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.社会  投稿日:2024/4/10

人生100年時代の目線 その3 介護保険への大企業の異業種参入


渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)

渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」

【まとめ】

・日本生命がニチイ介護事業をM&B(買収・合併)

・生損保など大企業からの異業種参入。

・介護保険の市場規模と周辺ビジネスの拡大。

 

■ 社会で守る介護

公的介護保険は2000年4月にスタートとした。介護保険がスタートする以前、今では受け入れられないが、「介護は家族の、それも嫁の仕事」言われていた。高齢化の急速な進展で社会問題化していた。

その後、要介護の利用者が急速に増え、制度・システムの内容や規模が膨れ、変遷を重ねた。高齢者の意識が変わり、現役世代の介護休職やヤングケアラーの問題も表面化してきた。サービスを提供する指定事業者による介護ビジネスの内容が巨大化しつつある。人生100年時代を迎え、社会で守る介護~介護保険スタート時の原点、志に立ち戻り、要介護者のニーズ・要望に沿ってシンプルに見直す必要性が今、求められているのではないだろうか。

介護が深刻な社会問題化することを早くから見通し、福岡県で24時間365日の専門職による介護事業を起業した故榎本健一さんは次のように言っていた。

老いは誰にも必ずやって来る。介護を社会で守る責任がある」。

榎本さんは、医療法人の病院職員をしていた。施設が老朽化していわゆる老人病院になっていた。長期入院患者は、家族が介護をできないために、退院して自宅に帰ることが出来ない。家族が介護できれば、入院医療の必要がない高齢患者が、意に反して送られてくることもない。在宅で専門職の介護を受けられれば、住み慣れた自宅で、家族とともに尊厳ある生活を終えられる。

医療現場の切実な思いで志を立て、訪問介護の事業所コムスン」を起業した。今ではめずらしくない24時間在宅介護の方式だが、当時としては先駆的な事業形態だった。

介護保険がスタートして、コムスンはビジネス経営者としての折口雅博さん(現経営コンサル)に引き継がれた。防衛大学校出身、日商岩井を経てバブル時代に湾岸でジュリアナ東京を創業して、ヒルズ族ともてはやされた。その後、全国で大々的にチェーン展開したが、公定価格で決まっている介護報酬の不適正請求などで経営が行き詰まり介護市場から退場した。榎本さんは、その後、また福岡でNPO法人を設立して在宅介護の現場に通じた介護専門職の育成に力を注いだが、志半ばで病に倒れた。

経営破綻したコムスンの訪問介護店舗や有料老人ホームなど事業規模を引き継いだのが医療保険請求委託事務からスタートしたニチイ学館で、介護事業の最大手となった。

 日本生命がコムスンを引き継いだニチイを買収

そのニチイ学館の介護事業部門、ニチイホールディングは、現在、日本生命に買収された。ニチイ創業者の寺田明彦さんは、介護保険の創設時に榎本さん、折口さんらとともに高齢社会における介護保険事業の重要性と、ビジネス化を先駆的に見通した起業家マインドのある経営者だった。

筆者は前職の厚生労働省担当の新聞記者時代に榎本さん、折口さん、寺田さんに直接インタビューしたことがある。3人は経営の手法や利益追求のノウハウなどは異なるが、時代の要請に応えて介護保険の重要性を認識し、ビジネスとしての先見性を見通して事業に取り組んでいた。

 在宅介護保険の民間参入

介護保険がスタートする以前に遡ってみると、介護福祉の分野はヘルパーを自宅などに派遣する訪問介護と、特別養護老人ホーム老人保健施設療養病床(現介護医療院)の3施設介護は自治体直営か、社会福祉協議会など社会福祉法人、医療法人など公益法人介護事業者に参入が限られていた。このためサービス提供事業者の数・供給量ともに圧倒的に不足していた。

介護保険法の施行で、株式会社、NPO法人、農協・生協はんど法人格のある民間事業者にも参入の道が開かれた。介護ビジネスが本格的に始まった。

全国展開するコムスンやニチイ学館などに加えて、当時は家族介護の経験がある主婦や、定年退職者のボランティアグループなどがNPO法人を設立して在宅の訪問介護を始める事業者が多かった。また株式会社も、起業して参入する起業家マインドのある小規模事業者が多い。

■ 大規模、効率重視の介護ビジネスモデル

近年、大企業が異業種参入して介護保険指定事業者になるケースが目立ち始めた。団塊世代が高齢化し、75歳以上の後期高齢者入りする2025年問題の時期と重なっている。要介護者が多くなっている。

生損保業界では、各種保険ビジネスの周辺事業と、介護ケアが重なる部分が多い。先に紹介した日本生命がニチイを、損保ジャパンなどの損保ホールディングのSONPOケアがワタミの介護部門、有料老人ホームのメッセージを買収して先行参入している。また東京海上日動、明治安田生命などのグループ会社が有料老人ホームに進出している。海外の投資ファンドも介護大手のツクイホールディングを買収した。この他にもベネッセや学研などが異業種参入している。

