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.社会  投稿日:2024/4/2

ボストン・ウェルネス通信 その6:閉経は、単なる健康的な加齢の一部


大西睦子(米国ボストン在住内科医師)

【まとめ】

・英、米、豪などでは、「閉経の瞬間」を迎えることに、よりオープンな議論が行われるようになった。

・既得権益を持つ営利企業や個人は、更年期障害を過剰に医療化している。

・閉経を健康的な加齢の一部とみなし、このライフステージを乗り切る女性の力をより高めることは、恐怖や怯えを減らせる。

 

3月8日は国連が定めた「国際女性デー、そして3月は女性史月間です。女性を祝福するため、米国各地でアートの展示会、ダンスパーティーやレストランとのコラボなどさまざまなイベントが開催されています。医学界では、世界五大医学雑誌の一つ「ランセット」が、国際女性デーに先立ち閉経(Menopause) 2024』を発表しました(1)。

ランセットで専門家らは、「閉経(更年期)を病気のように扱うことをやめる時期がきた」ことを主張し、「閉経は世界の半分の人たちにとって避けられない人生の一つの過程ですが、その経験は千差万別。閉経期を迎えてもほとんど症状のない女性もいれば、生活の質を損なうような重い症状が続く女性もいます。閉経を迎えるにあたり、多くの女性は支えがないと感じています」「社会が閉経をどのように捉え、加齢に伴う女性をサポートするかについて新たなアプローチを求めています」と呼びかけました。

私は、今年54歳になります。ひとりの女性、ひとりの医師として、自分の体の変化、そして社会の自分への対応の変化を実感しつつ、ランセットの報告に深く共感を覚えます。そこで今回は、世界トップの専門家の知見が集まるランセット報告をご紹介します。

●政治、企業、医学界、メデイアなど、閉経について見直し開始

多くの社会で、閉経の話題は長い間タブー視されてきました。ところが現在、英国、米国、オーストラリアなどの国々では、「閉経の瞬間」を迎えることに、政治、職場、メディアを問わず、よりオープンな議論が行われるようになりました(2)。

英国議会は過去数年間に、更年期の職場ついての公聴会を何度も開き、「より柔軟な勤務時間、温度管理、デリケートな会話の訓練などの政策」をさらに広めるよう求めています(3)。ニューヨークタイムズ紙は、この取り組みが米国にも上陸し、例えばニューヨーク市のエリック・アダムス市長が2023年初め、「この都市における更年期にまつわる偏見を改め」「政策や建物を改善することで、都市で働く人々により更年期に優しい職場を作る」と約束したことを報道しました(4)。

医学界では、例えば英国閉経学会、英国王立産婦人科学会、内分泌学会の共同声明では、「更年期を迎える女性が治療やケアについて十分な情報を得た上で意志決定できるよう、全体的かつ個別的なアプローチを適用する必要性を強調」しています(5)。

さて、ランセットは、「ほとんどの女性にとって、閉経は生物学的老化の一部として迎える人生の自然な段階です。そしてほとんどの女性は治療を必要とせずに閉経期を乗り越えます」と述べます。

閉経期ホルモン療法(MHT)は、更年期障害の血管運動症状(のぼせ、ほてり、発汗、冷えなどの症状)に対する最も効果的な治療ですが、リスクがないわけではありません。ランセットは、「しっかりした疫学的証拠によると、50歳から全身性の合剤MHTを服用している女性50人に1人、エストロゲンのみのMHTでは70人に1人の割合で乳がんが新たに発生する」と指摘します(6)。

そして以下のようにMHTの歴史を振り返ります。

●年配の女性は、単に若い女性のエストロゲン不足版ではない

20世紀初頭に、閉経は医学的にとらえられるようになり、女性のアイデンティティ(いわゆる女性らしさ)と心身の健康は、エストロゲンの過不足のバランスによって決まると考えられるようになりました。そして女性のさまざまな心身の不調は、ホルモンのアンバランスが原因であるとされました(そして今もそうである)。さらに、閉経後のエストロゲンを失うことは、個人的にも社会的にも有害であり、「アルコール中毒、薬物中毒、離婚、家庭崩壊といった計り知れない不幸」といった結果をもたらすと考えられていました。

