ヘイ、JUDO!今から次の五輪が楽しみ その2
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・パリ五輪では、柔道を中心にネット世論が沸騰。
・審判の判定や選手の技を巡る議論が多かった。
・柔道は観戦スポーツとして面白さを追求した結果ルールが変化し、今回それが浮き彫りになった。
今や五輪に限った話ではないが、SNSに色々な人が色々なことを投稿して、なにかと物議を醸している。
とりわけ今次のパリ五輪では、柔道をめぐってSNSをはじめネット世論が沸騰した感があった。
まずは女子52㎏以下級で、東京五輪の金メダリストであり、今次も優勝の最有力候補とされていた阿部詩選手が、まさかの2回戦敗退。試合後、コーチの胸に顔を埋めて泣きじゃくる姿が、世界中に中継された。
号泣する姿に同情する声も寄せられたが、同時に「試合の進行を妨げた」「見苦しい」などと、批判的な投稿も少なくなかった。
録画を見たが、彼女が号泣したのは畳を降りてからであり、相手選手と審判への一礼も欠いていないので、見苦しいか否かは感覚の問題であるとして、試合の進行を妨げたというのは「話を盛りすぎている」と思う。本当に試合進行上の問題が起きていたら、主催者側や他国の選手からクレームがあって然るべきだが、そういった話は聞かない。
ただ、私個人としても、少々いただけない、とは思った。
前回も述べたことだが、アスリートではないが武道経験者として言わせてもらえるなら、
「勝ったら派手なガッツポーズ、負けたら号泣」
という競技に臨む姿勢自体、違和感を覚えるのだ。同時に、致し方ない一面もあるのかとも思う。
1980年代の終わり頃、英国ロンドンで現地発行日本語新聞の記者をしていた私は、日本柔道界のレジェンドで後にJOC(日本オリンピック委員会)会長となる山下泰裕氏にインタビューしたことがある。氏は当時、語学留学の傍ら、日本大使館などの後援を得て、各地で英国の青少年を対象とした柔道教室を開催していた。
「イギリスに今後、柔道が普及するとして、それは日本文化がこの国に受け容れられた、ということになるのでしょうか。それとも、この国の人たちは、スポーツとして柔道を楽しむのでしょうか」
という私の質問に対して、氏はちょっと考えた様子だったが、
「……まあ、スポーツ、でしょう。ただ、スポーツとしての柔道を楽しむ過程で、礼儀作法とか、精神文化の面も受け容れてもらえれば、結構なことだと思います」
と答えてくれた。
世界最高峰の柔道家が、柔道はスポーツだと言うのだから、その通りなのだろう。
前後して、『柔道部物語』(小林まこと・著 講談社)という漫画が全国の高校・大学の柔道部員たちの間でバイブルとされているという評判を聞き、一時帰国した際に単行本を買い揃えた。
読後感は、やはりこうなっていたか、というものであった。柔道はもはや日本武道ではなくJUDOというスポーツになり果てたのだな、と。
漫画としてはとても面白いので、ご用とお急ぎでない向きにはご一読をオススメするが、号泣シーンこそないものの、負けて涙ぐむシーンは頻発するし、逆に勝てば躍り上がって喜ぶ。先にポイントを取ったならあとは時間稼ぎ、といった試合運びが当然視されているし、団体戦は先鋒に起用されることが多い主人公が首尾よく勝てば、あとの4人(次鋒、中堅、副将、大将)は引き分けでよい、ということが、これまた当然のように行われる。
なり果てた、とはずいぶんな言い方ではないかと思われた読者もおられるかも知れないが、前回も述べた通り、私はアスリートではないが武道経験者なので、どうしてもその視点で見ることになってしまう。もちろん、その価値観を他人に押しつけるつもりはないが。
話をパリ五輪に戻して、審判の判定が物議を醸す事案が相次いでいる。
とりわけ男子60㎏級の試合で、永山竜樹選手が、スペインのフランシスコ・ガリゴス選手と対戦した際、絞め技をかけられた。メキシコ人女性の審判が「待て」をかけたが、ガリゴス選手はその後数秒間、締めを続け、永山選手は落ちた(=失神した)と判断され、一本負けとなってしまった。
