〝法の範囲内〟であるはずが「法の強化」招く 波紋大きいつばさの党の選挙妨害事件
樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・衆院東京15区補欠選挙の期間中、政治団体「つばさの党」幹部らが他候補の街頭演説を妨害した事件。警視庁が強制捜査に乗りだした。
・他候補に接近、大声で罵倒、選挙カーを追跡するなど、有権者が候補者の政策や主張に耳を傾けることを困難にした。
・今回の問題を機に公選法改正の議論が始まる。「法の範囲内」というつばさの党の行動が逆に、「法の強化」という皮肉な結果を招く可能性がある。
■ 小池知事「身の危険感じた」
警視庁が「つばさの党」本部(東京・千代田区)など関係先3か所を家宅捜索したのは5月13日。容疑は公職選挙法違反(自由妨害)だった。
つばさの党は4月28日に投開票が行われた衆院東京15区補選に候補者を擁立したが、自陣営候補や幹部らが、演説中の他候補に詰め寄って大声で罵倒、クラクションを鳴らし続けたり、選挙カーを執拗に追跡したりするなど、妨害というより恫喝ともいえる行為を繰り返した。
標的にされた陣営は、街頭演説の公開中止を余儀なくされ、被害届けも出した。
自らの支持候補の応援演説をしたことから、自宅まで押しかけられた小池百合子知事は「身の危険を感じた」と、強く非難している。
小競り合いもあったようだが、警備の警察官による注意などによってか不測の事態は避けられた。
今回、警視庁は選挙期間中につばさの党に公選法に基づいた警告を行ったが、家宅捜索が行われた5月13日は、4月28日の投票から2週以上が過ぎていた。妨害を受けた他陣営からは、「選挙後になって取り締まるなら、やったもの勝ちだ」(14日づけ、朝日新聞)と不満を鳴らす指摘もある。
しかし、ことは選挙、言論の自由に関連するだけに警察当局も慎重にならざるを得なかったようだ。
「選挙の自由妨害」の取り締まりで、結果的に「選挙の自由」を侵すことになってしまいかねないからで、期間間中に行った公選法に基づく警告が精いっぱいだったのだろう。
札幌で2019年、安倍首相(当時)の選挙応援演説中にヤジを飛ばして警察官から排除された市民による国家賠償訴訟で、一部について、排除が違法と判断されたことも影響していた可能性がある。
■ 慎重な警備の会場で過去に党首刺殺事件も
選挙・演説での警備の難しさで思い起こすのは、古い話だが、安保改定騒動直後の1960(昭和35)年10月に日比谷公会堂で開かれた3党首演説会だ。
日本社会党(現社会民主党)委員長(当時)の浅沼稲次郎が演説のさなかに刺殺された討論会といえば、年配の読者なら、「あのときか」と思い出すだろう。
都選管、NHKなどが共催、10日余後に迫った衆院の解散、翌月の総選挙のいわば前哨戦の位置づけだった。
演壇に立ったのは、浅沼のほか、首相で自民党総裁の池田勇人(当時)、社会党から分派した民主社会党委員長(同)、西尾末広の3氏。
会場には右翼関係者らが多数押しかけ、西尾には「裏切者」、浅沼には「中国の手先」などの罵声を浴びせ、ビラが大量にまかれるなど騒然、緊迫していた。
2番目に立った浅沼は、「選挙のさいは国民に評判の悪いものは全部捨てておいて・・」と池田内閣批判のくだりに差しかかった時、壇上に駆け上った男が浅沼の胸部を鋭利な刃物で刺した。浅沼は病院に担ぎ込まれた時にはすでに息を引き取っていた。
犯人は17歳の右翼少年で、池田首相、そのSP、多くの聴衆の面前、テレビカメラの前での凶行だった。
誠実で飾り気のない人柄、魁偉な容貌と実行力から「人間機関車」の愛称で、保守層からも人気のあった浅沼の死は、大きな衝撃をもたらした
当日の警備は「政治演説の会場で警官が必要以上に目立つのは好ましくない。警備は原則として主催者が行い、やむを得ないものに限って警察がこれにあたる」という控えめな方針だったという(沢木耕太郎、『テロルの決算』)。
所轄、丸の内署は60人の警察官の配置を主張したが、選管との間で30人で妥協が図られた。ヤジ、ビラまきを警官が制止した一瞬のスキをを突かれて凶行が行われた。
制服警官の数がより多かったならと、悔やまれたが、選挙に向けた論争の場への当局の介入に関係者が慎重になった結果だったろう。
筆者の個人的な想像だが、警察当局はこの年6月の安保反対デモの警備で、政治的色彩の強い問題への介入に臆病になっていたのではないか。
もっと憶測を巡らせば、戦後まだ15年というこの時期は、憲兵、旧特高警察による弾圧の記憶が生々しく残っていただけに、警察にも萎縮があったのかもしれない。
■ 自由妨害罪強化論が台頭
今回の取り締まりに話を戻すと、期間中の強制捜査が見送ら、時間を経てから着手された事実からも、政治的な中立が求められる警察当局にとっては、難しい判断だったことがうかがえる。
今回の事態を受けて、与野党の間ではすでに公選法225条の「選挙の自由妨害罪」をより明確にし、罰則を強化すべきという議論がなされている。
つばさの党捜索を報じる各、メディアでも、罰則強化の一定の理解を示す専門家らの指摘が少なくなかった。
その一方で、当局による過剰な介入への危惧も指摘されており、野党の中には、立憲民主党のように、実際に捜査に着手されたことに言及、「現行法で対処が可能」との指摘も少なくない。
法案は開会中の今通常国会にも提出される可能性があるというが、与野党の調整が難航する可能性もある。
法改正によって〝お上〟の介入の余地がひろがる事態となれば、大きな議論を起こすことになろう。
言論の自由か、選挙妨害か、線引きの難しい問題での取り締まり強化を求められることになる当局にとっても、むしろ迷惑なことだろう。
妨害などなく秩序正しい選挙運動が行われてさえすれば、厄介な問題にはならなかったはずだ。つばさの党の行動がもたらした波紋は大きい。
(編集部追記)
5月17日午前、警視庁は「つばさの党」の幹事長で元候補の根本良輔容疑者と代表の黒川敦彦容疑者、運動員の杉田勇人容疑者の3人を、公職選挙法の「選挙の自由妨害」の疑いで逮捕した。
トップ写真:衆議院補選東京15区、乙武洋匡候補(当時)の街頭演説に小池百合子都知事が応援に駆けつけた。つばさの党が大音量でヤジを飛ばし、乙武候補らの話が聞こえず、騒然とした雰囲気となった(2024年4月13日 東京都江東区豊洲)ⒸJapan In-depth編集部
あわせて読みたい
この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長
昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。