深圳日本人男児殺害事件 日中関係に暗い影
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#39
2024年9月23-29日
【まとめ】
・深圳で日本人男児が殺害され、日中関係悪化。
・中国政府の対応遅れ、情報開示不足が問題。
・日本国内で中国への警戒感高まる。
先々週一週間のワシントン出張で生じた時差ボケの調整もあり、先週はできれば「ボーーっ」としていたかったのだが、やはり世の中はそんなに甘くなかった。中でも最も心を痛めたのが、18日の深圳日本人男児死亡事件だ。犠牲となった男児のご家族のことを思うと、今でも心が張り裂けそうだ。心からご冥福をお祈り申し上げる。
それにしても、中国側の対応の悪さは何だ!?改めて世界で中国が嫌われていく理由が分かった。深圳といえば筆者も今年の5月に出張してきたばかり、日本人も数多く住んでいる。旧知の現地日本総領事が悲痛な表情で記者団に説明する姿をテレビで見て、改めて事の重大さを思い知った。今、中国では何が起きているのか。
筆者の見立ては今週のJapanTimesに英語の小論として寄稿した。見出しだけ書けば、「遂に起きてしまった」「怒りを忘れた日本人」「事件が米国で起きたら」「心無い中国SNS投稿」「動機や背景は発表できない」「荒れ始めた中国社会?」である。詳細は英語版をご一読願いたいのだが、ここでは「さわり」だけご紹介しよう。
今回だけでなく、3か月前にも江蘇省蘇州で日本人学校のスクールバスが刃物を持った男に襲われ、日本人親子が負傷している。その直前には米国人を狙った殺傷事件が吉林省で起きている。しかし、中国側は事件の背景など詳細を一切発表していない。いや、恐らくは「発表できない」のだろう、と思う。
深圳の事件に関し、中国外交部報道官は「どの国でも起きる可能性がある」と述べたそうだ。いやいや、「普通の国」ではこんな「情報統制」は決して起きないぞ。だから中国は嫌われるのだ。仮に米国で中国人学校に通う10歳の中国人男児が襲われ殺害されたら、中国人はどう感じるだろうか。よく考えてみて欲しい。
事件直後、中国外交部報道官は一応、「遺憾と哀悼」の意を表した。だが、昨日ニューヨークで行われた日中外相会談では、報道を見る限り、中国側が「遺憾と哀悼」を表明したとする記事はなかったように思える。中国当局の責任逃れと感受性欠如はかくも深刻だ。どうしてこんな簡単なことが分からないのだろうか。
中国の一部SNS投稿には「日本人学校はスパイ養成学校」「日本の歴史認識や対中姿勢が事件を引き起こした」「日本でも中国人を狙った襲撃事件は多い」などとする書き込みもあったという。中国側は動機や背景を発表できない。正直に言えば、中国政府にとって都合が悪いからだろう・・・。不愉快だから、このくらいにしよう。
民主党の代表選で野田元首相が党首に返り咲いた。自民党の総裁選は三つ巴状態で、専門家でも予測がつかないという。如何なる結果になっても、筆者の見立ては変わらない。今の日本内政も欧州や米国と基本的構造が似ていること、誰が総理総裁になっても、政権の運営は決して容易ではないこと、の二つである。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
9月24日 火曜日 国連総会始まる
9米下院外交委員会、ブリンケン国務長官の下での米軍アフガニスタン撤退についての公聴会開催
9月25日 水曜日 国連でG-20 外相会合開催
先週に続き、ジャンムー・カシミール州 (インドとパキスタンの元係争地で、以前はインド最北部に存在した州)で議会選挙(第二期)
仏大統領、カナダ訪問
9月26日 木曜日 国連でBRICS+外相会合
ウクライナ大統領訪米、米大統領とホワイトハウスで会談
イタリア、G-7農業大臣会合を主催
9月27日 金曜日 自民党総裁選
国連でG-77外相会合
9月29日 日曜日 オーストリア、議会選挙
9月30日 月曜日 国際司法裁判所、ガボンと赤道ギニアの国境問題で公聴会
最後はいつものガザ・中東情勢だが、最近南レバノンのヒズブッラに対するイスラエルの軍事攻勢が激化しているのが気になる。先週、イスラエル軍はラファ市街地を完全掌握して昨年10月から続く対ハマース軍事作戦が「一つの節目」を迎えたと書いたが、これらの動きも一連の作戦の一部なのだろう。筆者の見立てはこうだ。
●先週のヒズブッラが調達した大量のポケベルと無線機が相次いで同時爆発した事件は、現在行われている対ヒズブッラ作戦の第一段階だった可能性が高い
●何度も書いている通り、ネタニヤフ首相は少なくとも11月5日まで政策変更する気などさらさらなく、南レバノンでの作戦は今後も長く続くだろう
●一方、これでヒズブッラが対イスラエル攻撃を断念する可能性は少なく、本音はイスラエルとの全面戦争を避けたいヒズブッラも戦闘を続けざるを得ないだろう
●米国主導による「停戦案」の模索は続いているだろうが、イスラエルが「フィラデルファイ」回廊への軍駐留を断念する可能性は低い
●ネタニヤフ首相に長期的な戦略があるとは思えないが、これまでもその天才的な政治戦術で内政危機を生き延びてきた男だけに、今後も粘り腰を続けるだろう
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:深圳の市内 (イメージ)出典:Tuul & Bruno Morandi/GettyImages
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。