当のガリゴス選手は試合後に、審判の「待て」の声が聞こえなかった、と語ったが、大観衆の前での試合のこととてこれはありそうな話だ。締められていた永山選手の方が、審判の「待て」が聞こえたので、力を抜いたと証言しているので、疑問は残るが。
それ以前に、試合を止めるなら選手の耳元で「待て」とはっきり聞こえるように言い、背中を叩いて合図すべきであろう。
私は柔道の審判の経験はないが、少林寺拳法の審判資格は持っている。種目は違えど、危険を回避することが審判の最大の職責であることは教え込まれている。と言うより、これは常識ではないか。
両選手はその後、ツーショットの写真をSNSに投稿し、
「われらは柔道ファミリー」
と、わだかまりがないことをアピールした。すると途端に賞賛の声が広まり、それまで「殺人未遂ではないか」などと書き立てていた日本の一部ネット民も、急に静かになった。これだから私は、ネット世論など信用する気になれないのだが、その話はさておき。
要は選手よりも、水準に達していない審判を起用した主催者側こそ批判されて然るべきだと思うが、混合団体戦でも日本のエースが敗れる一幕があり、この時には技それ自体が物議を醸した。
男子66㎏級で二連覇を成し遂げた阿部一二三選手(前述の阿部詩選手の実兄)が、フランスの73㎏級銀メダリストであるジョアンバンジャマン・ガバ選手と対戦。一階級上の相手を果敢に攻め続け、延長戦までもつれ込んだが、最後は一本負けを喫した。
この時ガバ選手が繰り出した技が、まるでラグビーのタックルのようであったとして、
「あんなの柔道と認めたくない」「フランスではレスリングをJUDOと呼ぶのか」
などという声が上がったのである。
実は「肩車」というれっきとした柔道技なのだが、2008年の北京五輪以降、柔道のルールが変更されたことに対応して、ヨーロッパの選手たちがアレンジしたらしい。
もともと柔道には「諸手刈り」と言って、まさしくタックルのように相手の両足を抱え込むようにして倒す技があったのだが、IJF(国際柔道連盟)はこのような「足取り技」を禁じ手とした。理由は、柔道を初めて見た人たちから
「レスリングやサンボとどこが違うのか」
との疑問が寄せられたからだとか。
ただ、この時のガバ選手のように、極端に低い姿勢で突っ込んでから相手の両足の間に片腕を入れて、そのまま担ぎ上げた場合には「足取り」とは見なされない。
人の心の中までは分からないが、阿部選手の側では、足取り禁止のルールがあるので、相手が下半身めがけて突っ込んでくるとは予想していなかったのかも知れない。試合後のガバ選手のコメントは、
「彼に勝つためには、多少クレージーなことをしなければならなかった」
というものであった。
このように、観戦スポーツとしての面白さを追求した結果ルールまで改正してしまうというのが、柔道をJUDOに変質させてしまった最大の原因だろう。
この傾向は、実は前世紀から見られるもので、私は、前述した山下泰裕氏にインタビューした際、会場にいたBJF(英国柔道連盟)の関係者からも話を聞いている。彼らは、
「JUDOはスポーツだ」
と明言した上で、試合を一段とエキサイティングなものにすべく、大技のポイントは高く、寝技のポイントは低くすることも考えている、と語っていた。なら、いっそのことバックドロップ(もともと柔道の裏投げが原型である)やコブラツイスト(考えようでは、一種の絞め技だ)も技として認めたらどうだ、などと思ったが、さすがに口には出さなかった笑。
いずれにせよ、このような論理で動く彼ら欧米の柔道家、もといJUDOパーソンらは、日本古来の柔道の精神文化や美学など、事実上、相手にしていない。
あえて厳しいことを言うが、そうした傾向にほとんど抵抗しなかった日本の柔道界も、情けないと思う。
2008年の北京五輪以降、柔道のルールが改正されたと述べたが、今次のパリ五輪で、幾度も「疑惑の判定」が取り沙汰されたのを機に、古来の柔道に戻すべき、という議論が盛り上がることは、ないものだろうか。
トップ写真:柔道男子66キロ級の日本・阿部一二三選手とタジキスタン・ヌラリ・エモマリ選手による試合(2024年7月28日、パリ)
出典:Photo by Michael Reaves/Getty Images