「イスラエル・ロビー」とはなにか その2 ロビーには厳しい規制も
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・ロビイングは単なる陳情の域を越えて、議会の投票決定への政治介入を試みることになる。
・アメリカのロビーは外国の人間や団体、政府までにドアが開かれている。
・イスラエル・ロビーもロビイング規制法と外国代理人登録法の2つの法の枠内で活動してきた。
アメリカの国政で中東へのアメリカの政策をイスラエルに有利にしておくことを主唱する有力な存在としての「イスラエル・ロビー」にさらに光を当てていく。繰り返し述べるように、アメリカの政府や議会のイスラエル支援の政策はイスラエル・ロビーの活動だけの結果ではない。アメリカの国民一般、議会の多数派、そして歴代政権自体が国家としてのアメリカはイスラエルをあくまで支援すべきだとする強く深い意思を保ってきたのだ。イスラエル・ロビーはその広範な支持勢力の代表例なのである。
さてこのイスラエル・ロビーは具体的にどのように政府や議会への活動を展開していくのか。そこには長い歴史がある。その歴史の多くの部分はアメリカ全体の政策をイスラエルにとって有利にしておくという点で成功事例が多いといえる。
だがこのイスラエル・ロビーの実際の行動を紹介する前に、アメリカにおけるロビー活動の基本について、重要な追加の説明が必要である。それは一見、自由奔放にもみえるアメリカでのロビー活動、つまりロビイングに対しても法律上のかなり厳しい規制が存在することである。
アメリカでのロビイングに対しては連邦レベル、つまり国政の最高レベルでの活動に関しては少なくとも2つの規制の法律がある。
その第一はロビイング規制法である。
この法律は各種のロビイストのなかでも連邦議会への直接の働きかけをする人間だけを対象としている。この法律の定義によると、ロビイストとは以下の意味となる。
「他の人々、あるいは団体を代表して通常、報酬を得て議員との直接の接触により議会に影響を与えようとする人間」
この定義が法的な狭義のロビイストなのだ。とくに「報酬を得て」という部分が職業的なロビイストの特徴を明確にしている。議員たちと直接に顔をあわせ、さまざまな方法でメッセージを伝え、働きかける。通常は議会が審議や採択する法案の内容に関して、要望をぶつけることとなる。その手法は単なる陳情の域を越えて、議会の投票決定への政治介入を試みることになる。
イスラエル・ロビーであれば、当然ながらイスラエルにとって有利な法案を支援し、不利な法案を阻止しようとする。
こうした法的条件に当てはまるロビー活動家は明確にロビイストとして連邦議会上下両院の事務局長あてに届け出ねばならない。ロビイング規制法により義務づけられるこの届け出は1年に4回、それぞれ以下の項目を書類で報告する必要がある。
- 代表する団体あるいは個人の名前
- ロビイングをすることへの報酬額とその詳細
- 実際のロビー活動の内容と支出の内訳
以上のようなロビイング規制法に基づく連邦議会への正式の届け出のあるロビイストはいつも3000から6,7000人とされる。その届け出のあった人たちは本格的な職業ロビイストだといえよう。それら個々人の特徴は代表する母体の性格により異なるが、連邦議会の議員経験者や政府の元高官という政治の経歴や影響力を持つ人物たちが多い。イスラエル・ロビーの場合はユダヤ人国家であるイスラエルの運命に連帯感を抱くユダヤ系人物が多いのは当然である。
こうしたロビイング規制法に基づく本格ロビイストは2023年10月の時点で上下両院合わせての届け出では合計7111人だった。それらのロビイストが代表する組織、団体の総数は5666だった。
アメリカの国政でのロビー活動にはもうひとつ、大きな法的な規制がある。
それは第二のロビイングへの法的規制としての「外国代理人登録法」である。アメリカのロビイングの特色としては、その活動に外国人、外国団体が参加できることだ。アメリカ在住の外国人が直接に連邦議員に接触してのロビー活動を展開することもできる。外国政府が自国に有利な法律をアメリカ議会で成立させようと意図して、プロのロビイストを雇うこともできる。アメリカのロビーは外国の人間や団体、政府までにドアが開かれているのだ。ただしその外国ロビイストには別個の規則が適用される。それが「外国代理人登録法」なのだ。
アメリカ国内で外国の団体、あるいは個人の利害のために働く人で、議会対策など一定の政治や広報の業務にかかわる人は「外国代理人」としてアメリカ司法省に登録しなければならない。
たとえばイスラエル政府のために対米議会工作をするロビイストはまず外国代理人として届け出ねばならない。司法省へのこの報告は1年に2回、依頼主との契約内容、依頼された仕事の目的、報酬、支出などを細かく届け出なければならないのだ。
だからイスラエル・ロビーのようにイスラエル政府という外国の政府のためにアメリカ議会へのロビー工作を実施する人間はたとえアメリカ人でもまず外国代理人登録法に従っての登録をして、そのうえで前述のロビイング規制法に従っての報告を義務づけられる、というわけだ。
ただしアメリカ国内で外国人が外交活動や商業活動、学術研究、報道、芸術、慈善活動などにかかわる場合はこの外国代理人登録法の適用対象にはならない。しかしアメリカ議会への影響力を行使するロビイングは特別の扱いなのである。
だからイスラエル・ロビーもこのロビイング規制法と外国代理人登録法の2つの法の枠内で長年、活動してきたのだ。ただしこの2つの法律はその規定に曖昧な部分も多く、徹底して適用されない事例も多かった。しかも違反した場合の罰則もきわめて軽く、ザル法とみられてきたという歴史もある。それでもなおいざいう場合には法律の規制どおりに適用され、処罰の対象となることもある点で、その存在は軽視はできないといえる。
(その3につづく。その1)
トップ写真:マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長が、アメリカ・イスラエル広報委員会(AIPAC)政策会議で講演 2020年3月2日ワシントンDC
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。