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.国際  投稿日:2024/10/3

カマラ・ハリス候補はカメレオン政治家か その4(最終回)くるくる変わる政策


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・二転三転するハリス氏の政策、不法入国者対策から保険制度まで

・直接的な外交経験は無し、日本も政権誕生見据えた準備求められる

・副大統領候補は強固リベラル派のシャピロ知事、共和党との対比鮮明に。

 

しかし大統領候補としてのカマラ・ハリス氏に関してさらに心配されるのはハリス氏の政策の激しい変転である。不法入国者問題でもハリス氏は上院議員時代から不法入国を取り締まる移民税関局(ICE)の行動が過剰だと非難してきた。不法入国者の危険分子を拘束する拘置所の廃止や不法入国自体を犯罪だとはしない措置をも主唱してきた。ところがいまは不法取り締まり強化を唱えるのだ。

ハリス氏はアメリカ国内での石油や天然ガス採掘のフラッキング(水圧破砕)の全面禁止をも主張してきた。だが今回は明確にその主張を逆転させたことを発表した。

ハリス氏は上院で社会主義者を自認するバーニー・サンダーズ議員と歩調を合わせて、医療保険を全国民に広げる超リベラル法案を推進した。だが失敗し、いまは選別的な公的医療保険の現行制度を受け入れている。銃砲規制でもハリス氏は政府が民間の銃砲を強制的に買い入れるという大胆な法案を提起したが、やはり失敗した。

ハリス氏は2020年の大統領選の民主党予備選に出た際にも、この種の政策主張があまりに左傾、過激リベラルと批判され、早期に撤退した。だがいまは人工妊娠中絶への寛容な主張を中心に据えながらも、他の主要政策では180度に近い逆転が目立つのだ。

ハリス氏のこうした政策変転はフリップフロップ(頻繁な変転)とも評され、民主党支持ではない識者たちからは「カメレオン・ハリス」とも皮肉られる。だからこうした足跡に基づくいまの同氏への人気を「不合理な高揚」(オバマ大統領の元首席補佐官デービッド・アクセルロッド氏)と特徴づける向きは民主党側にも存在する。

ましてハリス氏には外交政策の実績や経験がない。この点を大手紙のウォールストリート・ジャーナルが8月9日の社説で「謎の最高司令官」と題して懸念を表明した。米軍の最高司令官ともなりうるハリス氏がいま最も危険な世界情勢についてなにを考えているのかまったくわからない、という論評だった。

とにかくハリス氏は対外的な戦略や外交、軍事問題などに直接にかかわった実績はない。当面はバイデン政権がとってきた対外政策に従うだろう。だが実際にハリス氏がアメリカの最高権威を有する大統領になって、外部世界とどう接していくのかは、まったく不明である。

ハリス氏はまして日本への政策に関与したこともない。日本の政界との接触も皆無に等しい。アメリカ側の民主、共和両党に共通する対日政策での日米同盟堅持という基本こそ守るだろうが、実際の具体的な政策となると、白紙の状態となる。だから日本側では万が一のハリス政権誕生にも備えて、事前の調査や準備は進めておくべきだろう。

ハリス氏が大統領選での副大統領候補に選んだミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏をも紹介しておこう。

ウォルズ氏は2019年から中西部ミネソタ州知事を務めてきた政治家で現在60歳。同州で高校教員として長年、働いた後、2007年から19年まで下院の民主党議員だった。全米レベルでの知名度はとくに高くないが、国政、さらに州政治では強固なリベラル派として知られる。

事前の予想ではハリス氏はペンシルベニア州のジョッシュ・シャピロ知事を副大統領候補に選ぶだろうとみられていた。同州がミネソタ州よりも大きく、競合州だからシャピロ氏とのコンビの方が集票上、有利だという選挙対策の理由からの推測だった。

だがハリス氏はユダヤ系で政策面でもより穏健なシャピロ氏よりも、ずっと左派のウォルズ氏を選んだ。この選択はハリス氏本来の強固な支持基盤の民主党内リベラル左派の重視だともされている。ちなみにミネソタ州は全米でもリベラル志向が伝統的に強く、1984年の大統領選挙では共和党のレーガン候補に歴史的な敗北を喫した民主党のモンデール候補が全米50州で唯一、勝利した州だった。

ウォルズ氏も下院議員、さらに州知事として公的支出を増やす「大きな政府」、人口妊娠中絶への寛容な態度、国防費の抑制など、リベラル政策の推進で知られてきた。白髪の外見こそ若さを感じさせないが、演説や政策論、有権者との接触では精力的な動きを発揮する。

なお共和党側はウォルズ氏が中国との交流が多かったことや、州兵時代に戦闘経験がなかったのにあったかのような発言を続けてきたことを取り上げて、批判の対象とし始めた。

総括としてはこのハリス・ウォルズ組のコンビは共和党側のトランプ・バンス組に対して、リベラル対保守の対比をいっそう鮮明にする構図となったといえる。

(終わり。その1その2その3

*この記事は雑誌「月刊 正論」2024年10月号に掲載された古森義久氏の論文を一部、書き直して転載しました。

トップ写真:集会を開くハリス候補(2024年9月29日ネバダ州ラスベガス)出典:Mario Tama/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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