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.国際  投稿日:2022/10/11

日本が育てた覇権国家中国 日中国交50年の反省 最終回


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・日本のODAの一部は直接に中国の軍事力強化に投入されていた。台湾の李登輝総統は、中国軍の台湾攻撃能力を増強させたと指摘した。

・日本政府は「ODA大綱」の指針に反し、史上稀なほどの軍事力増強の道を疾走する中国に対し、日本国民の血税からのODAを与え続けた。

・日本の対中ODAは、覇権志向のモンスター出現に寄与し、まさに自らが襲われ、固有の領土を奪われそうになる倒錯の現象を生んだ。

 

前回まで日本のODA(政府開発援助)が中国の軍事力の増強に寄与したことを伝えてきた。その寄与のプロセスには二つの種類があったことを報告した。今回はその第三について伝えて、日本の対中ODA政策の失敗についての総括としたい。

さて第三には日本のODAの一部は直接に中国側の軍事力強化に投入されていた。

日本のODA30億円で蘭州からチベットのラサまで建設された3000キロの光ファイバーケーブルの敷設はすべて人民解放軍部隊によって実施され、その後の利用も軍優先だったのである。

中国西南部の貴州省への日本のODA投入も直接の軍事支援に近かった。この貴州省は毛沢東時代から軍事産業の重要地域として有名だった。日本政府はその貴州省にODA資金約700億円を供与してきた。鉄道、道路、電話網など、ほとんどがインフラ建設だった。

だがこの地域には戦闘機製造工場はじめ軍用電子機器工場群や兵器資材を生産するアルミニウム工場や製鉄所が存在してきた。その軍事産業インフラへの日本の資金投入は当然、中国側からすればほぼ直接の軍事的寄与だった。

日本のODAが中国軍の台湾攻撃能力を増強させたという指摘もあった。なんとその指摘は私自身が台湾の李登輝総統から直接に告げられたのだった。1997年12月、私は当時の台湾の総統だった李登輝氏から声をかけられ、ワシントンから台北に飛んで、長時間のインタビューを果たす機会を得た。その際に李登輝氏は以下のようなことを警告とも要請とも、あるいは懇請とも呼べるような語調で告げたのだった。

《日本政府が中国に援助をすることはわかるが,福建省の鉄道建設強化へのODA供与だけはやめてほしい。福建省の鉄道網強化はミサイルや部隊の移動を円滑にして、台湾への攻撃能力を高めるからだ》

▲写真 台湾の李登輝元総統(2007年) 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images

この言葉の背景には当時も現在も中国軍が台湾に近い福建省内に部隊とミサイル群を集中的に配備してきた経緯があった。明らかにいざという際の台湾攻撃のための大規模な配備である。そうした軍事態勢では兵器や軍隊を敏速に動かす鉄道は不可欠である。軍事態勢の一部だといえるだろう。日本政府は1993年にその福建省の鉄道建設に67億円の援助を出していたのだった。

日本政府は本来、この種の軍事寄与につながるODAは出してはならなかったのである。日本政府自身がODA供与の指針とした「ODA大綱」は日本のODAの「軍事用途への回避」を明記していたからだ。とくに相手国の「軍事支出、大量破壊兵器、ミサイルの動向に注意」することを義務づけていた。だが日本政府、より具体的には外務省主導による対中ODAはこのあたりの規定にすべて違反していたのである。

この「大綱」の規定に従えば、日本政府は軍事費の支出が異様に多い国、軍国主義志向の国、大量破壊兵器やミサイルを大量に保有し配備する国には、本来、ODAを提供してはならないはずだった。だが史上稀なほど大規模で長期的な軍事力増強の道を疾走する中国に日本政府は日本国民の血税からのODAを与え続けたのである。

そしてその結果、強大となった中国の軍事力によって日本が脅威を受け、日本固有の領土の尖閣諸島などを奪われそうになる。まさに自分がつくり出したモンスターによって自分が襲われるという倒錯の現象を生んだといえるのだ。

ここで私はやや陳腐かもしれないが、どうしても「資本家は自分の首を絞めるロープまで売る」という共産主義の始祖レーニンの言葉を想起してしまう。目先の利益だけを追求する資本家ビジネスマンは、敵となる相手にやがては自分たちを傷つけ、殺すことにもなる武器までも売りつけるという意味の言葉だった。

日本が中国の強大化にせっせと励んできたのは、結局、日本の首を絞めるロープを与えたということに等しいのではないか。ただしレーニンの語る資本家は潜在敵にロープを「売る」のだからまだよい。日本の場合は、中国にロープを「与えてきた」のである。

その中国がいまや国際規範に背を向けて覇権を広げ、日本の領土をも脅かす異形の強大国家となったのだ。日本の対中ODAはそんな覇権志向強国の出現に寄与したのである。

これはまさに日本の外交政策の大失態である。日中国交樹立50周年に当たる2022年を機に、反省、自省が欠かせないと思う次第である。

(全5回終わり。その1その2その3その4

トップ写真:天安門広場での中国軍の軍事パレード。弾道ミサイルも展示された。(2015年9月3日) 出典:Photo by Andy Wong – Pool /Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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