大企業は居住系有料老人ホームやケア付き高齢者住宅に進出

生・損保など大企業の異業種参入は、主に首都圏で介護保険適用有料老人ホームや近年、急速に増えているサービス付き高齢者住宅に力を入れている。地域密着型認知症対応型グループホームもある。介護保険法によると居住系の施設だが、施設介護には入らず、在宅介護に分類される。

このほか介護保険適用外の富裕層の元気高齢者などを対象に、首都圏郊外の観光・保養地などで温浴施設、プール、スポーツ・レジャー施設などを完備したいわゆる高級シニアマンションなどを建設している。

入居者に介護が必要になると、系列に近い外部の訪問介護事業者などと外部委託契約をして、介護サービスを導入するケースが多い。規模を大きくして介護保険と、さらにその周辺のビジネスを含めて効率的に利益を計上する大企業型のビジネスモデルが勢いを伸ばしている。いずれも巨額の資本投下が必要になる。その分、入居者も首都圏居住の比較的生活に余裕のある高齢者が多い。

ほかにもイオンリテールの通所介護(デイサービス)などや、コンビニのローソンがケアマネジャーによる介護の相談業務など本業と事業モデルをセットにして事業展開をしている。

介護保険事業に初期から参入した主婦グループを中心にしたボランティア的なNPO法人や小規模事業者は、現在も資本力が弱く、ホームヘルパーも高齢化、慢性的な人手不足で経営的に苦境にあるが、何とか地域で見知った要介護者・家族の要望に応えて、顔の見える訪問介護事業活動を続けている。現役世代の介護休職やヤングケアラーが仕事や学業を続ける助けにもなっている。

しかしヘルパーの人手不足や資金難で経営が行き詰まり、休・廃業や倒産、或いは異業種の大企業によるA&B(買収・合併)などが増えている。

■ 拡大し続ける介護市場の行方

介護保険の市場規模(下図、厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/)も拡大している。

▲図 介護保険にかかる給付費・事業費と保険料の推移 出典:厚労書「介護分野の最近の動向について

利用者は3.5倍。それに伴い給付・事業費は3.2兆円から10.8兆円なっている。

介護保険のサービスが受けられるのは、第一次被保険者65歳以上(40~64歳の第二次は特定疾患者のみ)の要介護認定を受けた者が要介護度によって、軽度の1から重度の5までのランクによって、定められた範囲内の負担限度額予算で、介護サービスが受けられる。スタート時から2.69倍、690万人に膨れ上がった。月額介護保険料は40歳以上(企業との折半)から強制徴収されて、65歳以上はスタート時の2倍、平均6000円を超えている。財政の半額を国と自治体の公費が負担している。

サービス提供事業者に支払われる介護報酬はサービスごとに公定価格が決まっている。医療保険と同じようなシステムだ。公平・公正なサービスが求められる。

過去、介護報酬の不正請求で退場を迫られた事業者も多い。

巨大企業の参入は、雇用の安定拡大や先端的テクノロジー導入も期待できる。グローバルに培った洗練された経営センスで、介護市場をリードできると期待される。使命感を持ってもいよう。しかし先行参入の損保企業が中古車販売大手との不適切な取引や、カルテルで保険料をつり上げていた業界の企業風土が報じられている。主婦ボランティアにルーツがある地域の訪問介護の団体は専門性と使命感、倫理観を持ち続ける非営利組織も多い。新たな地域包括ケアの重要プレイヤーとして次世代型介護ビジネスのモデルがどのような形で提示されるのだろうか。期待と一抹の不安が交錯する。

次回は「四半世紀を迎えた介護保険のこれから」をテーマに考えてみたい。

(つづく。その1その2

トップ写真:イメージ 出典:kazuma seki/GettyImages




この記事を書いた人
渋川智明東北公益文科大学名誉教授

東北公益文科大学名誉教授。


早稲田大学卒業後、1971年、毎日新聞入社。東京本社社会部編集委員(厚生労働担当)。2005年、東北公


益文科大学公益学部(山形県酒田市)教授・公益学部長、大学院(山形県鶴岡市)公益学研究科長。


 定年退職後、法政大学社会連帯大学院、目白大学生涯福祉大学院非常勤講師を経て現


在は専門学校・社会医学技術学院=東京都東小金井市=講師(非常勤・社会保障論)。


 著書「福祉NPO」(岩波新書)、「介護保険活用ガイド」(保健同人社)、「賢い


患者になろう」(実業之日本社)「ソーシャルビジネスで地方創生」(ぎょうせい)=


以上単著、「認知症対策の新常識」(日東書院・共著)等。

渋川智明

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