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.政治  投稿日:2024/8/1

10式戦車近代を占う 後編


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・10式の戦闘重量44トンの「軽量戦車」構想は財務省を説得して新型戦車を開発するため。

・現在欧米では新世代の戦車開発が進められており、欧州の戦車開発の中心である独仏メーカーが新世代の戦車の実証車を展示した。

・戦車の一点豪華主義では国防は全う的ない。陸自全体の編成や装備体系をよく考え、優先順と費用対効果を考えて行うべきである。

 

前回も書いたが、10式の戦闘重量44トンの「軽量戦車」構想は財務省を説得して新型戦車を開発するためのフィクションである。そこまで軽量でなければ北海道以外で運用できないならば、揚陸してきた敵の戦車も運用できないことは子供にもわかる理屈だ。

そのフィクションのための軽量化のために、10式は十分な冗長性を持っていない。当初主契約者の三菱重工では車体の片方の転輪を6個と提案したが、軽量化のために5個に減らされて全長が抑えられた。その分車体の容積も減少している。砲塔内も狭く、砲塔内の車長と砲手は体をねじる「お姉さん座り」をせざるをえない。そもそも諸外国の3.5世代戦車が第三世代戦車からの近代化とはいえ、十分な防御力や能力を付加するために60~70トンまで重量が増加するなか、新規設計とはいえ44トンに収めるのは工学的に不可能だ。その分10式は防御力や能力を削ったと考えられる。

10式の最大のセールスポイントは増加装甲や弾薬燃料を下ろせば、40トンの民間トレーラーでも輸送が可能で、先述のように全国の主要国道の橋梁1万7920カ所84パーセントを通過することができることだ。だが近代化で重量が重たくなればこの「設定」が崩れることになる。であれば10式戦車導入の大義名分は崩れ去ることになる。そもそもその理屈ならば90式より重い外国の戦車は上陸してきても北海道以外では運用できないということになるのだが。

そして諸外国では第四世代の戦車が模索されているが、その道筋は未だ不明瞭だ。どのような戦車が世界のスタンダードになるのかまだビジョンが見えてこない。筆者は6月にパリで行われた世界最大規模の軍事見本市、ユーロサトリを取材してきた。実は現在欧米では新世代の戦車開発が進められており、欧州の戦車開発の中心である独仏メーカーが新世代の戦車の実証車を展示した。今後の新世代の戦車開発の方向性が展示されていた。このようなトレンドを無視して日本独自のガラパゴスな戦車を開発しても無意味だ。

▲写真:ラインメタルの130ミリ弾 出典:筆者提供

ドイツとフランスは主力戦車の後継車両開発プロジェクトMGCS(陸上主力戦闘システム)計画進めているが、開発計画は大きく遅れており、実際に配備されるのは2030~35年となる見通しだ。

ドイツの主力戦車であるレオパルト2戦車の主砲や砲塔システムを開発したラインメタル社、同戦車の車体部分を主として開発、生産してきたKMW(クラウス・マッファイ・ウェックマン)はフランスのルクレール戦車を開発したネクセター社とKNDS社を設立して事業統合を進めている。両社はとそれぞれが展示を行っていた。なおラインメタルは7月3日にイタリアのアリエテ戦車や装甲車のメーカーであるイベコ・オトーメララを傘下に納めているレオナルド社と、主力戦車や装甲車開発の50:50のジョイントベンチャーを立ち上げることを発表した。これはイタリアを引き込んでKNDSに対抗するためだろう。

▲写真 120ミリと130ミリ 出典:筆者提供。

さて現在の西側の主力戦車は120ミリ滑腔砲を採用しているが、ラインメタル社は既に発表していた自社開発の130ミリ砲を搭載したKF51パンター・EVO・アップグレードと、今回更にMBT用の新型の無人砲塔、CUT(Concept Uncrewed Turret)を発表した。これは最近のウクライナ戦での戦訓を取り得て開発したものだ。車体にはレオパルト2のものを手直ししたKF51と同じものが使用されていた。

