冬休みのオススメ本(下)年末年始に備えて 最終回
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・2024年第100回記念大会迎える箱根駅伝で『俺たちの箱根駅伝』や『陸王』への関心高まる。
・酒井政人著『箱根駅伝は誰のものか 国民的行事の現在地』、箱根駅伝運営の不透明さ描く。
・2024年大河ドラマ『光る君へ』。『源氏物語』の知識を仕込んでおくことは無駄ではない。
次回、恒例の【2024年を占う】において、私はまったく違うテーマで書かせていただくのだが、日本の年末年始に特化した話題では、ひとつ大きな節目を迎えることになる。
2024年は、箱根駅伝の第100回記念大会なのだ。沿道での応援も事実上解禁されたので、まあ天候にもよるが、例年を大きく上回る盛り上がりが期待できる。
もっとも私自身は中継を見るつもりはない。前にも述べたことがあるが、陸上競技にまったく無関心ではないけれども、駅伝やマラソンを2時間見るのなら、サッカーを2時間見た方が、はるかに多くのものを得られる気がするからだ。
それで思い出されるのは、池井戸潤氏が『週刊文春』に連載していた『俺たちの箱根駅伝』という小説だ。昨年11月に始まり、今年6月に完結した。
連載完結から半年近く経つというのに、未だに単行本が発売されないが、もしかすると、100回記念大会伝で大いに盛り上がっているタイミングで……ということなのかも知れない。もしそうなら、印刷やら取り次ぎやら、年末年始、大変なことになりそうだが、昔から商売上手な会社だから、まんざらあり得ないことでもなさそうだ笑。
小説自体は、まことに面白かった。同じ作者の『陸王』という小説についても、本連載で紹介させていただいたことがあるが、氏の陸上競技、とりわけ駅伝に対する思い入れは並大抵のものではない。
箱根駅伝は関東の大学陸上部がしのぎをけずるのだが、部として出場を逃しても、個人レベルで優秀な成績を残す者はいる。そうした選手たちから成る「関東学生連合」が、この小説の狂言回し役(主人公は監督と、中継のディレクター)を担う。
TV中継あってこその箱根駅伝であることは言うを待たないが、ここにひとつ問題がある。いや、そもそも問題視すべきか否かは人それぞれの考えだろうが、正月2日(往路)と3日(復路)、7時から14時過ぎまで中継され、視聴率もかなりよい。
これを娯楽番組と見なした場合、主たる「出演者」である選手たちは全員ノーギャラ。しかも中継のために多くの人員と機材が動員されるとは言え、基本は屋外での撮影である。
正月にふさわしい絢爛豪華なセットを組み、売れっ子のタレントをかき集める他局の「特番」と比較して、製作費は桁違いに安く済む。中継を担っている日本テレビにしてみれば、笑いが止まらないだろう。
そうした問題点を指摘し、かつ面白く読ませてくれたのが『箱根駅伝は誰のものか 国民的行事の現在地』(酒井政人・著 平凡社新書)という本だ。『俺たちの……』と対をなすようなタイトルも興味深い。
著者はスポーツ・ジャーナリストだが、東京農業大学陸上部のOBで、実際に箱根駅伝を走ったキャリアの持ち主。このイベントの面白さと問題点は、誰よりもよく知っている。
この本を読むとよく分かるが、まさしく箱根駅伝は日本テレビにおいて「ドル箱」とされており、主催者である関東学連や出場校の監督には、かなり気を遣い、カネも使っているらしい。「らしい」というのは、関東学連は任意団体なので、収支報告などの義務を負っておらず、運営の不透明さが前々から指摘されている。
そもそも「箱根駅伝」という名称自体、読売新聞本社が権利を有する登録商標で、グッズなどが売れれば、ロイヤリティという形で利益が得られる。これは私自身、本書を通じて初めて得た知識だ。
ならば主催者や中継局は、そうした利得を1円たりとも選手に還元していないのか、との疑問がわくが、答えはイエスでもありノーでもある。
