「トランプ陣営の世界戦略がさらに明るみに」その3 中国こそが最大の脅威
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・AFPIの政策報告書によると、トランプ氏は大統領在任中に独裁的な国家との交渉で「取引的な外交」が役立つことを確認した。
・軍事力は必要とみなした場合には断固として行使するが、あくまで明確な条件を最初からつける。
・同報告書の最大焦点ともいえるのは中国に対する深刻な脅威の認識だった。
さてこの章はアメリカ第一外交のもうひとつの特徴として独裁国家への「取引的外交」を指摘していた。つまり中国、ロシア、北朝鮮、イランなどの独裁、専制かつ反米の国家が国際的に無法、無謀な行動に出ている場合、商業的取引、つまりtransactionのような態度で交渉にのぞむことも有利な結果をもたらすことがあるのだ、という。
「トランプ氏は大統領在任中にも独裁的な国家との交渉では取引的な外交が役立つことを確認した。ロシア、中国、北朝鮮のような国際的に乱暴な行動をとり、国内的には人権産圧をするような専制国家に対しては、ビジネス的な取引のように、これをしてくれれば、これを供する、というふうに相手に持ちかける。売ったり、買ったりのような態度が相手の意外な譲歩を引き出す場合がある、ということだ」
この種の取引にはときに金正恩のような独裁者をほめてみたりする要素も含まれるだろう。現実にトランプ氏は大統領時代に金正恩氏や習近平主席に対して「有能な指導者だ」とか「意外と好人物だ」という次元こそ低いが、明らかな褒め言葉を述べたことがある。これも相手の譲歩を引き出すための「取引的な外交」だったというわけである。
この章は軍事力の使用についてもトランプ陣営とバイデン政権との政策の違いを何度も強調していた。簡単に述べれば、トランプ陣営はアメリカの国民の命と国家の利益を守るためには選別的に軍事力を断固として使うが、バイデン政権はとにかく軍事手段を忌避するのだ、という趣旨だった。
「トランプ大統領は2020年の一般教書演説で『もし他の国家や集団がアメリカの国民を殺し、あるいはアメリカの国益を傷つけるような行動をとれば、米側からの軍事的な報復を避けることはできない』と述べた。
この原則の好例は米軍による2020年1月のイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官の暗殺だった。米軍の無人機により殺されたソレイマニ司令官はそれまでに直接、間接に多数のアメリカの軍人、民間人を殺害したことが確認されていた。
トランプ政権は発足当初からイラクやシリアを拠点としたイスラム原理派テロ組織『イスラム国』(IS)の壊滅を宣言していた。この組織がアメリカとの闘争を宣言して、実際にアメリカ国民の生命を奪っていたからだった。そしてトランプ政権は実際に米軍を投入して、ISの本部までを掃討し、その組織を破壊した。
このいずれの場合の軍事力行使も明確な原因と目的とを宣言し、条件をつけての選別的な軍事行動だった。第二次トランプ政権でも軍事力行使に関してはこの種の選別的、限定的な原則が保たれる」
要するに軍事力は必要とみなした場合には断固として行使するが、あくまで明確な条件を最初からつける、というのである。「無期限、不必要な戦争には巻き込まれない」という趣旨だった。
【中国を最大脅威とみなす】
この報告書の最大焦点ともいえるのは中国に対する深刻な脅威の認識だった。トランプ陣営の対外政策ではいまのアメリカにとっての最大の脅威は中国であり、米側はその脅威に対処することが切迫した責務だと警鐘を鳴らすのだ。
この中国への警戒は同政策報告書の第6章に詳述されていた。「共産主義・中国―アメリカ第一安全保障政策にとっての最大の脅威、そして総合的なチャレンジ」と題された章である。そのなかではアメリカに対する中国の挑戦、対決、侵食などが総合的に描かれ、米側の対応策や反撃策が記されていた。
この章の著者は中国研究のベテランで歴代共和党政権の高官ともなってきたスティーブン・エイツ氏と若手アジア研究者のアダム・サビット氏である。アメリカ第一政策研究所ではエイツ氏が中国政策部長、サビット氏がその補佐を務める。
報告書は中国についての総合的な位置づけをまず述べていた。
「中国共産党はアメリカの国家安全保障にとって30年以上前のソ連の崩壊以来、最も総合的な脅威を突きつけるにいたった。その中国とソ連の本質的な違いは中国共産党の方が経済的にも文化的にもずっと強く、しかもアメリカ国民の生活のほぼすべての側面に入り込んできてしまった、という点である
中国の巨大な軍事力の出現は海軍、空軍、核戦力の拡大で明確であり、台湾を軍事侵攻の姿勢で脅し、近隣諸国をも威嚇して、東アジア全体での広大な地域、水域の制覇を誇示するにいたった。この中国の軍事や経済の急速な拡大は過去40年間、そのほとんどがアメリカ側の経済や軍事の発展からの収奪に依存してきた。
中国のその米側の軍事や産業の戦略的な分野への侵入はほとんどがアメリカ側の消極性、さらには政治や経済のリーダーたちの認識や想像の不足によって達成されてきた」
(その4につづく。その1,その2)
*この記事は総合雑誌「月刊 正論」2024年7月号に掲載された古森義久氏の論文「トランプ陣営の『世界戦略』を知る」の転載です。
トップ写真:中国・北京の人民大会堂で行われた歓迎式典で、儀仗兵を閲兵する中国の習近平国家主席(左)とポーランドのアンドレイ・ドゥダ大統領。2024年6月24日。
出典:Photo by Pedro Pardo – Pool/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。