韓国とシリア、2つの国家の運命を分けた大統領の判断ミス
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#50
2024年12月9日~12月15日
【まとめ】
・韓国とシリアで大統領が誤算。韓国は戒厳令を撤回、シリアは政権崩壊。
・韓国は民主主義を維持したが、一方でシリアは独裁崩壊で力の空白が発生。
・独裁者は誤判断が多く、政治経験不足が混乱を招いたといえる。
先週は東西二人の「独裁的」な大統領が「トンデモない」誤算をやらかした。東アジアで韓国大統領が戒厳令を発令・撤回し、中東では政権崩壊でシリア大統領がロシアに逃亡した。どうやら、筆者がいつも言っている「『勢い』と『偶然』と『判断ミス』により政治家が『誤算』を繰り返す時代」が、遂に始まってしまったようだ。
詳しくは今週の産経新聞WorldWatchをご一読願いたいが、重要なポイントは、
・独裁者ほど判断ミスをしがちである。
・韓国、シリア両大統領は軍人でも政治家でもなかった。
ということに尽きるだろう。
この二人の大誤算、日本では韓国内政の混乱に注目が集まっているが、筆者の見る限り、欧米の知識人の関心事は圧倒的にシリア内政だ。
韓国の混乱は韓国内政上の大ニュース、このことを否定するつもりは毛頭ない。しかし、あの大統領の「ご乱心」判断の下でも、民主主義下の韓国軍は安易に動かなかった。立派だ、とすら思う。
今後も内政は混乱するが、韓国の民主主義は大丈夫だ。一方、シリア内政の混乱はもっと深刻で、世界史的・戦略的インパクトが違う。50年続いたアサド親子大統領のシリア統治の終焉は、少なくとも1978年のイラン革命に、恐らくは1989年のベルリンの壁崩壊にも、匹敵する国際政治の「ゲームチェンジャー」になり得るからだ。
2011年の「アラブの春」以降追い詰められたバシャール・アル・アサド(前ハーフィズ大統領の次男)大統領を支えたのはロシアとイラン。しかし、イスラエルとの長期戦闘で親イランのヒズボラ・ハマースが弱体化したためか、遂にイランはバシャールを支えきれなくなった。ロシアもウクライナで忙しく、シリアどころではなくなったのか。
こうした逆境でも父親ハーフィズなら、再びハマを都市ごと破壊し、反政府勢力を皆殺しにするまで戦い続けただろう。ところが、所詮「眼科医」の独裁者バシャールにはそこまでやる胆力も冷酷さもなかった。この親子による半世紀の統治が崩壊し、シリアに突然巨大な「力の真空」が生まれた。今後のことは、今は誰にも分からない。
いずれにせよ、正しい情報が上がらない独裁者ほど、戦略的判断を間違える。ほぼ同時期に、政治家や軍人としての経験・素養のない韓国とシリアの大統領が揃って失脚したのも偶然ではなかろう。しかも、残念なことに、世界にはまだ「独裁者」が数人残っているではないか・・・。この続きは今週の産経新聞をご覧頂きたい。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
〇12月10日 火曜日 ノーベル賞授賞式(ストックホルム)
・イスラエル首相、不正・汚職・信頼失墜の容疑に関する証言始まる
・欧州委員会委員長、モルドバ大統領と会談
・ドイツ首相、訪独中のセルビア大統領と会談
・英首相、キプロス訪問
〇12月11日 水曜日 米国務長官、下院外交委員会公聴会に出席
・アフガニスタン米軍撤退につき証言
・国連事務総長、南アフリカ訪問
〇12月12日 木曜日 英首相、訪英中の欧州理事会の新議長と会談
・国連事務総長、レソト訪問
〇12月13日 金曜日 G7首脳テレビ会合
・イタリア首相、訪伊中のパレスチナ大統領と会談
〇12月14日 土曜日 ジョージアで間接大統領選挙
・イタリア首相、訪伊中のレバノン首相と会談
最後はいつものガザ・中東情勢だ。シリアについては冒頭書いたので、ここではイスラエルに関する筆者の勝手な「仮説」をご紹介する。
現時点で事実関係は確認できないから、あくまで「仮説」だが、今シリアで実権を握りつつあるHTS(ハイアット・タハリール・アッシャーム、シリア解放機構)は少なくともイスラエルの傀儡ではない。
HTSの指導者アブー・ムハンマッド・アル・ジュラーニーはサラフィストのイスラム主義者らしいが、彼はイラクでの教訓を学んでおり、相当「賢い奴」だと思う。ちなみに新聞には「ジャウラーニ」とあるが、正確には「ジュラーニー」、つまり「ジュラーン=ゴラン高原」が正しいと思う。勿論、これは偽名で、本名ではないらしいのだが・・・。
いずれにせよ、HTSは各方面から支援を得ているようだが、特定の支援国があるとは思えない。そんな彼らでもダマスカスを陥落できた理由の一つは、アサド政権が人心を失っていたことに加え、今回の一連の戦闘でイスラエルがレバノンのヒズブッラとガザのハマースの戦闘能力を徹底的に叩いたからだと思っている。
どちらにしろシリア情勢は、一つ間違えれば、中東全域の大混乱にも繋がりかねない大事件だ。今はっきりしていることは、誰も来週のシリアを予測できる人がいないということぐらいか。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
写真)アサド大統領が国外に逃亡し、ダマスカスがシリア国軍に占領されたことを祝う反アサド派市民(2024年12月8日 ダマスカス、シリア)
出典) Ugur Yildirim/ dia images via Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。