独自カラー出せるか メキシコ初の次期女性大統領
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・メキシコ大統領選で与党候補のシェインバウム氏が当選、同国史上初の女性大統領が誕生する。
・シェインバウム氏はロペスオブラドール現大統領の人気に支えられ、貧困層重視政策の踏襲方針が勝因。
・新政権の課題は財政赤字解消や治安対策。シェインバウム氏が、現大統領の影響からどれだけ脱却するかがカギ。
■ 予想通りのシェインバウム氏当選
今月初めメキシコで大統領選が行われ、前メキシコ市長のクラウディア・シェインバウム氏(61)が当選し、メキシコ史上初の女性大統領に就任することになった。
今回のメキシコ大統領選は、現職のロペスオブラドール大統領の任期満了に伴い実施された。メキシコ憲法では大統領の任期は1期6年で再選禁止とされているため、同大統領は出馬できなかったという事情がある。
シェインバウム氏は左派与党「国家再生運動(MORENA)」から出馬、中道右派の「国民行動党(PAN)」など野党連合が擁立した女性候補ソチル・ガルベス元上院議員(61)と一騎打ちとなった。選挙戦は3月にスタートしたが、当初から支持率でシェインバウム候補がおおむね45%前後でガルベス候補を20ポイント近くリードし、早い段階で勝利が予想されていた。というのも、シェインバウム候補は、支持率60%を超える人気を誇るロペスオベラドール大統領の「後継者」を自任し、同大統領の人気に後押しされていたからである。
■「現政権に対する信任投票」
メキシコでは麻薬犯罪組織がはびこり、殺人事件は年間3万件を超える。大統領選と同時に行われた地方戦をめぐり約40人の立候補者が殺害されている。このため、大統領選では治安対策が主要な争点の一つとなった。選挙戦でシェインバウム候補はかつてのメキシコ市長としての治安改善の実績をアピールし、現政権の治安対策を継続すると主張。ロペスオブラドール大統領の治安への取り組みは「銃弾でなく抱擁」という、武力でなく貧困問題に注力するというのが基本方針。これに対し、ガルベス候補は現政権の治安対策を手ぬるいと厳しく批判、凶悪犯罪者を収容する大規模刑務所の新設などを訴えた。
また、シェインバウム候補は現政権の目玉政策である貧困層重視の格差是正や社会保障の拡充のほか、大規模インフラ投資や国営企業の保護などの継続を約束した。一方、ガルベス候補は社会保障拡充については維持するとしながらも、インフラ事業建設に伴う無駄遣いを是正して予算を捻出し、治安、保健、教育分野に充てるべきだと反論した。
結局、シェインバウム候補が得票率約61%で、ガルベス候補の28%を大きく引き離して当選したが、今回の大統領選は事実上、「現政権に対する信任投票」でロペスオブラドール大統領のこれまでの政策が承認されたと言えそうだ。
■ 現大統領による‟院政”へ懸念の声も
メキシコ初の女性大統領誕生とあってシェインバウム氏は内外のマスコミから大きな注目を集めているが、それ以外にも興味深い点が多い。父方、母方の祖父母は東欧からのユダヤ系移民。メキシコの現地メディアによれば、母方の祖父母はナチス・ドイツによるホロコーストを逃れるためメキシコに移住、シェインバウム氏は幼少期はこの祖父母の下でユダヤ教の文化・風習に接していたといわれる。ただ、同氏は自身の人生観や生き方にユダヤ教は無関係と言っており、実際、LGBTQ擁護の立場を鮮明にしている。両親とも科学者という学者一家の出身で、本人も物理学の修士号、エネルギー工学の博士号を持ち、米国留学の経験もある。学者・研究者という顔を持つ一方、学生時代から政治活動にも携わり、2000年ロペスオブラドール氏がメキシコ市長のとき市の環境局長に任命され、本格的に政界入り。2018年に女性で初めて同市長に当選して以来、ロペスオブラドール氏の後継者と目されるようになった。
ユニークは経歴を持つシェインバウム氏だが、現政権の社会福祉拡充と大規模インフラ投資により膨らんだ財政赤字にどう取り組むか、そして悪化する治安に有効な対策を打ち立てられるかが新政権運営のカギとなる。
ただ、同氏はロペスオブドール大統領の「愛弟子」といわれているだけに「現大統領の影響を脱却するには相当時間がかかる」(メキシコ有力紙編集長)との見方もある。「ロペスオブラドール氏が大統領退任後、事実上の”院政”を敷き、シェインバウム氏は名ばかりの大統領になるのではないか」(現地の有力政治アナリスト)と懸念する声もある。しかし、シェインバウム氏は「(大統領就任後は)ロペスオブラドール氏の指示は受けない」と語っており、先ずはお手並み拝見といったところだろう。
(了)
トップ写真:メキシコ大統領選挙で、当確の報で祝福を受ける、大統領候補のクラウディア・シェインバウム氏 2024年6月3日 メキシコ・メキシコシティ出典:Manuel Velasquez/Getty Images
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この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、