ゴールデングローブ賞とUSスチール買収:日米で異なる報道、背景に「All Politics is Local」
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#01
2024年1月1-12日
【まとめ】
・ゴールデングローブ賞での「SHOGUN」受賞や日鉄によるUS Steel買収に関する報道は、日米で大きく異なる視点が強調され、互いの国民感情に影響を与えている。
・これらは、国内政治優先の視点が国際的な問題解決を複雑化させる典型例であり、日米間の溝を深めている。
・双方の判断が正しくても、全体の結果として中国に有利な状況を生み出しており、外部勢力が状況を利用する危険性が指摘されている。
今回が2025年新年初の外交安保カレンダーとなる。寒中お見舞い申し上げる。今年もご愛読宜しくお願いしたい。今年は新年早々、ニューオリンズとラスベガスで自動車による大事件が相次いで起きた。これが今年の米国内混乱の予兆とならないことを祈るしかない。
前者は有名なバーボンストリートでの暴走無差別殺傷事件でISIS系テロだと報じられ、後者はトランプホテル前でのイーロン・マスクのテスラ社製電気トラック爆発事件で、どうやら自爆事件だったようだが、未だ詳細は不明である。当初は多くのアメリカ人も連続テロ事件ではないかと疑ったようだ。2025年も「恐ろしい年」になるのか。
昨年の外交安保カレンダー第一号を読み返してみると、筆者は「もしかしたら『放電』ばかりしていたのではないか、しっかり『充電』ができていなかったのではないか、という反省」を書いていた。要するに、「充電」なければ「原稿」なし、ということなのだが、この思いは今年も変わっていない。うーーん、もっと精進しなければなあ、と思う。
今年最初に気になったのは日鉄のUS Steel買収事件とゴールデングローブ賞だ。両者は一見無関係だが、実は共通点がある。筆者がいつも言う「All Politics is Local」の典型例だと思うからだ。同じ事象が日米で全く違う形で報じられること自体はよくあることで決して驚かない。問題はこれが日米の溝になることであろう。
まずはゴールデンローブ賞から。SHOGUNが4部門受賞したことについて日本メディアは、「SHOGUNは昨年9月、エミー賞過去最多の18冠を獲得」したが、今回は「それをはるかにしのぐ快挙」で、「欧米やアジア、アフリカなど世界中の映画ジャーナリストが投票」するゴールデングローブ賞で「世界に認められた」と報じている。
ところがNewYorkTimesは同じゴールデングローブ賞関連報道でSHOGUNについて殆ど報じていない。写真入りでの受賞者紹介も殆どが米国人で、日本人は名前だけ、授賞式での真田広之氏の見事な英語によるコメントも一切報じられないのは残念だ。日本の報道ぶりとは大違いだが、これが米国人の一般的な見方である。
見方を変えれば、日鉄による米製鉄会社買収も同じだ。日本メディアは日鉄による「訴訟」準備を報じ、石破首相の「日本の産業界から今後の日米間の投資について懸念の声が上がっていることは残念ながら事実だ。重く受け止めざるを得ない」と述べたことを詳しく伝えている。
また、同首相は政府としてはコメントしないが、「懸念の払拭に向けた対応は米政府に強く求めたい」「なぜ安全保障の懸念があるのかということについてきちんと述べてもらわなければならない」などと言明したことも報じられた。だが、当然ながら、米側、特にバイデン政権の対応は正反対。要するに「All Politics is Local」なのだ。
どちらが悪いか議論しても溝は埋まらない。民主主義である以上、ある程度仕方のないことだ。タイミングはともかく日鉄の対応に不備はない、US Steelの経営陣の判断も正しい。一方、米国の労組は「日本側は勿論、米民主党政府も信用できない」といういう判断。トランプもバイデンも乗った。これを筆者は「合成の誤謬」と呼ぶ。
このままなら喜ぶのは中国政府なのだが、その判断は「合成の誤謬」の中には入って来ない。案の定、中国人民日報系の環球時報は、米大統領の日本製鉄による買収中止命令を1面で報じ、日本企業を「がっかりさせた」、「米国は疑問を持たれている」「バイデン氏は一部側近の助言を無視した」などと報じている。相変わらずだ。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。新年だからだろうか、静かなものである。
1月7日 火曜日 ガーナ大統領就任式
1月8日 水曜日 イラク首相、イラン訪問
EU外交トップ、ヨルダン外相と会談
1月9日 木曜日 レバノン議会、大統領選出?
1月10日 金曜日 ベネズエラ大統領の就任式
1月11日 土曜日 米国務長官、韓国、日本、フランス、イタリア、ヴァチカン歴訪から帰国
中国外交部長、ナミビア、コンゴ、チャド、ナイジェリア歴訪から帰国
1月12日 日曜日 コモロで議会選挙
クロアチア、大統領選家選投票
最後はいつものガザ・中東情勢だ。先週は「今は真の意味の『シリア再建』への序曲か、それとも更なる『シリアの悲劇』の始まりなのか?神のみぞ知る」と書いたが、先週、新政権を支持する勢力と元シリア政府軍の残党との間で戦闘が起きたと報じられた。詳細は不明だが、筆者のイラクの経験ではちょっといやな「前兆」である。
今週はこのくらいにしておこう。2025年が読者の皆様にとって実り多い年となることを祈っている。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)第82回ゴールデングローブ賞授賞式に出席する真田広之氏、アンナ・サワイ氏ら。 2025年1月5日 米国カリフォルニア州ビバリーヒルズ