▲写真 CUT(Concept Uncrewed Turret)搭載デモンストレーター 出典:筆者提供

▲写真 新型140ミリ戦車砲および120ミリ砲システム、ASCALON 出典:筆者提供

対してKNDSは新型140ミリ戦車砲および120ミリ砲システム、ASCALONを発表した。ASCALONは当初140ミリ砲が開発され、その後120ミリ版が開発された。この2つの砲は容易に換装できるという。戦車はフランス軍の全般的な装甲車輌一新計画、スコーピオンに基づくルクレールの最新型ルクレールXLR、レオパルド2の最新型であるレオパルトA8、レオパルト2を120ミリ砲搭載の無人砲塔化したLeopard2 A-RC 3.0、140ミリ砲搭載のEMBT ADT140を展示した。その中で最新のものは実証車輌EMBT ADT 140だ。これはASCALON140ミリ砲を搭載した無人砲塔を持ったものだ。車体はレオパルト2の車体をベースにしたものを採用しているが、最近のウクライナでの戦訓を取り入れている。

▲写真 EMBT ADT  出典:筆者提供

両社の最新型実証車に共通しているのは、無人砲塔だ。両社はこれまで有人砲塔の近代化案を提案してきたが、今回無人砲塔に大きく舵を切った感じがある。これまでの戦車は車長、砲手が砲塔内に座る有人砲塔を使ってきた。無人砲塔のメリットはまず重量の軽減である。乗員用のスペースがない分コンパクト化できる。また最も被弾する砲塔から、車体に乗員を移すことで乗員の生存性を上げている。もっとも130ミリないし140ミリ砲弾は巨大で自動装填装置が必要不可欠であり、大型の砲弾と併せて砲塔に収納される。

更に生存性の追求である。特に偵察や徘徊型ドローンに対する対抗策を施している。具体的にはドローンジャマー、ドローンを迎撃するためRWS(リモート・ウエポン・ステーション)を砲塔に搭載している。RWSは機銃などの火器と暗視装置やレーザー測距儀、安定化装置などを組み合わせたもので、対歩兵用にも使用されるが、対ドローン用に仰角を大きくしたものを採用している。また煙幕投射装置も自己防御システムと連動して、対レーザー照射、赤外線含めた妨害が可能を採用している。

さらに敵の砲弾やミサイルを迎撃するAPS(積極防御システム)を採用している。APSは敵の誘導などを幻惑する非直接方式と、グレネードなどで敵弾を撃破する直接方式が存在する。また砲塔や車体上部の装甲が強化されている。逆に戦車にドローンを搭載して索敵や攻撃に使用や、より遠い敵を撃破するための対戦車ミサイルの搭載も提案されている。

装甲も耐地雷・IED防御含めて強化されている。無論ネットワーク機能も拡充されており、味方の砲兵や歩兵、攻撃ヘリ、ドローン、無人車輌などと密接な連携が取れるようになっている。当然これらの機器を動かす電力を供給する出力の高い補助動力装置も必要だ。

主砲の自動装填装置を採用すれば装填手は必要なくなり、乗員は10式同様に3名で済むが、これらのシステムを担当するクルーを含めると4名のクルーが必要である可能性が強まっている。

先述のようにMGCS(陸上主力戦闘システム)計画は大きく遅延しており、実際に配備されるのは2030~35年となる見通しだ。今回の展示はそれを見越した技術実証と、MGCS実現までギャップを埋めるための既存戦車の近代化提案を兼ねている。MGCS自体、コスト面からみても不要で、既存戦車の改良で十分だという声も欧州の軍や政界では存在している。

近代化は今回ユーロサトリで提案されたような無人砲塔を採用した近代化が合理的だ。現在の主力戦車は60~70トンに達しており、運用の限界に近づいている。このため軽量化が必要だ。既存戦車の軽量化と近代化を同時に実現するのであれば無人砲塔しか選択肢はないだろう。車体が同じであれば今までのインフラを活用できる。当然新型導入よりもリスクも小さい。

だが筆者は130ミリあるいは140ミリ砲の採用は難しいと思っている。それは重量や容積はかなり増大し、自動装填装置に弾薬車から装填することも人力では無理で、機械化が必要であり、搭載弾薬数が激減する。戦車は対戦車戦用の徹甲弾だけではなく、歩兵を支援するための榴弾も必要であり携行弾数がすくなければ作戦上の運用の柔軟性が極めて悪くなる。また都市部の対歩兵戦では大型の戦車砲の榴弾は威力がありすぎる。ことにそれは我が国のように地上戦は自国で、しかも人口の70パーセントが都市部に集中している我が国ならば尚更だ。KNDSが140ミリ砲に加えて新型の120ミリ砲を追加で開発したのもそのような危惧があったからではないだろうか。