そんな中、エストロゲン治療は、1900年代初頭の若返り運動やアンチエイジング運動の中で登場したのです。動物から抽出されたホルモンが、加齢による欠乏に対抗するために人間に注射されました。女性の場合、エストロゲンが、月経障害や生殖障害、妊娠合併症、精神病、うつ病などに広く処方されました。1940年代になると、妊娠中の雌馬の尿から抽出したHRT(現在では閉経期ホルモン療法(MHT)と呼ばれている)が、「不安定でエストロゲンが不足した閉経後の女性」のために広く推進されるようになったのです。

HRTは、更年期症状に対する初めての有効な治療法であり、多くの女性に直接利益をもたらし、若く閉経期をむかえた女性にとって長期的なメリットが期待できます。ただし『1975年のランセット』が予測したように、HRTは「大部分の女性を対象とした普遍的な治療という見込みは、製薬業界にとって明らかに恰好の商品である」ため、急速に普及しました。

1960年代半ばまでに、英国の50〜64歳の女性の約3分の1がHRTを服用するようになり、この層で最もよく処方される薬となったのです。一方、低・中所得国では、一般に閉経は自然な老化現象の一部と考えられており、月経が止まるなどの利点があるためHRTがもたらす恩恵は小さいとみなされました。 

ところが2002年、大規模な無作為化プラセボ対照試験が、『全身性の合剤MHTによる乳癌リスクが高まる』という所見により早期に中止され、さらにエストロゲンのみの MHTでは、最も重要な評価項目の「冠状動脈性心疾患における効果が不十分」であり、「脳卒中のリスクが増加」しました

そして、MHT 使用の減少に続いて、一部の国では乳がんの発生率が減少し、他の国では骨折のリスクが増加しました。

その後、ほとんどの国でMHTの利用率が以前のレベルに戻ることはありませんでしが、英国では、2020年から2022年にかけて、特に最も裕福な地域の女性において、MHTの使用が約60%増加しました。この使用増加の理由は不明ですが、更年期障害に対するメディアの注目が微妙に高まったことを反映しているのかもしれません(7)。

ランセットに専門家からは、以下のように警告します。

既得権益を持つ営利企業や個人は、更年期障害を過剰に医療化しています。この自然な移行期間を、不足しているホルモンを補充することによってのみ緩和できるエストロゲン欠乏症の病気であるという枠組みは、閉経に対する否定的な態度を助長し、偏見を悪化させます。さらに、リスクを軽視しながら、女性が自分の体のコントロールを取り戻す力を与える方法としてMHTの利用を位置づける営利団体によるフェミニストの物語の流用は、更年期を病気と決めつけることをさらに助長します(8)。

ランセット共著者のメルボルン大学マーサ・ヒッキー教授はSTATニュースに、「私たちは子供にホルモン剤を与えようとは思いません。なぜなら、彼らは年をとるとそれらのホルモンを分泌するようになるから。ところがホルモン補充療法は、ホルモンレベルの変化が女性の人生の一部にすぎないと認めるのではなく、女性が若い頃に持っていたホルモンを女性に与えるものです」「年配の女性は、単に若い女性のエストロゲン不足版ではありません」と語ります(9)。

●過大評価された更年期のうつ病リスク

さて、更年期は精神的な苦痛を引き起こすという考えが広く信じられてきました。ところが、ランセット報告で、これまでに発表された、更年期の移行とうつ病の関連を調査した12件の研究のレビューによると、この通説は実証されていません。

12件の研究のうち2件が閉経に伴い抑うつ症状が増加すると報告していますが、3件ではそのような増加は認められず、残りの7件の結果はまちまちでした。そこでランセットに専門家らは、閉経移行期においてすべての女性で不安、双極性障害、精神病、自殺のリスクが増加するという確固とした証拠はないと結論づけました。

ただし、専門家らは、特定のグループ「過去にうつ病や抑うつ症状がある人、夜間のほてりによって睡眠がひどく妨げられた人、閉経前後にストレスの多い出来事を経験した人」は、閉経期にうつ病の症状を報告するリスクがより高いことを見出しました。

