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.国際  投稿日:2024/8/15

中国の「過剰生産能力」を巡る議論


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#33

2024年8月12-18日

【まとめ】

・EC委員長や米財務長官などが中国の過剰生産を厳しく批判。

・中国は、世界経済をリードする地位を得たのは比較優位と市場法則の結果だと主張。

・しかし、市場の消費量を遥かに上回る生産を行う結果、中国経済は雇用喪失といった負のループに陥る危険性がある。

 

今週は夏休みを取ろうと計画していたが、肝心のESTAが切れていた。何たるドジ、何たる浅はかさだが、仕方がない。皆さま、VISAやESTAには期限がありますぞ、お気を付け遊ばせ。てな訳で、今週はお盆の真っ最中なのに、休暇の計画が全て一日遅れてしまった筆者。情けない話だが、このカレンダーだけは書かないと・・。

さて、気を取り直して・・・、今週は中国経済を取り上げる。これまでも経済が専門でないことを良いことに、中国経済の将来について勝手なことを書いてきた。今日もその続き、ということで、今回はズバリ、「中国経済低迷論、中国技術脅威論」、中でも中国の「過剰生産能力」に関する中欧米間の議論を取り上げたい。

最近EC委員長や米財務長官などが中国の過剰生産を厳しく批判している。それに対し、中国側は何と経済学の「比較優位」論で反論した。昔なら想像もできなかった展開ではあるが、時代は変わったものだ。それはさておき、中国政府側の反論は次の通りである。若干長くなるが、暫くお付き合い願いたい。

「中国は近年、供給側構造改革に力を入れ、新たな質の生産力の育成を加速している。電気自動車(EV)、リチウム電池、太陽光パネルを含む中国の新エネルギー産業の急速な発展は、持続的な技術革新、整った産業・サプライチェーンシステム、及び十分な市場競争を基礎に築かれたものであり、リードする地位を得たのは比較優位と市場法則の結果であり、いわゆる『補助金』によるものではない。関連産業の製品の主要供給先は国内市場であり、大規模な対外輸出を行っているわけではない。それとは逆に、米国は・・・経済・貿易問題の政治化や道具化を行っており、これは典型的な政治工作だ。」

筆者が信頼・尊敬する中国在住の日本人エコノミストも、「彼我の認識のギャップは広がっている」「欧米には認識不足や都合の良い期待がある」「制度を総合的に精緻に分析する視点や、企業経営の行動を論理的に分析する視点は一般に弱い」などと鋭く指摘していた。うーん、どっちが正しいのか、最近まで筆者も判断に迷っていた。

ところが先週、米外交専門誌Foreign Affairsの最新号に掲載された「中国の真の経済危機、北京はなぜ失敗モデルをあきらめないのか」と題する論考を読んで、ようやく幾つかヒントが得られた。著者は米外交評議会(CFR)フェローで、中国出身の経済学者Zongyuan Zoe Liuである。

彼女は「多くの重要な経済分野において、中国は自国や海外市場が持続的に吸収できる生産量をはるかに上回る生産」を行った結果、「中国経済は価格下落、債務超過、工場閉鎖、ひいては雇用喪失という破滅のループに陥る危険性」があると分析した上で、これはコロナ禍後の一時的な現象ではなく、中国共産党の伝統的な画一的産業政策に由来するという。党中央の指導の下、各地方政府や企業が最先端ではない技術を使い、手っ取り早く結果(生産量)を出す熾烈な競争を繰り返すため、結果的に国全体としては過剰生産になってしまう、と論じている。

なるほどねぇ、少し見えてきた。「過剰生産能力」についても、ミクロ経済で見れば、各企業・地方政府は自己利益を最大化するため合理的な行動をしている。他方、マクロ経済から見れば、全体としては制御不能の「過剰生産」になってしまうのか。これを経済学では「fallacy of composition(合成の誤謬)」と呼ぶ、と確か昔学んだことがある。

続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。但し、今週も夏枯れは変わらない。

8月13日 火曜日 パレスチナ大統領訪露、露大統領と会談

8月14日 水曜日 タイ憲法裁判所、収賄で懲役刑の有罪となった閣僚を任命したタイ首相の行為の違法性につき判断

パレスチナ大統領、トルコ訪問(2日間)

スーダン内戦に関する米主導の交渉、ジュネーブで開催

キリバスで総選挙

8月15日 木曜日 イスラエルとハマースの停戦交渉が再開?

8月19日 月曜日 サンマルタンで総選挙

最後にいつものガザ・中東情勢だが、今週の焦点はイランの対イスラエル報復攻撃の有無とそのタイミングである。7月31日にハマース政治部門の最高幹部ハニーヤ氏がテヘランで殺害され、イランがイスラエルへの報復を宣言してから、もう2週間経つ。欧米諸国はイランに「自制」を求めているが、「はい、そうですか」と素直に応ずるイランではない。報復は時間の問題だろう。

真の問題は、報復の「時期、対象、目標の場所、使用する兵器等の詳細」だと先週書いた。あれから一週間経っても大規模な動きがないということは、イラン国内でもかなり意見が分かれているのだろう。下手にイスラエル側に死傷者が出れば、今のイスラエルであれば、何をするか分からない。これがイスラエル流の「抑止」力なのだ。

恐らく米国もイランに対し、米軍直接介入の可能性を仄めかしているだろう。「早ければ今週中にも」イラン側の報復があると米国筋は見ているらしいが、状況は流動的であり、予測のしようがない。イラン側も「イランは主権を守るために認められた権利を行使し、誰の許可も求めない」と言っているそうだ。これに嘘はないだろう。

以前から申し上げている通り、イランとイスラエルの一方もしくは双方が「誤算」を犯せば、最悪の場合、中東全域での大規模な衝突・戦闘に発展する。その場合、紅海だけでなく、ペルシャ・アラブ湾岸水域までもが戦闘区域となる可能性は否定できない。戦争の多くは「誤算」から始まるのだが、今回はその例外であることを祈ろう。

最後に殺害されたハニーヤ最高幹部について一言。ハニーヤは1962年、ガザの難民キャンプ生まれ。ガザ・イスラーム大学でアラビア文学を専攻し、87年に卒業したが、89年から3年間イスラエルで投獄され、92年にはレバノンに国外退去させられている。

ところが93年にはガザに戻り、イスラム大学の学部長に任命され、97年にはアフマド・ヤースィーン事務所の責任者に指名された。要するに筋金入りの反イスラエル活動家なのだ。その後多くの同志が殺害される中、ハマース内でのハニーヤの地位は徐々に高まっていったそうだ。

2024年4月、イスラエル軍はガザで作戦部隊に所属していたハニーヤの息子3人を殺害し、孫4人も死亡したという。さらに6月にはイスラエル軍によるガザ地区への空爆により、親族10人も死亡したと報じられた。残りの親族の中からハニーヤの後継者が育っていくことだけは間違いなかろう。これでは戦闘は永久に終わらない。

何度も言うが、ネタニヤフは11月の米大統領選まで下手な妥協はしないと決めているのではないか。万一、停戦が成立すれば、次に問われるのはネタニヤフ自身の政治責任だからである。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:習近平国家主席と代表団がイタリアのジョルジャ・メローニ元首相と会見する様子(2024年7月29日、北京)出典:Photo by Vincent Thian – Pool/Getty Image




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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