北朝鮮「終わりの始まり」か(下)【2025年を占う!】朝鮮半島情勢
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻に派兵する一方、兵士や軍需物資が「消耗品」として扱われ、国内外で不満が高まっている。
・軍事技術供与や経済的見返りはあるものの、兵士や家族の怨念、そして高級軍人の不満が金王朝への反感を生む可能性がある。
・2025年に体制崩壊の可能性は低いものの、独裁政権の終焉に向けた兆候が着実に現れている。
前回の冒頭でも述べたことだが、2025年が北朝鮮にとって「終わりの始まり」になるのではないかと私が考えざるを得ない第二の根拠は、ロシアによるウクライナ侵攻に北朝鮮が加担し、ついには派兵に踏み切ったことである。
時空列を少しだけ振り返ると、ウクライナでの戦役が泥沼化していることがいよいよ明らかになった23年9月、プーチン大統領は金正恩総書記を極東ロシアに招き、会談した。
この会談において、北朝鮮が軍需品をロシアに融通し、見返りに食料援助などを受けるとの密約が交わされたことは、疑う余地がない。
事実、この年の暮れには、北朝鮮からは砲弾、ロシアからは小麦が互いに供与されたのだが、本連載でも述べた通り、砲弾は信管がまともに作動しない(つまりほぼ確実に不発となる)欠陥品ばかりで、一方、小麦は消費期限切れであったという、笑えないオチがついた。
これに懲りたというわけでもないだろうが、2024年9月に、今度は金総書記がプーチン大統領を招き、この時の会談では「包括的戦略パートナーシップ」が締結された。
これはれっきとした軍事同盟で、簡単に述べれば、どちらかが戦争を始めた場合は一緒に戦うという協定である。
今次の派兵もこの協定に基づいたものと見られているが、その前に北朝鮮からは、最新の自走対戦車ミサイルなどが供与された。この兵器によって、英国製AS90自走榴弾砲が破壊されたとの情報もある。
そして、10月上旬までには、1万人程度の北朝鮮兵がロシア領内に入ったと米韓の軍事情報筋などが明らかにした。
当初は、派兵されるのは「暴風軍団」と称される精鋭だとされていた。いざという時には軍事境界線を越えて韓国内に侵攻する尖兵となるべく編成された特殊部隊である。
ただ、彼らがウクライナでの戦役に投入されたからと言って。戦局を大きく変えるゲームチェンジャーにまでなり得るかは疑問であると、西側軍事筋では見ていた。
特殊部隊とは読んで字のごとく、特殊な状況、具体的には敵地に潜入しての破壊工作などでこそ、本領を発揮する。このため機動性に「能力全振り」しているきらいがあって、装備は軽歩兵と大差ないのだ。
現にソ連邦の時代から名をはせていたロシアのスペツナズでさえ、ウクライナの平原での正規軍戦に投入されたら、あえなく壊滅してしまった。
ところが、いざロシア領内に入った北朝鮮兵士たちの映像が流出すると、西側軍事筋を別の意味で驚かせた。
北朝鮮の精鋭部隊の訓練映像などは(もちろんプロパガンダとして)、しばしば公開されるが、誰も彼も筋骨隆々、目つきの鋭く、まさに「東洋のランボー」の名に恥じない連中である。念のため述べておくが、これは決して賞賛しているわけではない。
ところがロシア領内で目撃された北朝鮮兵は、いずれも痩せこけて強そうには見えない。ある脱北者も、メディアの取材に答えて、
「地方でよく見かける、普通の兵隊たちのように見える」
と証言した。
どうやら、精鋭とは名ばかりで(形の上では前述の暴風軍団に所属しているのかも知れないが)、普通の召集兵を駆り出したものらしい。彼らと家族にはまことに気の毒な表現であるが、砲弾と同様の「消耗品」として。
12月に入ると、いよいよ北朝鮮兵が戦闘に参加して多数が死傷した、との情報が漏れ伝わるようになる。
実はロシアは、北朝鮮から「援軍」が来ていることを公式に認めていない。これを明らかにすればNATOが黙っていないからで、投入されたと言われる戦場もウクライナ領内ではなく、目下ウクライナ軍による越境攻撃で一部を占領されているクルスク州などだ。
韓国情報筋によれば、彼ら北朝鮮兵士は、顔立ちがよく似ている沿海州の住民になりすますべく、偽の身分証を支給されたとのこと。また、ロシア政府から一人月額3000ドル(40万円強)の給与が支払われているが、金王朝に吸い上げられて、兵士の手にはほとんど、あるいはまったく残らないと言われる。
それでも、ロシアの召集兵がソーシャルメディアに対して語ったところによれば、
「新たな援軍(北朝鮮兵のこと)の兵舎には冷蔵庫も暖炉もベッドもあるが、我々は泥の上で寝るしかない」
という状況もあるらしい。
脱走する例も早い段階から報告されており、韓国では情報部員などをウクライナに派遣し、謀略放送まで行っていると聞く。これは、さすがに嘘か本当か知らないが、と明記しておくが、
「脱走し投降した者には、焼き肉とわかめスープとキムチを添えた米飯を提供する」
という内容で、これが実際に効果を上げているのだとか。
問題は北朝鮮側が受け取った見返りだが、これはどうやら、給与のピンハネにとどまらないらしい。余談だが、ピンとは1の符丁で、一割を中抜きするからピンハネと呼ぶ。全額持って行くのはなんと呼べばよいのだろうか。
話を戻して、ロシアから北朝鮮に対して Su(スホーイ)27,ミグ29が計100基肄城供与される見通しであると、またまた米韓の情報筋が明らかにした。北朝鮮の空軍は(陸海軍も同様だが)、数は多いものの骨董品揃いで、1950年代、60年代に実用化された戦闘機が、今も現役にとどまっている。
前述の、Su27やミグ29戦闘機は、これらに比べればはるかに新しいが、それでもロシアでは退役間近で、ウクライナにおける実戦にはほとんど投入されていない。
他にも核開発に関わる技術供与や、防空スシステムの近代化などが、ロシアからもたらされている。
私が気になるのは、北朝鮮の高級軍人たちが、部下の兵士たちを「消耗品」「ロシア兵の弾よけ」として用い、見返りに軍事技術の提供を得ていることを、どう受け取っているのか、という点だ。もちろん個人差はあるだろうが、兵士や家族の怨念を共有し、金王朝を敵視するようになる者が現れないとは言い切れまい。
さらに、米国のトランプ政権がいよいよ正式に発足して、公約通りロシア・ウクライナ双方に停戦を強く呼びかけたら、どうなるか。
具体的な条件にもよるが、ひとまず停戦となる可能性はまずまず高いので、その場合「包括的戦略パートナーシップ」など宙に浮いてしまう。これもこれで、北朝鮮人民軍の上層部にとっては、不満しか残らないという結果を招くのではあるまいか。
繰り返し述べるが、2025年のうちに北朝鮮の独裁体制が崩壊する蓋然性は、さほど高くはないと思われる。しかしながら、その萌芽はすでに見られるのだ。
トップ写真)ロシアの弾道ミサイルが市の中心部に着弾した後、犬と所持品を運ぶ民間人。(2024年12月20日 ウクライナ・キエフ)
出典)Vlada Liberova/Libkos/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。