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.国際  投稿日:2025/2/10

ウクライナ和平、「宥和主義」の失敗忘れるな


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・トランプ米大統領は矢継ぎ早に新政策を打ち出している。

・ウクライナ和平構想はロシアの有利が鮮明、NATO各国も拒絶すべき。

・安易な譲歩がいかなる結果を生むか。ナチス・ドイツへの「宥和政策」の教訓を今こそ思い起こすときだ。

 

■ロシアに有利な和平構想か

地球温化防止のパリ協定、WHO(世界保健機関)からの脱退、関税強化、中東・ガザの「保有宣言」など、連日のように、その決定が各国に波紋をもたらしている。

ウクライナ和平に対するトランプ構想は明らかにされていないが、さまざまな観測がなされている。

一部では、現時点での戦線を維持し、2014年に不法併合されたクリミア、東部ウクライナをロシアに割譲、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟を認めない代わりに、各国がその安全を保障するーなどがそれだ。

それ以外の細部の条件も付随されるが、ロシアにとって有利なプランであることは明らか。多くの犠牲をおそれず戦ってきたウクライナにとっては、絶対に受け入れられないだろう。

ウクライナを全面的に支援してきたNATO各国、とくにドイツ、イギリス、フランスなどにとっても、これを認めたなら、ロシアがその膨張政策を拡大し、自国が脅威にさらされることになるので容認できない。

■すでに始まっている米露協議

和平構想の内容に加え、懸念されるのは和平交渉、協議がどのような形式になるかだ。

トランプ大統領は2月7日、ニューヨーク・ポスト紙のインタビューで、ロシアのプーチン大統領と電話協議したことを明らかにし、早期の会談に意欲を示した。会談の場所として、サウジアラビアなどがすでに取りざたされている。

ロシアのラブロフ外相が2025年に入ってから、「フランスがウクライナ抜きの協議を提案してきた」と語ったことも、フランス当局が強く否定しているにもかかわらず、ウクライナ抜きの交渉が進められるのではないかとの憶測を呼ぶ根拠になっている。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、自国が蚊帳の外に置かれ、大国の論理だけによる不利な条件を押し付けられることを警戒、米露2国間協議に繰り返し反対を表明している。

トランプ大統領は近く、ゼレンスキー大統領と会談する意向だが、その主張、希望を聞き置くだけなら、単なる〝実績作り〟で終わるだけだろう。

■いまなお悪名高い「ミュンヘンの宥和」

ここで想起されるのは、歴史の教訓だ。

第2次大戦直前、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーが1938年に、自らの出身地であるオーストリアを併合、チェコスロバキアでドイツ系住民の多いスデーテン地方の割譲を要求した。

当時の超大国、イギリスの首相、チェンバレンが収拾に乗り出し、同年9月にミュンヘンでヒトラーと直接会談。同月末に、ドイツ、フランス、枢軸国の一角イタリア首脳との4か国会議を開いたが、チェンバレンは、戦争の危機を避けるため、それ以上の領土拡大をしないことを条件にヒトラーの要求を受け入れた。

チェコスロバキアの代表はいずれの会談、会議にも招かれず、英国の説得と圧力によって、ヒトラーの要求を呑むことを迫られた。

当時のイギリスは、力による介入をするには戦備が不十分で、他国の問題に巻き込まれたくない国民が、和平を強く望んでいたことなどが背景にあった。 

しかし、この妥協の結果、イギリス恐れるに足らずとの侮りを抱いたヒトラーは、ミュンヘンの約束を反故にして翌年、ポーランドに侵攻、第2次大戦を引き起こしてしまう。イギリスはその後、衰退に向かうのは歴史が示している通りだ。

このあたりの経緯は、さまざまな史家が論じているが、当時ハーバード大学の学生だったジョン・F・ケネディ元米大統領が卒業論文をもとに後に出版した「英国はなぜ眠ったか」にも詳しい。

いまなお悪名高い「ミュンヘンの宥和」は、大国同士がそのエゴだけで身勝手に侵略者に譲歩し、小国を犠牲にした典型だった。

力による現状変更を企図する独裁的な指導者が存在していることを考えれば、この教訓はいまなお生きているというべきだろう。

アメリカ・ファースト」を標榜、武力介入を極力嫌い、「ディール」(取引)に価値を見出す、トランプ大統領、宥和主義者たちが陥った陥穽に足を取られることがないだろうか。

ウクライナ和平に向けたトランプ大統領のプランは、2月14日から開かれるミュンヘン安全保障会議の場で、キース・ケロッグ特別代表から公表されるとの観測もある。

ところも同じドイツの古都、「宥和政策」のリバイバルは、だれも見たくないだろう。和平協議には何をさておいても、ウクライナの出席が条件だ。

トップ写真:トランプ大統領(ワシントンDC 2025年1月31日)出典:Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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