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.国際  投稿日:2024/3/29

ODA70周年を機に対中供与の大失態の反省を その4 日本の援助が軍事インフラ建設に


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・日本のODAで建てられたインフラ施設が中国軍の軍事能力の強化に間接に寄与した。

・中国の高速道路はすべて経済と軍事の両方の機能を有し、国防交通輸送体系に組みこまれている。

・日本の対中政策の大失態、日本の安全保障面での国益の重大な侵害であった。

 

では日本の対中ODAが中国軍の軍事能力の強化に寄与した第二のパターンを説明しよう。日本のODAで建てられたインフラ施設が中国軍の軍事能力の強化に間接に寄与したことである。

私自身が北京で暮らしていて、インフラ施設の軍事目的への目にみえる寄与は1999年10月1日の中華人民共和国建国50周年の大式典でもよくわかった。私の住まいは大式典の中心の天安門広場に通じる主要街路がよくみおろせる高層マンションだった。

だから式典前の軍事パレードのリハーサルを何度もみおろすことができた。このパレードでは人民解放軍が内外に誇る長距離弾道ミサイルの東風31号や中距離弾道ミサイルの東風21号など核戦力の主力兵器がつぎつぎにおめみえした。

それらの巨大な兵器はみな大型トレーラーに搭載されていた。すごく長大な兵器類だかそれを乗せたトレーラーもこれまた当然ながら超大だった。一般の道路をふつうには決して通れない大きさと長さだった。それらはみな自動車専用の高速道路を使って北京市内に出入りしたことが多数の目撃者から報告された。高速道路の軍事的な価値の証明だった。

この高速道路の建設に貢献したのが日本のODAだったのだ。中国自前の資金や技術だけではこの種の高速道路は建設できないとされていた。

それまでの20年ほどで約3兆円に達した日本の中国へのODAでは総額の大部分が注がれたインフラ建設のうち高速道路も橋、鉄道、空港などと並んで主対象となっていた。 

日本政府は具体的には中国側の国家高速道路整備計画に全面協力する形で2000年度分までを含めて海南省の250キロ、浙江省の230キロ、重慶市の70キロ、貴州省の260キロなど合計9件延べ1200キロの高速道路建設に総額2000億円近くのODAを供与した。

日本政府はさらに輸銀を通じての「資源ローン」による中国への公的資金供与でも3件の高速道路建設に総額約500億円を提供してきた。だから日本は中国建国50周年の時点までに中国の高速道路建設に2500億円を提供し、延べ2000キロ12本を開通させていたわけである。

高速道路が軍事貢献といわれても日本側としては心外だっただろう。高速道路の本来の目的は社会全体への寄与であり、人間や物資のより効率的な移動を通じての貴重な経済効果をもたらすはずだからである。

だが高速道路の軍事的効用を中国側が喜々として宣伝したのだった。

1999年はじめに人民解放軍系の官営新聞「中国国防報」に「高速道路も国防の実力」と題する長文の記事が載った。人民解放軍南京軍区の首脳による論文だった。

同論文には「江蘇省の高速道路は重大な軍事利益を生んだ」という見出しもついていた。

内容は南京軍区の首脳が江蘇省内外で完成した南京・上海間や江都・広陵間の高速道路をみて「戦争が起きたら、どれほど大きな役割を果たせることかと感嘆した」という書き出しで高速道路の軍事効用を詳述していた。

同論文は南京軍区の兵団長が「200キロ離れた地点に大規模な軍隊を3時間で配置することはかつては夢だったが、いまは高速道路により可能になった」と感慨を述べたとも強調していた。

そのうえで同論文は中国の高速道路はすべて経済と軍事の両方の機能を有し、国防交通輸送体系に組みこまれているとも指摘していた。南京・上海高速道路も平時、戦時の両方の使用を予測して、以下の諸点が考慮されたという。

①軍事基地や軍用空港との連結

②道路や橋の砲弾、ミサイル被弾の際の強度

③平常の交通管制から臨戦態勢での軍事交通管理への即時切り替え

④道路の中央分離区分を即時、撤去しての爆撃機などの滑走路への転用

⑤沿道の6駐車場の即時の軍用ヘリ昇降場への転用

この記事はさらに「国際的には国民一人当たりの平均所得が年間1000ドル以下の国の国力では高速道路は建設できないとされているが、中国では高速道路の発展の速度はすばらしい」とも論評していた。そして中国の国民一人当たりのGNP(国民総生産)が年間700ドル程度なのに日本からの援助などにより高速道路を例外的に発展させてきた実績を称賛していた。

同記事は結びに人民解放軍南京軍区の謝海坤軍事交通部長の「平時、戦時を問わず軍隊が使える高速道路は貴重であり、軍人も高速道路の発展に尽くすべきだ」という言葉を紹介していた。

中国国防報の同記事はまさに戦争遂行能力の向上には日本の援助の主対象のインフラ建設、とくに高速道路の建設が不可欠なのだと強調していた。

これまで述べてきたように、日本の対中ODAの大部分は鉄道、高速道路、空港、港湾、通信網などのインフラ建設に投入された。中国全土の電化鉄道の40%、港湾施設の15%が日本のODA資金で建設されたというのだ。

その結果、中国の軍事能力の増強にも貢献することとなってしまった。もちろん日本側の意図に反してだった。

だがインフラ建設が軍事的な価値をも発揮しうることは事前に簡単にわかったはずである。途中でもわかったはずだ。40年間も継続された日本の対中ODAなのである。

他の先進諸国がこの種のインフラ建設にはまったく援助を出していないことを考えると、驚嘆すべき中国側への貢献だった。いや日本の対中政策の大失態、日本の安全保障面での国益の重大な侵害でもあった。

貴州省の例のように、中国でのこの種のインフラづくりはいくら表面で対象をしぼっても軍事的寄与は避けられないといえよう。人民解放軍数百万の軍事ネットワークが全土に網の目のように広がっているからだ。中国のこの軍事の現実をみなかった、あるいはみていても知らないふりをした日本側の対中援助の責任者たちの非はいまからでも問われるべきであろう。

上川陽子外務大臣、これでも日本のODA政策は成功だったと明言するのか。

▲写真 「ODA幻想 対中国政策の大失態」著:古森義久(海竜社)出典:amazon

(その5につづく。その1その2その3

トップ写真:第二次世界大戦終戦70周年を記念する式典で弾道ミサイルを運ぶ軍用トラック(2015年9月3日中国・北京)出典:Photo by Andy Wong – Pool /Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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