国民はやはり中道を選んだ 政治の季節の隙間風 その3
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「政治の季節」
【まとめ】
・ 選挙結果は、有権者が立憲民主党に政権を託すほどではないと考えていることを示した。
・ 自民、共産、維新は議席を減らし、特に共産党は腐敗告発にもかかわらず支持を広げられなかった。
・有権者は中道的な政治を求め、極端な政策よりもバランスの取れた政策を望んでいる。
前回の『自公は〈本当は〉負けていないかも知れない』というタイトルに、違和感を覚えたという読者も、おられるかも知れない。ほぼ全てのメディアが、自公が過半数を割ったことを「惨敗」と表現しているので、それも致し方ない、とは思う。
ただ、これも前回述べたことの繰り返しにはなるが、有権者は、立憲民主党を軸とする勢力が政権を取ることまでは望んでいなかったと見るのが妥当で、そのことは選挙結果からも明らかなのではないかと、私は考える。たとえば国民民主党だが、多くの候補者が小選挙区と比例区に重複立候補していた。小選挙区で落選した場合でも、得票率次第で「比例復活」が可能になる制度であるが、逆に当選した場合は、比例名簿からは自動的に削除される。
ご案内の通り今次の総選挙で、同党は改選前から4倍増となる28議席を得たが、多くが小選挙区で当選を果たしたため、比例区の候補者が足りなくなる、という事態を招いた。この結果、比例北関東ブロックでは1議席が公明党に、東海ブロックでは2議席が立憲民主党と自民党に渡ることとなったのである。
本気で政権交代を見据えるか、少なくとも政治状況を一変させようとの気概があったなら、こういうことにはならなかったのではないか。
もうひとつ、野党の中では日本維新の会(以下、維新)が改選前の44議席から38議席にまで減った。私が、いわゆる改憲勢力の退潮が顕著だと述べた理由のひとつが、これである。
もともと「大阪維新の会」を母体にした地方色の強い政党で、今次の選挙では、近畿地方以外の選挙区では苦戦せざるを得なかったのだが、それ以上に、憲法改正を強く主張する自民党保守派の「補完勢力」などとまで呼ばれていた政治姿勢に、有権者は厳しい判断を下した、ということであったと思えてならない。
憲法改正(=自主憲法制定)は自民党にとって結党以来の悲願、とよく言われるのだが、実際のところはと言うと、吉田茂以来「保守本流」と呼ばれた勢力は、日米安保体制を堅持して「共産主義の脅威」への対応は米軍に頼り、軍備にはあまり金をかけずに経済的繁栄を追求するという政策をとってきた。
もちろん、70年以上の歴史の中では、憲法改正を強く主張する政治家が党内で主導権を握ることもあったが、そうした人たちは、一般に保守よりもむしろ右派と呼ばれていたのである。このように、保守からリベラルまで幅広い人材を擁して、その時々で政治色を変えてきたことこそ、自民党がこれまで総選挙で勝ち続けてこられた、最大の理由であろう。これは私一人の意見ではなく、わが国の政治状況について取材した海外のジャーナリストたちは、多くが同様の見解を開陳している。
話を今次の選挙結果に戻して、野党では維新だけでなく共産党も議席を減らした。ただ、こちらについては少々込み入った経緯もあるので、維新と同一に論じるのはいかがなものかと私は思う。
もともと自公が大敗したのは、派閥のパーティー券を利用した裏金作りが明るみに出たからだが、そのきっかけは2022年11月6日付『しんぶん赤旗』のスクープであった。当初は、政治資金報告書などを精査した結果、派閥と議員のカネの出入りが合わず、一部が裏金になっている疑いがあるとして、検察に告発したというものだった。そして23年秋からは検察も動きはじめ、現職国会議員が逮捕されるなど与党内を震撼させる辞退となったのである。
さらには今次の選挙期間中、やはり『しんぶん赤旗』が、自民党が裏金問題を理由に非公認とした候補者の選挙事務所にも、後任候補と同額の2000万円を振り込んでいたことをすっぱ抜いた。これで自民党がさらに追い詰められた事は言うまでもない。
しかしながら、このように政治腐敗を鋭く告発し続けた功績が、同党への支持にまでは結びつかず、逆に改選前の10議席から8議席に減らしてしまった。やはり、共産党という名前には「旧東側」のイメージがあって、有権者の中にある「共産主義アレルギー」は、結構根深いものなのだろう。実はだいぶ前から、ヨーロッパの共産党組織のように党名を変更してはどうか、といった声が聞かれるのだが、同党の刊行物(サイトを含む)を見る限り、今のところその気はないらしい。
また、立憲の指導部が交代したこと結果、選挙協力がご破算になったという事情もある。前回、3年前の総選挙では立憲、国民、そして社民党との選挙協力が実現したため、全289選曲のうち候補者を105人に絞って臨んだ。沖縄1区の赤嶺氏を除いて全員が落選したのだが、供託金没収(得票率10%未満)の対象となったのは44人であった。募集された総額は1億3200万円である。
これに対して今回は、前述のように立憲の新執行部が共産党との協力を否定したため、戦略を転換し(と言うよりは従前に戻って)、213人もの候補者を立てた。全選挙区の7割以上、前回の倍である。しかし結果は、沖縄1区を除いて選挙区では全敗。143人が供託金300万円の全額を没収された。総額4億2900万円にもなったという。
今さらながらだが、共産党との協力をご破算にした、立憲と国民がこのくらいの覚悟をもって選挙に臨んでいたならば、自公をさらに追い込むことができただろう。ただちに政権交代した方がよかったか否かは、早計に答えが出せる問題ではないが、野党の「本気度」が有権者とりわけ無党派層にはまるで伝わらず、それが政権交代を阻んでいるという事実は争えないと思う。
私の大好きなサッカーにたとえて言えば、共産党が左サイドを突破して絶妙なクロスを上げたのに、立憲のヘディングは届かず、国民に至ってはこぼれ球をシュートしようとして空振り、というようなものだ。
一方、維新とは対照的にリベラル派の中でも消費税廃止や脱原発など、かなり尖った主張をしてきたれいわ新選組は、3改選前の3議席から9議席へと躍進した。共産党より多くなった。さらに言えば、自民党総裁選で石破氏を逆転勝利に導い岸田前首相のグループも、自民党内にあってはリベラル色の強い集団である。
したがって今後の政局運営は、安倍政権との比較で言えば、はるかに中道色の強い政策を打ち出して行かざるを得ないだろう。これに我慢ならないとして「シン安倍派」が反旗を翻す可能性もなくはないが、前回述べたように、蓋然性は低いと思う。『日本人の選択 総選挙の戦後史』(葛岡智恭と共著・平凡社新書 電子版アドレナライズ)など。様々なところで繰り返し述べてきたが、日本の有権者は断じて愚かではないと私は考える。
次回、もう少し具体的に。
写真)立憲民主党代表野田佳彦氏の演説に耳を傾ける聴衆 (2024.10.15 日本 明石)
出典)Photo by Buddhika Weerasinghe/Getty Images