男子にもHPVワクチン接種広がる
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・HPVワクチンの男子への接種支援が東京都内で広がっている。
・世界では、男女ともにワクチンを接種して子宮頸がんの撲滅に向かっている国もある。
・正しい情報を収集し、自分と自分の大切な人の命を守ることがなにより重要。
ようやくここまで来たか・・・。今月頭、以下の記事を読んで感慨深かった。
「HPVワクチンを男子にも 東京都内自治体で補助拡充」(日本経済新聞 2024年3月6日朝刊)
■ なぜ男子にHPVワクチン?
HPV、すなわち、ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus)は子宮頸がんの原因となる。そのワクチンの男子への接種支援が東京都内で広がっている、という記事だった。
東京都中野区が2023年8月から、男子に対するHPV任意予防接種費用助成の実施を開始した。今年度からは新たに都内の14区が開始する予定だ。
子宮頸がんは、毎年約10000人が罹患し、約3000人が死亡している。(参考:国立研究開発法人国立がん研究センター「がん情報サービス」子宮頸部)近年特に20代など若年層に多く、「マザーキラー」とも呼ばれる。
なぜ男子にワクチンを?と思う人がいるかも知れないが、感染経路を考えてみるとよい。HPVは性交渉時だけではなく、ペッティングなどで伝播する。男女双方にワクチンを打つことが、感染予防の観点から有効であることはいうまでもない。
性体験を始める直前、直後にワクチンを打つことが予防に効果があるため、その世代へのワクチン接種が各国で行われている。
すでにオーストラリア、アメリカ、イギリス、カナダなど多くの国が、女子だけではなく男子へのHPVワクチン接種を行っている。
■ HPVは男性のがんの原因にも
そして、HPVは男性のがんの原因にもなっていることはあまり知られていない。陰茎がんや肛門がんなどがそうだ。
また、男性に急増している中咽頭がんの多くも、オーラルセックスなどによるHPVの感染によるものだと見られている。(参考:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「HPV関連中咽頭がん 世界で急増中!ワクチン接種が“予防の要”」、アメリカ疾病予防管理センター:CDC「HPVと中咽頭がん」)
中咽頭とは、「咽頭の中間部分で、軟口蓋(口の上部の奥にある柔らかい部分)、口の奥の突き当たりの壁、口蓋扁桃、舌根(舌の付け根部分)が含まれる。
▲図 中咽頭の位置 出典:国立研究開発法人国立がん研究センター「がん情報サービス 中咽頭がんについて」
またがんではないが、尖圭コンジローマという性器にできるイボもHPVが原因とされる。
■ HPVワクチンを巡る我が国の混乱
HPVワクチンは、日本では2010年11月に、中学1年から高校1年の女子を対象に公費接種が始まった。2013年4月に小学6年から高校1年の女子を対象に定期接種化された。
しかし、接種後に体の痛みや歩行障害などを訴えるケースが大々的に報道され、多くの人がHPVワクチン接種に不安を抱くようになった。その結果、定期接種開始から2カ月後の2013年6月、厚生労働省は積極的な接種勧奨の一時差し控えを決めた。公費助成は継続されたが、政府がワクチンの接種を勧めないのだから、接種率が下がるのは当然である。80%近くあった接種率はほぼ0%になってしまった。
▲図 1回目のHPVワクチンを接種済みの者の割合 出典:厚生労働省「第47回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 資料1 2022(令和4)年1月27日」)
接種率が70%以上に達し、子宮頸がんを撲滅しようとしている国があるなかで、こうした状態を何年も続けていた日本は「国をあげて人体実験をしている」かのようだ、と評されたこともあった。知人のカナダ人に聞いたら、高校生くらいまで子宮頸がんとワクチンについては、学校で学ぶという。日本との差に驚いた。
WHO(世界保健機関)のワクチン安全性諮問委員会は2015年に、日本のHPV対応に言及、「(日本の)若い女性達は(ワクチ ン接種によって)予防しうる HPV 関連のがんに対して無防備になっている」と警鐘を鳴らした。
そうしたなか、2015年、名古屋市は市内の小学校6年生から高校3年生までの女子約7万人に対して疫学調査を実施した。この調査を監修した名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授の鈴木貞夫教授らは、約3万人のデータを解析した結果、24項目にわたる症状はワクチンを接種した人と接種していない人で有意差は見られなかったと結論付けた。(参考:No association between HPV vaccine and reported post-vaccination symptoms in Japanese young women: Results of the Nagoya study(HPVワクチンと日本人の若い女性で報告されたワクチン接種後の症状との間に関連性はない:名古屋スタディの結果)
この「名古屋スタディ」と呼ばれる調査は、当時大きな反響を呼んだ。しかし、大手メディアはこの調査結果を大きく取り上げなかった。(参考:名古屋市「子宮頸がん予防接種調査の結果を報告します」)
それに遡ること6年前。私がフジテレビ報道局にいたころ、解説キャスターとして出演していたBSフジ「プライムニュース」という報道番組で、HPVワクチンの問題を取り上げた。2009年12月のことだった。番組編集会議では、「なんのこと?」といった雰囲気だった。私の身の回りに子宮頸がんの前がん状態である異形成と診断された人がいたことから関心を持ち続けていたのだ。
