「マイナンバーカード・トラブル」④ 「持ち歩ける」電子カルテ
渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)
渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」
【まとめ】
・電子カルテ導入率は約50%。設備導入費用かかることが原因。
・超高齢化社会で電子カルテのデジタル化の重要性は増してくる。
・マイナ保険証で問われる実現・信頼への道のりにどのようにつなげて行くのか。
マイナンバーカード・トラブルで、政府は目の前のトラブル対応に追われているが、マイナ保険証による一体化で、「持ち歩ける」電子カルテの実現など医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の長期的視野に立った展望をもっと示す必要性を、このシリーズの前回までの投稿で指摘した。
来年秋にマイナ保険証の廃止期限を迎えるが、止まらないトラブルの続出と、カードの返納者まで出ている現状の中で、あえての有用論を引き続き、詳しく考えてみたい。
医療DXと、その中でも重要な「持ち歩ける」電子カルテについて、現在は医療機関ごとに、業者のシステム、使い方などが違えば、有効・迅速に膨大な医療・薬剤情報が共有できない現状を指摘した。
政府の推進本部(本部長・岸田首相)は情報言語・ツールが標準化され、患者の同意と医師との信頼関係(承諾など)の下に、マイナポータルを通じて個人の医療情報が開示できるシステムを目指すこと、と解釈している。
■電子カルテ(診療録)の標準化と共有の重要性
様々な医療情報の中でも特に重要なのは医師が患者を診療した時に患者の医療情報を記録するいわゆるカルテ(診療録)だろう。かつては医師が紙に手書きしたカルテなど、他者が読めないものもあるなどと指摘されたが、現在は紙カルテもふくめて改善され、5年以上の保存が義務付けられている。
第4次医療法改正で医療機関の広告制限が緩和され医師の略歴やカルテの開示が可能であることなどもHPなどで広告できるようになった。患者や家族が求めた時に法律上開示を義務付けるべきか、不正な利用や個人情報保護お観点から議論が続いている。こうした患者の主体性の尊重と医療の情報開示の歴史とを踏まえれば、医療機関ごとに標準化され、全国の医療機関で共有できる共通電子カルテの重要性や必要性が理解できるだろう。
現在では、患者が病院に行けば医師がパソコン画面の前で診療情報を伝えるのが普通の光景になっている。だが、システムを開発したメーカーごとにいくつもの種類に分かれている。タイプが異なると、オンラインでつながっていても、情報言語やデータをやりとりできない場合が多い。これを標準化して共通言語に共通化することがいま求められている。
■中小病院の電子カルテ導入率は50%
入院病床の多い総合病院や大学医学部付属病院など高度医療機関はほとんど電子カルテが導入されているが、大学の系列や医療法人の系列ごとにメーカーやシステムが導入されている。系列ごとだと、外部のIT企業などのクラウドやサーバーにアクセスできるが、違えばやり取りできない。近年の高齢化で、ますます重要視されている在宅医など中小の病院の場合、厚労省の調べでは、電子カルテの導入率は約50%。設備の導入費用がかかるのが主な原因だが、紙のカルテもまだあるという。
丁寧な問診や地域の生活情報などを反映させるアナログのカルテの良さもあるかも知れないが、これからの超高齢化社会で在宅医と介護保険施設との医療介護、重症化した場合の高度医療機関との連携などを考えると、電子カルテのデジタル化の重要性は増してくるだろう。IT業者などの外部のクラウドにデータを委託・集積して、訪問先の患者宅からアクセスして個人の医療情報を入手しながら診療する先駆的な在宅医も多い。
■政府のDX医療推進本部、電子カルテ標準化を工程化
そこで政府も医療DX推進本部を立ち上げ、遅くとも2030年までに全国の医療機関に電子カルテを普及させ、標準化してデータのやり取りを共通化する計画を工程化している。本部長は岸田首相である。
まず透析やアレルギー、救急時の医療情報などから徐々に共通化をして2030年までに全国の医療機関で傷病名、薬剤禁忌、検査情報など3文書6情報を共有化する工程化を計画している。
医療の専門家には釈迦に説法だが、厚労省医政局の担当者の説明、関連資料(厚労省HP)を総合して、私なりに患者の視点から解釈すると、持ち歩ける電子カルテのほかにも次のようなメリットがある。
