「日本の専守防衛は危険」 ウクライナ戦争の教訓
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・ウクライナ戦争は新兵器や戦術で防衛態勢を変化させた。
・戦争研究所(ISW)の所長は日本の安全保障を警告している。
・ロシアと中国の協力が国際秩序を脅かしている。
ウクライナ戦争がアジア太平洋地域、とくに日本の安全保障にどんな意味を持つか――こんな点をいまのウクライナへのロシア軍の侵略の戦況について全世界でも最も引用されることの多いアメリカの有力シンクタンク「戦争研究所(ISW)」の所長に尋ねた。同所長の多様な回答のなかでも、とくに印象に残ったのは、ウクライナ戦争での新型の兵器や新式の戦術戦略が近代の戦争の性格を根底から変化させ、その極めて高い攻撃性や致死性は、防衛にまず専念するという日本の「専守防衛」策をかえって弱体かつ危険な安全保障態勢にしている、という警告だった。
ワシントン所在の戦争研究所(ISW)は現在のウクライナ戦争についてのその情報や分析を全世界のメディア、研究者、調査機関などにより引用、使用される頻度がきわめて高いことで知られるようになった。日本でもメディアだけでなく、政府関連の研究機関までが「ワシントンの戦争研究所によると」という形でその最新情報を転用している。
ISWは2007年にワシントンで国際軍事・政治専門の女性学者キンバリー・ケーガン氏により創設された。イラクやアフガニスタンでの戦闘に関し、公開情報だけに頼るという独特の手法で正確な情勢把握を公表してきた。ウクライナについてもロシアの2014年、22年の両侵攻での戦闘の分析で「全世界でも最も頻繁に引用される研究機関」と評されるようになった。
ケーガン所長はこの12月上旬、ウクライナ戦争のアジア太平洋地域への影響などの調査と研究のために日本財団の招きで来日した。日本側の安全保障分野での官民の専門家らと会見を重ねる日程のなかで筆者(古森義久)とも単独の会見に応じて、見解を語った。
ケーガン所長はウクライナ戦争のアジア太平洋や日本に対する影響については以下の骨子を語った。
「ロシアが中国、イラン、北朝鮮の協力を得て、単にウクライナの制覇だけでなく、アメリカ主導の国際秩序の破壊を目指すという点で日本やその他のアジア太平洋でのアメリカの同盟諸国、同志諸国への影響は巨大だといえる」
「中国の習近平主席が『ロシアに同調し、まずアジア太平洋での米側の安保態勢を崩し、覇権を確立し、台湾の武力統一を国家目標としている』と述べている以上、日本への中国の軍事脅威は現実的だ」
「ウクライナでの戦闘ではAI(人工知能)や無人機、電子戦争、サイバー攻撃など新技術を導入した新型兵器が攻撃性や殺傷力を増大した結果、従来の防御主体の国防態勢は弱体化した。日本も年来の専守防衛策ではこの新軍事情勢には対処が難しいだろう」
「日本も敵国からの先制に近い攻撃を防ぐためには、その種の攻撃を事前に阻むための抑止攻撃、防御攻撃の能力と態勢が必要となる。従来の防衛専門という態勢は時代遅れとなる。アメリカとともに臨戦態勢、戦時の精神構造を持つことが戦争への抑止となる」
以上の言明のなかでも、やはり日本の防衛にとっての意味という点が最も関心を惹かれるところだった。ウクライナ戦争にみられる新兵器、新戦略の展開は従来の攻撃と防衛という戦争の概念を変えてしまったというのだ。従来の防衛の概念で受け身に立っていれば、致死性や破壊力の高い先制攻撃によって、瞬時に回復不能のところまでの損害を受ける、そんな攻撃を防ぐためには敵の動きを察知しての予防攻撃も必要になり、攻撃と防衛の区分が曖昧となる――ケーガン所長の警告はこんな趣旨なのである。だから日本の専守防衛はもう実際に近代戦争では概念としてだけでも骨抜きになってしまった、ということだろう。
日本が専守防衛の原則に下に現代の先端兵器、つまりAI、電子戦争、レーザー攻撃、サイバー戦争、電磁波作戦などを装備しても、それらはもう年来の防衛と攻撃という線引きでは区別できない、ということでもあろう。
ケーガン所長はウクライナ戦争の現状と展望については以下の骨子を語った。
「ロシアはウクライナの完全制覇だけでなくNATO(北大西洋条約機構)の価値、さらにアメリカ主導の国際秩序や同盟関係の破壊を目指す点で日本の安全保障にも害を及ぼす」
「プーチン大統領はまだ当初の戦争目的を達成しておらず、現状では停戦交渉には応じないだろう」
「ロシア軍は一定の地域の占拠には成功しても、毎月3万人以上の死傷者を出している」
「ウクライナは年間150万機の無人機を自力で製造し戦場に送ったが、なお十分ではない」
「ロシアを停戦交渉に応じさせるには、戦場での損害をさらに多くさせることが効果的だ」
なお戦争研究所(ISW)のキンバリー・ケーガン所長の発言全体の詳細は以下のようだった。
★ウクライナ戦争はロシアという核兵器保有の大国がウクライナという独立国の主権を奪い、その背後にいるNATOの価値を否定し、さらにアメリカ主導の国際秩序を破壊しようとする点で国際情勢全体を変えようとする大変革の動きだ。
★ロシアのこの野望に中国、イラン、北朝鮮という諸国が程度の差はあれ、同調し、アメリカとその同盟国、有志国を敵視し、その絆を断とうとしている。この点でウクライナ戦争のアジア太平洋地域への影響は重大だといえる。
★とくに中国はロシアと反米基調を一体として、アジアでの覇権から国際秩序の改変までを目指している。その一環として台湾の武力制圧をも国家目標としており、その点で日本への軍事脅威も現実的だといえる。
★ウクライナの戦闘は双方が無人機、AI(人工知能)、電子戦争、サイバー攻撃など新型技術を導入した新兵器の広範な使用で致死性つまり殺傷能力や攻撃性が画期的に高まった。このため従来の防御型の安全保障態勢は弱体となった。
★日本もアメリカの軍事力を自国の防衛に取り込む同盟国だが、中国がウクライナ戦で登場した殺傷性や攻撃性の高い新型兵器を使うことを予測すると、従来の専守防衛的な安保体制は抑止力となりえなくなる。
★ウクライナ戦争の停戦や講和の展望はいまプーチン大統領が当初の目的をまったく達していない現状ではきわめて難しい。ウクライナの完全占領というその目的は国際的には受け入れ難い。だからロシアを停戦に応じさせるには戦場でのロシア側の損害を一定以上に増すことが現実策だ。
★ロシアはウクライナでの戦闘で毎月平均3万から3万5千人の死傷者を出している。プーチン大統領はそのほぼ同数の将兵を毎月、ロシア国内の非公式の徴兵で補充しようとしている。その補充が困難になった場合が一つの転機となりうる。
この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトへの古森義久氏の寄稿論文の転載です。
トップ写真:アスコルドの墓を見るマリーヤ・イェフローシニナさん(ウクライナ・キーウ、2024年11月21日)
出典:Photo by Kostiantyn Liberov/Libkos/Getty Images