いくら大口径化を進めようと戦車の直接照準による交戦距離は3キロ程度にすぎなく、遠くの敵を撃破できるわけでない。逆にその距離は中口径の機関砲ですら有効である。ウクライナ戦では米国がウクライナに供与したブラッドレー歩兵戦闘車が旧式とはいえ、25ミリ砲弾の連打で撃破している。今の戦車は主砲が無事でもセンサーを破壊すれば無力化される。また中口径機関砲で連打されれば乗員が衝撃で死傷する。敵戦車を撃破しなくても「無力化」できるならばそれで問題はない。

また歩兵が徘徊型自爆ドローンや、無人車輌にRWSや対戦車ミサイルを搭載したもの、精密誘導迫撃砲弾などもちいれば、戦車の主砲の射程外から戦車を攻撃できるが、これに直接照準の大口径砲は無力だ。大口径砲のメリットよりもデメリットが大きいと思う。筆者は現用の120ミリ砲と互換性のある新型の120ミリ砲が採用される可能性が高いと思っている。

また無人車輌も発達している。例えば陸自も試験的に導入したエストニアのミルレム・ロボティクス社のテーミスのような中口径機銃搭載のRWS、対戦車ミサイルを搭載できるサイズの無人車輌は多くの企業が開発している。因みにミルレム・ロボティクス社はKMWの社と協力関係にあり、ユーロサトリでもテーミスに地雷散布システムを搭載したモデルを展示していた。同社は更に重量12トンで50ミリ砲を搭載できる無人装甲車、タイプXも開発している。主砲の巨大化よりもむしろ戦車がRWSなどを搭載したこのような無人車輌を何両か率いてより、遠距離から敵戦車を攻撃する方が合理的ではないだろうか。

仮に欧州やその他の軍隊が現用戦車の近代化で2030年代まで乗り切るとするのであれば、10式にこのような近代化が可能だろうか。10式は裸の重量が40トンを超えると本州で運用のために40トンにする必要があるという「設定」が瓦解する。

そうであればユーロサトリで提案されたような無人砲塔の採用による軽量化で、増加する重量を相殺するしかない。RWSや各種防御装置、ドローンなどを搭載すれは数トンの重さになる。上面装甲を強化するなら更に重たくなる。無人砲塔を採用すれば数トンの軽量化は可能だ。履帯をポリマー製にすれば更に1トンは軽量化ができるだろう。これによってかなりの重量増加を吸収できる。だが10式の狭い車体に3名ないし4名のクルーを収容は不可能だろう。クルーを車内に収容するには車体を前後に延長し、転輪も増やして車内容積を増やす必要があるだろう。だがそうなれば車体重量は増えるので本末転倒になる。

10式が主砲を換装するにしてもNATOで採用されるデファクトスターンダードの規格を採用する必要があるだろう。仮に130ミリ、140ミリの大口径砲を採用した場合、軽量の10式で130ミリあるいは140ミリ砲弾射撃時の反動を吸収できるかも問題点となるだろう。

既に述べたように陸自の装備の中で重要性、優先順位はかなり低い。その戦車に多額の費用やリソースを掛けて近代化を進めるべきではない。10式の近代化は巨額の費用をかけて大々的に行うべきではなく、必要最小限に留めるべきだ。

まず10TKNWの更新だ。これは単に戦車だけではなく全ての車両、システムを含めて見直すべきで、戦車のネットワーク化の見直しもその一部として行うべきだ。このようなネットワーク化に対する投資は巨額となり、戦車に多額の投資をする余裕はなくなるだろう。

先述のように他国の戦車のように車体容積に余裕がないので車内にクルーを収納して無人砲塔を導入することは困難だ。であれば砲塔はそのまま、ということになる。ポリマー製履帯を採用して1トンほどの軽量化を行い、それで浮いた重量をRWSや、対ドローンシステムなどの搭載に当てるべきだ。つまりは必要最低限の近代化に留める、ということだ。こうすれば北海道以外での運用可能という「設定」を維持できるだろう。コストは最小で済む。

更に戦車の定数を大幅に削減し、その戦車の近代化は最低限に抑えるべきだ。余った戦車はモスボール保管しておけばいい。浮いた資金をネットワーク化、装甲車両全体の近代化、ドローンなどの導入に当てるべきだ。戦車の一点豪華主義では国防は全う的ない。

木を見て森を見ず、ではなく、陸自全体の編成や装備体系をよく考え、優先順と費用対効果を考えて行うべきである。

トップ写真:ドイツ軍などが採用したレオパルト2の最新型 出典:筆者提供




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

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清谷信一

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