「日本の予防医療の現状〜防げるがん・子宮頸がんを考える〜」と題し、女優の仁科亜希子さんと、自治医科大学附属さいたま医療センター産婦人科教授今野良氏、医師で参議院議員(当時)の桜井充氏(2010年に財務副大臣に就任)を招いて議論した。仁科さんは1991年、38歳の時に子宮頸がんに罹患した。放送日は、ちょうどワクチンが認可される直前であり、仁科さんの話を聞くことが重要だと思って出演をお願いした。放送から約1年後に公費負担が決まり、喜んだのもつかの間、先に述べたように厚労省が積極勧奨を中止してしまい、暗澹たる気持ちになったものだ。そしてその状態が8年も続くことになる。
■ 「キャッチアップ接種」始まる
そうしたなか、朗報が飛び込んできた。
その間、HPVワクチンを接種しなかった女性を対象に、2022年4月から2025年3月末までの3年間、公費でワクチン接種を受けられる「キャッチアップ接種」が行われることになったのだ。
厚労省は、「HPVワクチンの積極的な勧奨の差し 控えにより接種機会を逃した方に対して公平な接種機会を確保する観点から、時限的に、従来の定期接種の対象年齢を超えて接種を行う」としている。
対象は、平成9年度生まれ〜平成18年度生まれ:誕生日が1997年4月2日~2007年4月1日の女性の9学年。令和6年(2024年度)で、19才から27才の人が対象になる。下の図を見ればわかるように、キャッチアップ接種の期間中に、例えば「知らなかった」などの理由で新たに定期接種の対象から外れた人も、順次キャッチアップ接種の対象とすることになっている。そういうわけで、令和6年(2024年度)に17才(2007年生まれ)と18才(2006年生まれ)になる人が追加されている。
▲図 HPVワクチンのキャッチアップ接種の基本的考え方 出典:厚生労働省「第47回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 資料1 2022(令和4)年1月27日」)
この公費による助成は、令和6年度末(令和7年3月31日)をもって終了する。HPVワクチンは、半年の間に3回の接種が必要だ。来年3月末までに3回接種を終えるためには、1回目の接種を今年9月までに終えておく必要があるので要注意だ。(参考:厚生労働省「ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~」)
これまで、「2価ワクチン(サーバリックスⓇ)」、「4価ワクチン(ガーダシルⓇ)」が公費による接種の対象だったが、2023年4月から「9価ワクチン シルガードⓇ9」も追加された。9つのHPVウイルスのタイプ(型)に対応するもので、子宮頸がんの原因となるHPVの80%から90%を防ぐことができるという。(参考:政府広報「子宮頸がんの予防効果が高い9価HPVワクチンが公費で接種可能に」)
ちょうどうちの会社のインターン学生がこの年代になる。この間一人の学生(2年生)に聞いてみたら、親と話してすでに3回接種した、と言っていた。一方で、キャッチアップ制度について全く知らない生徒もいる。先に述べた男子も自治体によっては公費で接種できることなど、知らない人の方が多いのではないか。
■ 予防接種による健康被害救済について
HPVワクチン接種後に、健康に異常が発生したとき、どうすべきかについても知っておきたい。
厚労省は、まずは接種を受けた医師・かかりつけの医師に相談することを推奨している。
各都道府県において、衛生部局と教育部局の1か所ずつ「ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に症状が生じた方に対する相談窓口」が設置されているほか、「ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に生じた症状の診療に係る協力医療機関」を選定している。
また、予防接種による健康被害救済に関する相談については、こちら(厚生労働省「予防接種健康被害救済制度について」)を参照してもらいたい。
予防接種健康被害救済制度とは、予防接種法に基づく予防接種を受けた方に健康被害が生じた場合、その健康被害が接種を受けたことによるものであると厚生労働大臣が認定したときは、市町村により給付が行われるものだ。上に述べた情報などを参照にしてもらいたい。
■ 最後に
インフルエンザワクチンはもとより、コロナワクチンも打たない主義の人が筆者の周りにも少なからずいる。陰謀論は論外だが、インフルなどは「これまでかかったことがない」ことを理由に挙げる人が結構いることに驚く。
コロナワクチンは打っても、HPVワクチンを子供に接種させるのをためらう理由はなんだろうか?
がんの治療法やワクチンについては、色々な情報がネット上に溢れている。そうした情報の中には信頼性が低いものも混じっているから要注意だ。
大切なのは、自分と自分にとってかけがえのない人の命を守ること。人の意見に左右されるのでは無く、パートナーや家族とよく話し合い、専門家に相談したりして、最終的に本人が決めればよい。
最後にメディアの責任にも触れたい。先にも述べたように、「名古屋スタディ」を巡る議論や、「厚労省によるワクチン積極勧奨の一時差し控え」の問題など、大手メディアが積極的に報道してきたとは言いがたい。
2013年以降、HPVワクチンの問題に触れるのは面倒だ、という空気がメディアの中に蔓延していたことはたしかだ。自由に筆が振るえない、と大手新聞社を離れ、独立した医療専門ジャーナリストを知っている。そういうことがあってはならないと考える。昨今、大手メディアを見る社会の目は厳しさを増している。読者、視聴者に、自分たちが取材した情報を的確に伝える。報道の原点に立ち返る時だと思う。
トップ写真:イメージ(本文と関係ありません)出典:Joe Raedle/Getty Images