トランプ氏はなぜ勝ったのか ドーク教授の分析 その10 アメリカの左翼と日本の保守
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・日米関係は共産主義に対する反対の上に築かれていた。
・しかし現在米国の共産主義と戦う意欲は減り、キリスト教と戦う意欲が高まっている。この動きは中国と共通する。
・日本がこのジレンマを回避するには、米国を追従するのをやめ『戦後体制からの脱却』を加速させるべき。
古森義久「これまでアメリカの社会や政治の大きな潮流の変化、さらにはヨーロッパでの似たような流れについて、きわめてわかりやすく、同時に重要な考察をうかがってきました。そこでどうしてもさらに考えてしまうのは日本への影響です。アメリカという超大国は日本の安全保障面での支えである同盟国です。その同盟国の内部での思考や倫理の変化はその対外政策にも波及して、その結果が日米関係に反映され、日本側での変化にもつながりかねない、とも思います」
ケビン・ドーク「アメリカでの文化の左傾化は日米関係にとっても深刻な課題です。 もちろん戦後の成功した日米関係は共産主義に対する共通の反対の上に築かれました。同時にそれはアメリカの強いキリスト教文化に基づく立場と、日本側の中国の共産主義に対する激しい闘争の近代史に基づく立場の上にも築かれてきました。しかし、今日のアメリカでは冷戦が終結したので(世界の他の場所では終わらなかったとしても)、共産主義と戦う意欲が減ってしまい、キリスト教と戦う意欲がはるかに強くなっています。
キリスト教に対する闘いはアメリカの左翼が進め、しかも中国と共有している動きでもあるのです。中国はキリスト教との闘いを地政学的な見地から進めていますが、アメリカの左翼は個人的な、自叙伝への態度のように、進めています。しかも両者とも今日の世界での最大の脅威は共産主義ではなく、キリスト教だとみなしているのです。それでは日本国民はどうなるのでしょうか。
日本人はアメリカ人よりも価値観が保守的であることは広く知られています。キリスト教徒の日本人は少ないですが、ほとんどの日本人はキリスト教に対してかなりの敬意を抱いています。(ヴォルテールの言葉を借りれば、『私はあなたの宗教には同意しないが、それを信仰する権利は守ります』ということでしょう)。
では、キリスト教を尊重する保守的な日本と、キリスト教を敵視する左翼のアメリカとの間の価値観のギャップが広がるのか。あるいは日本人がアメリカ人に追随して左翼側に入れば、日本は中国という共産主義帝国に吸収されることによってその生存を脅かされることになるのか。この中国というのは東アジアでの重大な脅威なのです」
古森「日本側でも戦後の長い期間、いわゆる左翼とされる、共産主義の思想や共産主義国家に共鳴するような勢力は存在してきました。しかしあくまで少数派のままです。さらにソ連共産主義政権の崩壊や中国での独裁主義の弾圧などにより、日本での古典的な左翼、つまり親共産主義勢力は力を失ったといえそうです。しかしアメリカ側での左傾化が日本にどんな影響を生むか、たしかに重大な課題ですね」
ドーク「この重大なジレンマを回避するにはどうすればよいでしょうか? 日本はアメリカを模範例とみなして、アメリカのすることにただ追従するという態度はもうやめねばなりません。この方法は戦後のほとんどの期間、成功をおさめた戦略だったかもしれません。その理由は(1)アメリカが当時群を抜いて裕福な国であり、その富を日本と共有する意思があったこと、そして(2)キリスト教徒の多いアメリカは共産主義を宗教、とくにキリスト教に対する脅威と見なして反共産主義だったこと、などでした。
しかし今日、アメリカは以前ほど裕福ではなく、全世界的な防衛などの誓約は過度に拡散されています。そして私が強調してきたように、アメリカはますますキリスト教国家ではなくなり、ますます左翼のイデオロギーに支配されるようになりました」
古森「そうするとアメリカの左翼と日本の保守がぶつかりあう、などという事態も想定されるのでしょうか」
ドーク「そう、アメリカの左翼の思想は共産主義の中国と敵対する理由はないけれども、保守的な日本とは問題を起こすかもしれません。そして、アメリカのエリートの裕福で自己中心的な左翼たちは共産主義に抵抗することよりも中国で金もうけをすることに、より大きな関心を抱いています。もし中国がいま普通の市場経済の場であるならば、アメリカの左翼は中国市場から利益を得るために日本を飛び越えて、中国にどっと向かうでしょう。
しかし幸いなことに、現在、中国でのビジネスへの関心が冷え込み、日本への投資への関心が保たれているようにみえます。でも、この状況はいつまで続くのでしょうか。利益追求や市場状況は日米関係を成功させるための長期的な戦略ではありません。日米関係の成功は強固な共通の価値観に基づく必要があります。しかし、再び問わなければならないのは、今日、その価値とは何なのかということです。
いずれにせよ、日本は『普通の国』への動きを加速させるべきです。 もちろん、この目標は安倍晋三元首相によって最も明確に表現されてきました。 しかし日本を『普通の国』ととらえることは、これまであまりにも頻繁に、国内的な視点でしか考えられてこなかった。つまり憲法改正、とくに憲法9条の改正に重点が置かれ、日本が通常の民主主義国家のように軍事的に活動できるようになることを目指したわけです。それ自体はよい目標です。
しかし、『普通の国』になるための弧は、単なる憲法改正よりも広く、高い目標です。ただし、憲法改正はあくまで重要ではありますが、日本が普通の国になるためには、安倍首相が主唱した『戦後体制からの脱却』という処方箋に従わなければならない。そしてまた指摘しなければならないことは、この戦後体制の主要な要素は、アジア太平洋地域で覇権や指揮権を保持したいと欲したアメリカが、日本に対して課した軍事的、外交的な抑えつけだという点です」
(その11につづく。その1,その2,その3,その4、その5,その6、その7, その8, その9)