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.国際  投稿日:2024/5/29

米国で復活する「反ユダヤ主義」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#22

2024年5月27-6月2日

【まとめ】

・ユダヤ系米国人を取り巻く環境が激変しつつある。

・反ユダヤ主義が復活している。

・米国ユダヤ人の黄金時代は終わりつつある。

 

 今週は、日中韓首脳会議もあったが、先週に続きワシントンで感じたことを書く。帰国直前、ジョージタウン大学現代アラブ研究センターの同級生で、今は中東関係シンクタンクにいる友人と会った。もう付き合いは43年、ワシントンで最も古い友人の一人で微妙な話も率直に話ができる、筆者には定点観測のための貴重な「百葉箱」だ。

 その彼の周辺でちょっとした「異変」が起きているという。近年彼らユダヤ系米国人を取り巻く環境が激変しつつあるというのだ。先週は、イスラエルと米国の関係が「曲がり角」に差し掛かっているのかもしれないと書いたが、「曲がり角」どころか、米国では一つの時代が終わり始めたのかもしれない、と思うようになった。

 彼によれば、近年米国では反ユダヤ主義が復活しており、大学での「パレスチナ連帯」デモも、実はその一環に過ぎないのだそうだ。驚いた筆者に対し彼は、米アトランティック誌の本年4月号の「米国ユダヤ人の黄金時代は終わりつつある」と題する

 小論を読むよう勧めてくれた。早速読んだ同エッセイの結論は筆者には衝撃だった。

  • 反ユダヤ主義は右派だけでなく左派でも増えている
  • ユダヤ系米国人の前例なき安全と繁栄の時代は終わりつつある
  • 彼らが望むリベラル秩序も破壊の危機に瀕している

 こうした感覚は、恐らく誰も口には出さないが、最近のユダヤ系米国人コミュニティの多くが共有する閉塞感に繋がるものだと直感した。日本でユダヤ系の話をすると、必ずと言って良いほど、各方面から「陰謀論」絡みの誤解に直面するので、これまでは避けてきたのだが、今回は敢えて書くことにした。

 詳細は今週の産経新聞とJapanTimesにそれぞれ違う視点から書いた小論をご一読願いたいが、結論は決してバラ色ではない。2020年代がますます1930年代に似てきたのではないかと、憂いは募るばかりだ。どうかこうした直感は単なる誤解か錯覚に過ぎませんように、と心から祈っている。

 続いて、いつもなら、欧米から見た今週の世界の動きを見ていくところだが、今週はメモリアルデー週末ということで、関連情報が十分集まらなかった。お休みとさせて頂くのでご容赦願いたい。

 最後は定番、ガザでの停戦交渉の行方と中東情勢を書いておこう。

  • 米イスラエル間、特にバイデンとネタニヤフの間の「チキンゲーム」は幸い未だ始まってはいないようだが、和解に至ったとは到底言えないだろう。それを笑うのはイランとハマースであり、中露もそれを大歓迎する、という力関係に変化はない。
  • 個人的には、イラン大統領事故死後のイラン内政に関心があるが、ここで穏健派が主導権を握るとは到底思えない。ライースィ大統領は強力な保守強硬派だが、この種の「イスラエム法学者」などイランには腐るほどいるので、後任のリクルートは難しくないだろうからだ。
  • 26日のイスラエル軍によるラファ北西部への空爆で40人以上の民間人が亡くなったが、イスラエル軍報道官は、「標的に隣接した施設に武器が保管されており、攻撃の結果それに引火した可能性を含め、あらゆる可能性を調査している」と述べ、二次爆発による民間人犠牲拡大の可能性を示唆したそうだ。
  • この事件をイスラエル首相は「tragic mistake」と述べたそうだが、mistakeとは近くに武器弾薬庫があることを知らなかった、という意味なのか。いずれにせよ、この種の問題は結果が全てだ。イスラエルは事実上、ラファ侵攻を始めたということか。
  • ICC(国際刑事裁判所)の検察官がハマースとイスラエルの指導者の逮捕状を請求した「事件」では、不幸なことに、国際法が未だ一元的な法規範として確立していない

 ことを露呈する結果となった。議論は多々あるだろうが、少なくとも非国家のハマースと主権国家イスラエルを法的に同等に扱うことには、どうしても違和感がある。という訳で、今後もガザをめぐり人質解放と停戦に向けた交渉は長期化するだろう。

 今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ブリンケン米国務長官が公聴会で証言する際に、親パレスチナ派のデモ隊がペイントした手を掲げる。2024年5月21日。アメリカ・ワシントンD.C。出典:Photo by Kent Nishimura/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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