ロシア派兵の賭けに出た金正恩
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮がロシアに現在まで3000人余りを派兵し、12月ごろには計1万人余りを派兵すると予測。
・「朝露包括的戦略的パートナーシップ条約」による具体的行動として注目。
・北朝鮮のロシアへの派兵は、危機脱出を狙う金正恩にとって大きな賭け。
韓国の国家情報院(国情院)は10月18日、ウクライナ侵略のロシア軍の中に北朝鮮軍人と推定される人物が活動する写真を公開した。写真にはドネツク地域近隣にある北朝鮮版イスカンデルミサイル、すなわち「KN-23」の発射場で、ロシア軍人と並んで座っているロシア軍服装の東洋人が映し出されていた。
国情院は「我々のAI(人工知能)顔認識技術で分析した結果、この人物が、昨年8月に金正恩総書記が戦術ミサイル生産工場を訪問した際に随行した軍のミサイル技術者であることが確認された」と明らかにした。
この情報発表後、国情院は次々と北朝鮮のロシア派兵情報を公開した。
10月19日、国情院は、北朝鮮が特殊部隊「暴風軍団」の4個旅団合計1万2000人規模の兵力をウクライナ戦争に派兵することにし、すでに1500人あまりがロシア極東ウラジオストクに移動したことを確認したと発表した。そして23日には、国会情報委員会の非公開懇談会で、北朝鮮がロシアに現在まで3000人余りを派兵し、12月ごろには計1万人余りを派兵するという予測を明らかにした。派兵の報酬は、1人当たり月2000ドル(約30万円)水準だとした。
北朝鮮兵士にはウクライナ戦への参戦を隠すためロシア軍の軍服や武器が支給され、容貌が似ているヤクート人やブリヤート人の身分証が与えられ、ロシア内の多数の訓練施設に分散され、現地適応中だという。
ウクライナのゼレンスキー大統領も17日、「北朝鮮がロシア側に立ちウクライナと相対して戦う兵力1万人ほどを準備しており、一部北朝鮮軍将校はすでにロシアに一時占領されたウクライナ領内に配置された」と話した。またウクライナ軍筋は10月24日、ロシア東部の演習場で訓練を終了した北朝鮮兵約2000人が、ウクライナ国境に近いロシア西部に向けて列車などで移動していると共同通信に明らかにした。ウクライナが越境攻撃を行っているロシア西部クルスク州には10月初めごろ、北朝鮮軍の士官らが先遣隊として既に到着し、受け入れ準備を進めていることも判明した。
慎重に調査を進めていた米国も23日になって北朝鮮兵の派兵を認めた。オースティン国防長官は23日、「我々は、北朝鮮が派遣した兵士がロシアにいる証拠を確認している」と述べた。米国政府の高官が北朝鮮の兵士がロシアに派遣されていることを認めたのは初めてだ。オースティン長官は、「彼らがいったい何をしているのかはまだ分からない。解明しなければならないことがある」 と話した(TBS NEWS)。
■ 朝ロは事実上血盟関係に、金与正は派兵への言及避ける
北朝鮮が、砲弾と弾道ミサイルを支援する水準にとどまらず、大規模兵力をロシア前線に送ったのは国際法を真っ向から破る違法参戦行為だ。この国際法に反した挑発は、金正恩とプーチンが6月に平壌で結んだ「朝露包括的戦略的パートナーシップ条約」による具体的行動として注目される。
今回北朝鮮は、朝ロ条約第4条に基づくロシアの求めに応じて「軍事同盟」レベルで行動し始めた。韓国大統領室の関係者は「北の派兵で朝ロは事実上血盟関係を結んだということ」とし「6月とは状況が大きく変わった」と説明した。
この行動は、北朝鮮が国際法上の戦犯の隊列に合流したものと言える。昨年2月に国連総会は、ロシアのウクライナ侵攻1周年に合わせて、圧倒的多数の加盟国の賛成でロシアの無条件即時軍撤収を決議した。また国際刑事裁判所(ICC)は同年3月に戦争犯罪容疑でプーチン大統領に対する逮捕状を発行している。
ロシアに対する武器支援報道にはすぐさま「ねつ造」と主張していた北朝鮮だが、21日に国連本部で開かれた国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障)で、ウクライナ政府代表の発言に対する答弁権を行使し、「わが代表部は主権国家間の合法的かつ友好的な協力関係を損ない、わが国のイメージを汚そうとする根拠のない見え透いたうわさについて言及する必要性を感じない」と述べた。
ロシアへの派兵を否定した形だが、しかし22日に発表した金与正談話では、韓国とウクライナを口汚く非難したものの、「ロシア派兵説」に対する言及を避けた。
■ 金正恩の狙いは体制危機からの突破
北朝鮮側の狙いについて、韓国の軍事関係者は「体制の危機からの突破口を求めて金正恩政権が、使える最後のカードを使った」と指摘している。北朝鮮は、ウクライナのロシア侵略軍との戦いを「米国を始めとした帝国主義との戦い」と位置づけており、この戦いを国内結束に利用しようとしている。また、派兵の報酬や見返り支援で軍事・経済力を強化してロシアと共同して韓国を脅迫しようとしている。
この北朝鮮の狙いに呼応してロシア外務省は、平壌上空に出現した無人機(ドローン)に対して事実確認もせずに「韓国の挑発的行動」と断定し、「北朝鮮が侵略されれば軍事援助をする」という立場を公然と示した。北朝鮮兵の実戦訓練に加え、もしもロシアが派兵の見返りとして、北朝鮮への偵察衛星、原子力潜水艦、核兵器技術などの供与に踏み出せば、韓国だけでなく日本を含めた東アジアの安全保障にとって大きな脅威となる。
■ 注目される韓国の対応
そうしたことから、韓国の尹錫悦大統領は18日、北朝鮮のロシア派兵に関連して緊急安保会議を主宰した。大統領室は「朝ロ軍事密着が派兵にまで至った現状は韓国だけでなく国際社会に向けた重大な安保脅威」と伝えた。そして21日には、「ロ朝軍事協力の進展に伴う段階別措置」について、ロシアの行動により程度を高めながら必要な措置を取るとした。
これを受け、大統領室の金泰孝(キム・テヒョ)国家安全保障室第1次長は22日の会見で、「政府は北朝鮮の戦闘兵力派兵に伴うロ朝軍事協力の進展推移により段階的対応措置を実行していくだろう」と強調し、ウクライナへの武器支援については「段階別に攻撃用も考慮することができる」と明らかにした。ただウクライナに対する武器支援は、数十年間維持してきた対ロシア政策の大転換を意味し、戦争の火種が朝鮮半島にも及ぶ可能性があるため、「最後の選択肢」になる見通しだ。
北朝鮮のロシアへ兵が、金正恩体制にとって吉と出るか凶とでるか?多分凶と出るだろう。北朝鮮兵士の戦死・捕虜情報が露出すれば北朝鮮国内の結束は揺ぐ。また派兵兵士が外部情報に接することで大量の脱走も予想される。そしてロシアが敗北でもすれば金正恩は壊滅的打撃を被る。いずれにせよ北朝鮮のロシアへの派兵は、危機脱出を狙う金正恩にとって大きな賭けであることは間違いない。