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.社会  投稿日:2025/1/30

安っぽい陰謀論がはびこる国 陰謀論とデマは双子の兄弟 その4


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・ケネディ暗殺の陰謀論は続くが、新たな機密解除でも有力な証拠は見つかっていない。  

・安倍元首相暗殺にも陰謀論が広がるが、証拠に乏しく非現実的な説が多い。  

・陰謀論の拡散は日米共通の現象で、根拠のない情報が社会を混乱させている。

 

23日(米国現地時間)、トランプ大統領は1963年11月22日に起きたケネディ元大統領暗殺事件に関わる政府文書の機密指定解除を命じた。本誌でも元産経新聞論説委員長の樫山幸夫氏が、すでに概略を紹介している。本来その文書は、2039年9月まで公開されないことになっていたので、14年ほども公開が早められた。

犯行現場はテキサス州ダラスで、オープンカーでパレード中の大統領が、教科書会社の倉庫ビルの窓から狙撃され、一時期そのビルで働いていたこともあるリー・ハーベイ・オズワルドという人物が容疑者として拘束された。ところがそのオズワルドは、事もあろうにダラス警察署の建物内で銃撃されて死亡。容疑者のジャック・ルビーはナイトクラブ経営者だが、実はユダヤ系のマフィアで、後に獄中で病死した。公判では「誰かに操られた」と供述したとの記録もある。他にも、警備や捜査にまつわる数々の疑惑が取り沙汰され、オズワルドの単独犯行と結論づけた当局の発表には、未だに疑問の声が尽きない。

たとえば「魔法の銃弾」。

公式発表を信じるなら、オズワルドはボルトアクション式の旧式小銃(それも精度が低いとされる、イタリア製の安物)でもって、6.9秒の間に3発撃った。3発目が致命傷となったのだが、その弾丸は1発で大統領と同乗していた州知事の身体に計7カ所もの傷を作り、しかも原形を留めたまま病院のストレッチャーの上で発見された。銃火器についての基本的な知識を備えた人であれば、これだけでも公式発表は鵜呑みにできない、と考えるだろう。しかも、暗殺の瞬間を捉えた映像を見ると、大統領は頭部に銃弾を受けた瞬間、後ろに大きくのけぞっている。これまた公式発表を信じるならば、狙撃犯の位置は斜め後ろ。後ろから撃たれて後ろに倒れるということがあり得るだろうか。

こうした数々の疑惑から、ケネディ暗殺は得体の知れない男の単独犯行ではなく、産軍複合体が仕掛けた壮大な陰謀、と見る向きがあるわけだ。日本でも落合信彦氏が『二〇三九年の真実 ケネディを殺った男達』(集英社文庫他)という著作をものしているし、米国ではオリバー・ストーン監督が、単独犯行説を真っ向から否定して、CIAの関係者らを追い詰めたものの、結果的には誰一人有罪にできなかった実在の地方検事を主人公に『JFK』という映画を世に問うている(1991年公開。主演はケビン・コスナー)。

この映画の最後の方でも、2039年になれば機密文書が公開されて……という台詞があったし、実際に今次の機密解除に期待する向きも多いが、これまた樫山氏が記事の中で明確に述べているように、否定的な見方をする人も結構多い。と言うのは、全部で5万頁にも及ぶという機密文書だが、その90%以上はすでに公開されていて、そこには国家的な謀略であることを示唆する文言など一切出てこない。しかも、本当に全ての機密が解除されるのかどうか、その範囲が明確ではない。くだんの機密解除は2月初旬とのことなので、まあ、一縷の望みは持ち続けるとしよう。

ここでわが国に目を向けると、安倍晋三元首相が射殺された事件(2022年7月8日)に絡んでも、陰謀説が流布している。これまた、前述の「魔法の銃弾」ではないが、銃の専門家に言わせると弾道が不自然、といった記事が週刊誌に掲載され、ネット上では、別の狙撃犯がいたに違いないという憶測が拡散された。こちらは、別の意味で首をひねるしかない話で、そもそもこの事件で用いられたのは手製の銃である。既存の弾道工学に照らして不自然な所見があったとて、重大な疑惑とまで言い得ることか。さらに言えば、別の狙撃犯がいたというのなら、どのような銃が使われ、その弾丸はどうなったのか。そればかりではない。救急搬送に異様なほど時間がかかっていたとか、しまいには中継映像に不自然な点がある、などと主張する人まで現れる始末だ。これはもはや、人類は実は月へは行っていない、というのと同工異曲と言うべきであろう。

不可解と言うよりもはや笑うしかないのは、どこの誰が真犯人なのか、という点で、最近では「財務省黒幕説」まで流布している。この説の始末が悪い点は、高名なエコノミストや政治家までが、火に油を注ぐような(当人にはそのつもりがないのかも知れないが)、発言をしていることだ。ある政治家の、財務省改革に手を染めた人間は、「元政治家秘書とか、500人くらいの所在が分からなくなっている」という発言が拡散したりしているが、その人達が「消された」と考え得る状況証拠が、なにかあるのだろうか退職した人が(職場や上司への不満があった場合は特にそうだが)、電話番号まで変えて人間関係を断ち切ってしまうというのは、割とよくある話ではあるまいか。

少し考えていただきたい。仮に、財務省の内部なり、連携する国家権力の一部に、暗殺をも厭わない特殊な勢力が存在するとしよう。そして、現政権の行き方がどうあっても容認できない、と考えたとしよう。さらに、警備や救急といった部門にまで、その勢力は影響を及ぼし得るものだとしよう。それならばどうして、安倍晋三氏が現職の首相であった当時に、その力を用いなかったのか。ケネディ暗殺にまつわる疑惑と決定的に異なるのは、この点ではないか。大体、先ほどの銃火器の話ではないが、日本の官僚機構について少しでも勉強したならば、財務省が警察や消防(=救急)と結託して権力者に挑むなど到底あり得ない、ということが分かるはずである。官僚機構は断じて一枚岩ではなく、内部では陰湿な勢力争いが絶えない。とりわけ先鋭に対立しているのが、戦前の内務官僚の衣鉢を継ぐ警察官僚と、経済官僚(旧大蔵官僚=財務官僚)なのだ。これは、日本の政治刑事について少しでも勉強した者にとっては、常識だと言っても過言ではない。

以上を要するに、ケネディ暗殺にまつわる陰謀説と、安倍元首相の暗殺にまつわるそれとは、似ても似つかぬものなのである。

次回・最終回は、目下マスメディアを騒がせている、兵庫県の問題と元SMAPの問題について見てみる。(その1その2その3

トップ写真:安倍元首相の国葬(2022年9月27日日本・東京)出典:Photo by Eugene Hoshiko/Pool/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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