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.社会  投稿日:2024/8/6

辞退騒動は体操協会の責任 今から次の五輪が楽しみ その1


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・未成年飲酒・喫煙をした体操女子代表選手が出場辞退を発表し、世論を二分する騒ぎとなった。

・文化人・言論人たちからは「処分が厳しすぎる」との声が聞かれた。

・法曹界とジャーナリズムに共通する最大のタブーとは、「証拠を示すことなく誰かを断罪してはならない」。

 

 パリ五輪が開幕した。

自国開催だった前回=東京五輪ほどではないにせよ、メダルラッシュも期待できる、との声がよく聞かれる。

 だがそれ以上に、開会に先立つこと一週間あまり、7月19日に、日本体操協会(以下、協会)が、女子代表チームの主将に任ぜられていた選手が、未成年であるにもかかわらず飲酒・喫煙していたことが発覚し、出場辞退する旨を発表し、世論を二分すると言って過言ではないほどの騒ぎとなった。

 なにごとにも賛否両論はつきものだが、今次の議論で特徴的だと思えたのは、文化人・言論人と称される人たちの間からは「処分が厳しすぎる」との声が聞かれたこと。

参議院議員の猪瀬直樹氏など、

「たかがタバコでなにを騒いでいるのか。麻薬じゃないんだぞ(中略)こんな些細なことで19歳の夢を潰すつもりか」

 などとX(旧ツイッター)に投稿し、さらなる物議を醸したほどだ。

 これに対して市井の人たちの間では、ルール違反に対する処分は当然だ、との声が多い。

 アスリートの間でも意見が分かれているようで、たとえば本誌でもおなじみの為末大氏は、自身の経験も交えて「ルールの運用は機械的でない方がよい」との見解を示した。一方、ビーチバレー元日本代表の浅尾美和さんは「アスリートはルールの中で生きているもの」であるとして、処分やむなし、との立場を取っている。

 アスリートではないが武道経験者である私は、個人的に浅尾美和さんの肩を持ちたいところがないではないが(美人は正義、などということでは決してない笑)、それ以前に、早い段階から、議論の依って立つところに違和感を持たざるを得なかった。

 前シリーズで紹介したように、都知事選で2位の得票を得た石丸伸二氏が、特集番組に出演した際、女性タレントからの質問に対して手厳しい答え方をして炎上したことは記憶に新しいが、今次の五輪代表辞退をめぐる議論に関しては、各方面からの反発も覚悟の上で、

「失礼ながら前提の部分がまったく正しくないな、という風に感じましたよ」

 と言わざるを得ないのである。

 そもそもこの選手は、協会の決定により出場資格を剥奪されたのではなく、辞退したのだ。

 出場辞退というのは、あくまでも当人の決断と行動であって、処分とは異なる概念である。

 このあたりの議論がほとんど区分けできていないまま、賛否両論が噴出しているように思えてならない。

 元特捜検事の若狭勝弁護士までが、自身のYouTubeチャンネルの中で「辞退という処分」という言葉を使っているが、法理論上、この表現はおかしくないか。ただ、論拠は一応示されている。

若狭弁護士の見るところ、辞退したとは言っても、

「純粋に選手の自主的なものというよりは、おそらく周りの者が出場辞退をさせたという実態だと思う」

 ということのようだ。

 それはおそらく(いや、まず間違いなく)その通りだろう、と考えるのは、私一人ではないだろう。が、いかんせん証拠はなにもない。

 法曹界とジャーナリズムに共通する最大のタブーとは、

「証拠を示すことなく誰かを断罪してはならない」

 ということではないのか。

 誤解のないように述べておくが、私は若狭弁護士を論難したいのではなく、協会は辞退の理由(未成年の飲酒・喫煙)だけではなく、当人が辞退を決断するに至った経緯についても、説明責任を果たすべきだ、と言いたいのである。

 さらに言うなら、当人は未だ心身共に未成熟で、それゆえ「たかがタバコ」も法的に許されていない未成年なのであるから、この件でまず責めを負うべきは、協会と指導者の監督不行き届きではないのかと私は思う。

 今次の女子体操代表チームは全員が10代で、19歳の彼女が最年長であった。

 前述のように主将にも任じられており、協会からの聞き取り調査に対して、本人も飲酒・喫煙は「プレッシャーに耐えかねた」ためであったと弁明したらしい。

 この点についても、情報が錯綜しているのだが、色々読んでみると、早い時期から才能を示していた反面、よく言えば「我が道を行く」タイプだが、悪く言えば「自己チュー」で、とりわけ素行については中学生時代から問題視する向きもあったらしい。今次の問題にせよ、協会に「通報があった」ことが発端であると、協会自身が認めているが、代表チームの内部で不協和音が聞かれたということなのだろう。

 いずれにせよ主将が辞退した結果、代表チームは4人で本番に臨まざるを得なくなった。ケガや病気以外の理由で、代表選手の交代は認められないそうだ。

 これだと、苦手な種目は出場回避するということが不可能になり、かなりの減点要因になるだろう、と当初は報じられていた。

 しかし結果は、16歳の選手2人の奮闘もあり、8位入賞。

 すると途端に、

「心は5人で闘っていた」

 などと、美談に仕立てるメディアが続出したのである。

 通報したのは誰か、などと今さら詮索することに意味はないと思うが、ここでも、代表チームの人選それ自体、問題はなかったのか、と追求するのがメディアの役割ではないだろうか。

 つくづく不毛な騒ぎであったと思えてならないが、協会にもまともな人はいるようで、

「彼女が次の五輪(2028年ロサンゼルス大会)を目指すのならば、全力でサポートしたい」

 とのコメントが聞かれたことは救いであった。

 私も、個人的な考えながら、是非ともそうしてもらいたいと思う。つまり、次の五輪に出場して結果を出し、協会や色々なこと言った人たちを見返してもらいたい。

 女子体操選手の全盛期は10代、などという話もよく聞かされるが、それは個人差もあろうし、早計には決めつけられまい。

 彼女の大先輩に当たる田中理恵さんは、中学生時代から「未来の日本代表」と称されていたが、高校時代は伸び悩んだ。アイドルばりの容姿ばかりが注目されて成績はいまひとつ、という時期が続いたのである。

 2008年の北京五輪出場を逃した歳は、引退も真剣に考えたと聞くが、次なる2012年ロンドン五輪には、兄、弟と3人きょうだいで同時出場、という、日本体操界始まって以来の快挙を達成した。

 この時、彼女は25歳。

 間もなく20歳になるというくだんの選手(先のことは分からないので、当人の将来をおもんばかって、本稿では実名は伏せた)には、まだまだ無限の可能性がある。

 次の大会は、心だけでなく本当に、5人で闘ってもらいたい。

トップ写真:パリ五輪の体操女子団体決勝で紹介される日本チームのメンバー(2024年7月30日 フランス・パリ)出典:Naomi Baker/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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