と言うのは、出場選手はあくまでアマチュア(=大学陸上部員)であるから、たとえ大会新記録とか区間賞といった結果を出しても、1円にもならない。しかしながら、関東学連の大学が、有望な高校生ランナーをさらえ込んでいるのも事実で、そうしたスポーツ特待生は入学金も授業料も免除されるばかりか、月額30万円もの「奨学金」が支払われる例さえもある、と本書は述べている。ちなみに2022年度の大卒初任給は全国男女平均で」22万8500円だ。
さらに言えば、これまた本連載で少しだけ触れたことがある、このところ日本のマラソン選手が、オリンピックのメダルから遠ざかっている件について、
「大学陸上部が、駅伝の練習に特化していることも一因ではないか」
との見方が陸上界の一部にある。これについて池井戸氏は、くだんの小説の中で「根拠がない」と断じているが、この本を読むと、果たしてそう言い切れるのか、と思える。
というのは、箱根駅伝上位校の記録は、過去25年の間に1㎞あたり6~8秒も早くなっているのに対して、マラソンの日本記録は1㎞あたり2.8秒しか短縮されていない、というデータが示されていたからだ。
もちろんこの本を読んだからと言って、箱根駅伝を応援するのをやめよう、という気になる人はまずいないと思われるし、なによりも元選手である著者が、そのようなことは望んでなどいないだろう。
しかし、だからと言って、本書が明かしたような問題点は看過されるべきではないと、私は考える。そのための知識を得るのに最適なおススメ本だということだ。
もうひとつ、正月明けからの話ということになるが、新しい大河ドラマが始まる。かつては『忠臣蔵』が放送されると、今年も終わりだと思い、大河ドラマが始まると、新しい年が始まった実感を得られたものであったが、その話はさておき。
2024年は『光る君へ』。吉高由里子が主人公・紫式部を演じる。
考えてみれば、これまで源平合戦は幾度も題材になってきているが、平安時代の貴族社会を描いたものは、あまり例がないように思う。
紫式部の代表作である『源氏物語』が世に出たのは1008年。平安時代の中期だが、かくも古くから女流文学者が名をなしていたというのは、実は驚くべき事なのである。
現代日本の読者には、こちらの方が驚きかも知れないが、英国では19世紀になっても、女性の著述活動など社会的に認知されていなかった。
今ではかの国を代表する女流作家とされているブロンテ姉妹でさえ、たとえば長女シャーロットは『ジェーン・エア』をカラー・ベル、次女エミリーは『嵐が丘』をエリス・ベルというように、男性名のペンネームで発表しなければならなかったのである。
話を戻して、ドラマの出来映えは放送が始まらなければなんとも言えないが、吉高由里子の芝居には定評があり、実際、NHK朝ドラの『花子とアン』、フジの月9『ガリレオ(第2シリーズ)』はとても面白かったので、期待はできる。
いずれにせよ、ドラマの放送開始前に、紫式部や『源氏物語』についての知識を仕込んでおくことは、決して無駄ではないだろう。
とは言え、時代背景からきちんと学んで行こうとすると、膨大な文献に取っ組まねばならないし、そもそも『源氏物語』は全54帖という大長編だ。
『図解でスッと頭に入る紫式部と源氏物語』(竹内正彦・監修 昭文社)などは、いかがだろうか。漫画で読むなんちゃらと違って、しっかりした解説文があるし、相関図なども分かりやすい。タイトルに偽りなし、と言える。
『源氏物語』については、よく知られる通り明治大正の世から、多くの作家が現代語訳に挑んできた。与謝野晶子と谷崎潤一郎のものが特に有名で、私も谷崎訳は読破している。
ただし、一人の作家の手になるものは、どうしても「訳者」たる書き手の個性が表面出でるきらいがある。
いっそのこと、角川ソフィア文庫の『源氏物語 付・現代語訳』などはいかがだろうか。これならば、原文に親しむことができる。訳文はあくまで注釈のようなものと思えばよい。
いずれにせよ、冬休みにドラマや読書を楽しめるのも、平和であればこそ、だ。
ウクライナやパレスチナの人々にも、一日も早く平和な日々が戻りますように。
読者の皆様も、よいお年をお迎えください。
トップ写真:箱根駅伝 (2012年1月3日)出典:Sports Nippon / GettyIMages
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。