医療過疎地でのオンライン診療、在宅医と介護施設の医療介護の連携、大学病院など高度医療機関との系列を超えた診療情報の共有やセカンドオピニオンも充実化する。
システムの構築は社会保険診療報酬支払基金が母体となる。基金は医療機関の診療請求書を審査し、過剰診療や医薬品の過剰投与や重複投与、不正請求などの審査を担当する。過剰診療の防止や薬剤投与の包括化が進む可能性もある。医療保険財政を高齢者の保険料や自己負担増に頼る政策を見直す改革になるかも知れない。楽観的に過ぎようか。
■マイナ保険証で問われる道のり
医師と患者の関係性は、医療の専門性のカベがあり、どちらかと言えば一方通行的な関係だったが、患者側の情報開示請求やセカンドオピニオンの普及によって、先に述べたカルテの開示広告や医療費の明細書(レセプト)も、原則、発行が義務づけられた。医師が患者に病気や治療法を説明し、納得、同意を得たうえで治療を行うインフォームド・コンセント(informed consent)などはすでに受け入れられている。今は当たり前のようになっている。
筆者もこの時期に厚生労働省担当の新聞記者として医療提供体制、患者の主体性の尊重、情報開示のテーマで不幸な医療事故の被害者や過剰診療に対する患者側の情報開示請求の努力などを取材してきた。
手術中の医療器具の身体内置き忘れや誤った器官・箇所の切除など明らかな医療ミスは責められるが、過酷な労働条件の中での医師の医療の技術水準を高める献身的な試み、患者の命を救うための超高度な医療行為と、その限界とのはざまで葛藤する努力には、本当に頭が下がる。患者側の要請に医療側も誠実に対応してきた。
筆者もセカンドオピニオンでは心労が積もった経験がある。日本を代表する私立大学付属病院に転院した時、前の病院のカルテを取り寄せてもらえるよう医師に依頼したが、患者の私のたっての同意・承諾があっても、なかなか実現しなかった。
結局、前の病院にその大学出身の医師がいて、何とか関係者を説得してもらって取り寄せた。前の病院の治療も良かったが、新たに大学病院の別の診療科医師からのサジェスチョンによる治療・投薬のおかげで回復した。入院は数か月にも及んだ。前の病院も真摯に対応していただいたが、共通する「持ち歩ける」電子カルテがあれば、もっと診療がスムーズに進んだだろうと思う。
医療DXは政府を含む医療・関係機関の徹底した情報保護管理、医師の承諾・患者との相互信頼関係などが大前提だろう。デジタル化の推進や制度の必要論を、野党も反対はしていない。しかし道のりは困難も抱えている。
改正マイナンバー法は保険証の廃止に関しては1年6カ月を超えないうちに施行すると定める。つまり来年の秋であるが、加藤勝信厚生労働相は閣議後の記者会見で、「最も遅い場合は2024年12月8日となる」との見解を示した。保険証の廃止後に発行する「資格確認書」について「マイナ保険証を持たない人を把握したうえで、すべての被保険者が必要な保険診療を受けられるよう適切に対応したい」と述べた。廃止日を決め、政令で示す方針だが、内閣支持率の低迷で政府の方針が揺らいでいるようにも見える。
マイナ保険証との一体化で、「持ち歩ける」電子カルテの実現など「デジタル社会へのパスポート」としての医療DXが加速するのか、或いは失速してかすんでしまうのか。カードの普及率を急ぎ過ぎた余りに、あえての有用論さえ憚られる現状を打開し、実現・信頼への道のりにどのように、つなげて行くのか、対応が問われる。
トップ写真:イメージ 出典:Nikada/Getty Images
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この記事を書いた人
渋川智明東北公益文科大学名誉教授
東北公益文科大学名誉教授。
早稲田大学卒業後、1971年、毎日新聞入社。東京本社社会部編集委員(厚生労働担当)。2005年、東北公
益文科大学公益学部(山形県酒田市)教授・公益学部長、大学院(山形県鶴岡市)公益学研究科長。
定年退職後、法政大学社会連帯大学院、目白大学生涯福祉大学院非常勤講師を経て現
在は専門学校・社会医学技術学院=東京都東小金井市=講師(非常勤・社会保障論)。
著書「福祉NPO」(岩波新書)、「介護保険活用ガイド」(保健同人社)、「賢い
患者になろう」(実業之日本社)「ソーシャルビジネスで地方創生」(ぎょうせい)=
以上単著、「認知症対策の新常識」(日東書院・共著)等。