共著者でボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院精神科ハディーン・ジョフィ博士はニュースリリース(10)で、「更年期について、メディアは否定的なイメージをもっていますが、更年期以前のメンタルヘルスを調べずに、ライフステージや人生の軌跡ではなく、何が更年期と生物学的に関わっているのかを理解することはとても難しいです」「これまで一度も大うつ病にかかったことがなければ、更年期移行期に臨床的うつ病の初回症状が出る可能性は極めて低いでしょう」「臨床医は、うつ病が閉経と重なっていても無関係かもしれないので、それ以前に何があったかを考える必要があります」と語ります。

「更年期は4年から10年続くことがあり、47歳頃から始まる傾向がある」と研究者たちは背景について述べています。

●特別なケアが必要な女性もいる 

ランセットによると、自然閉経の平均年齢は、高所得国では51歳。また2014年の報告で、アジア、インド、ラテンアメリカ、中東にまたがる低・中所得国では閉経年齢が早いことが示されました(11)。

がんに罹患すると、早発(40歳未満)または早め(41~44歳)に閉経をむかえる可能性が高まります。がんを克服した女性患者を対象とした45の研究の2017年の分析結果では、閉経年齢の中央値は44歳でした。そして、閉経年齢が若いことが慢性疾患の危険因子となりうることを示すエビデンスが急増しています。

がんに罹患した後の閉経を診断することは難しい場合がありますが、多くの女性は化学療法終了後2年以内に月経が再開します。ただし、30ヵ月後に抗ミュラーホルモン(卵巣の予備に羽を評価)を検出できない場合、乳がんの化学療法後の閉経が予測され、卵巣放射線照射後は、ほぼ普遍的に閉経をむかえます。

世界では、約10%の女性が早発(40歳未満)または早め(41~44歳)を経験している。診断が遅れることも多く、苦痛や孤立感を経験する女性もいます。また、これらの女性は、心血管疾患や骨粗鬆症(骨がもろくなる)などのリスクが高いことを示唆する証拠もあります。MHTは、これらのリスクを軽減する可能性があります(12)。ただし、安全で効果的なケアへのアクセスの不足がよく問題になっています。

さて、共著者のメルボルン大学および王立女性病院のマーサ・ヒッキー教授は。キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のニュースに、次のように述べています:

更年期はいつまでも医学的な問題であり、体や心な健康の低下をもたらすものであるという誤解は、社会全体で改めるべきです。多くの女性が、更年期の間もその後も、仕事、家庭生活、そしてより広い社会に貢献し、やりがいのある人生を送っています。閉経を健康的な加齢の一部とみなすように物語を変えれば、このライフステージを乗り切る女性の力をより高めることができ、まだ経験したことのない人たちの恐怖や怯えを減らすことができるかもしれません(12)。

私自身、50代だからこそ、これまでの経験を生かして新たに挑戦したいことがあります。また、更年期の体重管理やライフスタイルの改善法について、医療従事者として、みなさんと共有したい知見がたくさんあります。次回の連載をどうぞご期待くださいませ。

(1)https://www.thelancet.com/series/menopause-2024

(2)https://www.unimelb.edu.au/newsroom/news/2024/march/societal-shift-necessary-to-support-women-through-menopause,-experts-say

(3)https://publications.parliament.uk/pa/cm5803/cmselect/cmwomeq/91/report.html

(4)https://www.nytimes.com/2023/05/22/nyregion/menopause-women-work.html

(5)https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(22)01099-6/fulltext

(6)https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)00462-8/fulltext

(7)https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)02799-X/fulltext

(8)https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)02799-X/fulltext#%20

(9)https://www.statnews.com/2024/03/05/lancet-menopause-symptoms-new-approach-menopause-medication/

(10)https://www.eurekalert.org/news-releases/1036445

(11)https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)02802-7/fulltext

(12)https://www.kcl.ac.uk/news/overmedicalisation-of-menopause

トップ写真:イメージ画像(本文とは関係ありません)出典:Kinga Krzeminska/Getty Images




この記事を書いた人
大西睦子米国ボストン在住内科医師

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。


東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年から2013年まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、医療ガバナンス研究所研究員。

大西睦子

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