと言われていますが、真逆の方向に進んでしまっています。

路上は自由です。いろんな人がいていい。ヤジを飛ばしている人の横にいる人が「自分は演説を聞きたいから静かにしてもらえないか」と言い、それに対して「自分はあの政治家に一言二言伝えたい」といった市民同士の対話なりの解決があればいいが、警察が権力で、ヤジを排除し、応援する人は残す選択をするのはまずい。

また、プラカードの内容も、排除するべきものと見せても構わないもので選んでいるのも警察国家のようで恐ろしい社会だと思います。

ーーそのような恐ろしいことが起こっているのに声を上げられない、反対意見を言えない人たちが多いようですが、すでに飼い慣らされてしまっているのでしょうか。

山﨑監督: 黙って見ている人全員が何も感じていないとは言い切れません。「増税反対」と叫んだ桃井希生さんが排除されるのを心配そうにずっと近くで見ていた人や、排除される様子を動画に撮ったものを自分たちに提供してくれた人たちがいます。その場で反対意見を言ったり、行動したりしなくても、警察のやっていることはおかしいと思っている人はいるのです。

▲写真 ヤジを飛ばし警察官らに排除される人(配給会社提供)

■自己責任論の危険性

おかしいと感じている人がいる一方で、静かに演説に耳を傾けたい人々に迷惑をかけるから排除されるのは自業自得なのだ、という意見もある。匿名性の高いSNSではヤジを飛ばした人たちを非難する書き込みも散見される。そのような自己責任論について監督はどう感じているのだろうか。

山﨑監督: 先日、西武池袋本店で従業員がストをしましたが、「迷惑だ」という人もいたし、ニュースでも「消費者を置き去りにしている」といった批判的な声が伝えられていました。しかし、ストは労働者に与えられた権利です。職場を良くしたいと真っ当な権利を行使するのを迷惑だと言うことに疑問を感じます。確かに迷惑かもしれない。けれど、働く人の待遇が改善すれば、他の職場や職業でも声が上がり、労働環境が変わるきっかけになると思います。「迷惑だ」と思っている人も将来不条理な状況に直面するかもしれません。問題を放置したら、いつか自分自身に跳ね返ってくる恐れがあります。自分とは関係ない世界の話だと感じてしまうのが不思議です。

▲写真 路上で年金制度についてのプラカードを掲げる人(配給会社提供)

■テレビの報道力の低下とエコーチェンバーの問題

しかし、対岸の火のようだと感じているとしても、そのこと自体を知っていればまだマシかもしれない。というのも筆者は『ヤジと民主主義』を見るまで「ヤジ排除問題」を知らなかったのだ。発生当時、帰国したばかりで身辺が慌しかった事情もあるが、ネットニュースやSNSを中心に情報収集していたことによりエコーチェンバー現象が起きていたと考えられる。

テレビのニュース番組は、放送すれば視聴者が目にすることもあるが、ネットニュースは、意識して積極的に網羅的に情報を集めなければ偏りが起こってしまう。

しかし、エコーチェンバーが起こるとわかっていてもテレビ番組を見る気にならないのは昨今はテレビの報道力と影響力が下がりつつあると感じているからだ。だが、情報を広く伝えるという点ではテレビは魅力的だ。

そこで、再びテレビが力を取り戻すためにはどんな働きかけをするべきなのか、山﨑監督に聞いてみた。

山﨑監督: 僕は、社会問題に共に取り組んでくれる仲間を増やすことが重要だと考えます。その仲間を増やすため、今の若い記者たちと一緒にドキュメンタリーを作っています。若い人たちにテーマを与え、取材させて、一緒に考える。例えば、『ヤジと民主主義 劇場拡大版』を取材した長沢祐(ながさわたすく)という若い記者がいますが、彼には「生活図画事件」という戦時中に絵を描いただけで治安維持法を理由に警察に逮捕された102歳の男性を取材してもらっています。仲間が増え、それが日本各地のメディアにも広がっていけば少しずつ変わるかもしれません。

▲写真 ヤジ排除訴訟で「これが民主主義か!」などと書かれた紙を掲げる原告ら(2023年6月22日 札幌市・中央区、札幌高裁前にて):配給会社提供

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ドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』は、この国に暮らす人々に問いを投げかける作品だ。鑑賞後は賛成/反対どちらの意見もでるだろう。だが、それでいい。どんな意見も、国民の声であることには変わりなく、それが対話の始まりになるのだから。

(X:旧Twitterの埋め込み機能を使っています)

『ヤジと民主主義 劇場拡大版』
12/9(土)よりポレポレ東中野、シアターキノほか全国順次公開
配給:KADOKAWA ⒸHBC/TBS

■スタッフ

語り:落合恵子 取材:長沢祐 制作・編集・監督:山﨑裕侍 
プロデューサー:山岡英二 磯田雄大 鈴木和彦
撮影:大内孝哉 谷内翔哉 村田峰史 編集:四倉悠策
MA:西岡俊明 音楽:織田龍光
製作:HBC北海道放送 
配給:KADOKAWA 宣伝:KICCORIT
2023年/日本/100分/ステレオ/16:9  
ⒸHBC/TBS
公式HP:http://yajimin.jp/ 
公式twitter: https://twitter.com/yajimin1209

トップ写真:ヤジ排除を抗議するデモ(配給会社提供)




この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー

1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

中川真知子

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