「ママをほめよう」

バースハーモニー美しが丘助産院
【まとめ】
・ママを積極的に褒め、感謝の気持ちを具体的な言葉で伝えることが大切
・産後のホルモン変化や疲労による心の不調を理解し、周囲が支えることが重要。
・優しい言葉やスキンシップがオキシトシンを分泌させ、家族全体の幸福感を高める。
「おめでとうございます。赤ちゃん元気に泣いてますよ。」
14時間のお産が終わり、ママへの労いと赤ちゃんが無事に生まれたことを伝えます。私が、助産師をしていて最高に幸せな瞬間です。同じお産はないと教わっていますが、何度経験してもふと素に返り心が震えます。この瞬間は、産んだ当人にとっては、人生で忘れることのない時間であり、時に事件が発生します。
産んだ直後、我が子を抱っこしたくないというママにお会いしました。私は、赤ちゃんの呼吸、循環に問題がないことを確認し、バースプランに書いてあった通り、赤ちゃんを胸の間に抱っこ出来るようにサポートをしようとしました。しかし、拒まれてしまいました。生まれたての赤ちゃんが尊すぎて、抱っこに緊張をする人や息をしているか心配する人はいますが拒まれる経験はこれまでありませんでした。
ご自身の体調が悪いのかなと思い抱っこしたくない理由を聞いてみました。「こんなに私頑張ったのに主人は赤ちゃんばっかり可愛いって言われて、赤ちゃんが可愛くなくなった」と答えてくれました。助産師として、産婦の称賛と労いは大事だと教わって来ましたが、こんなにダイレクトな本音を聞けたのは初めてでした。彼女は授乳でも、赤ちゃんを可愛いく感じられず、もともと母乳希望でしたが、ミルクで育てることになりました。
妊娠期・産後期のこころの変化として、マタニティーブルーと産後うつがありますが、これらは別の概念です。マタニティーブルーは産後の女性の30-50%が経験し、一過性で産後10日から2週間ほどで軽快します。入院中、産後のママのお世話をしに朝挨拶をしにいくと目を腫らして、話を聞くと涙が止まらない人はよくお会いします。産後うつは、時間が立てば解決するわけではなく、日常生活に支障が出ます。産後の女性10-15%が発症し、年々増加しています。
妊娠15週ごろ胎盤が完成し、エストロゲンとプロゲステロンが大量に分泌されるようになります。エストロゲンはそれ以降も大量に分泌されます。一方プロゲステロンも妊娠期間を通じて分泌され続けます。そして、赤ちゃんが生まれる前後でどちらのホルモンも急激に減少し、産後5日目で妊娠する前とほぼ同じ値になります。女性ホルモンであるこの2つのホルモンには、エストロゲンには抗うつ作用、プロゲステロンは抗不安作用とこころの状態を安定させる作用があります。このホルモンの乱高下や妊娠・出産に伴う疲労が回復されていないときに頻回授乳に伴う疲労も加わり、マタニティーブルー・産後うつが起こりやすい状態になります。
ここで大事になってくるのが、ママを兎にも角にも褒めること。妊娠・出産はどんなにつわりが辛くとも、お腹が大きくなって腰が重くなり動くのが大変なことも、赤ちゃんが生まれてくるのに大事な陣痛もどんなに愛していても代わることは出来ません。だからこそ、こっそりではなく、大胆にほめて、ほめて、ほめまくって下さい。出来るだけ具体的に感情をのせることが大事になります。
ほめ方を食事を作ってくれた場面を例に紹介します。
美味しい!◯◯が準備してくれたご飯美味しくて、今日の仕事の疲れも吹っ飛んじゃうよ!俺は幸せだな。今日もご飯準備してくれてありがとう。
このように感想をプラスな表現をふまえほめ、心からありがとうを伝えます。この時に◯◯に名前や愛称を入れるのがポイントになります。2人でいる時間が増えると二人称を入れずに話すことが増えるので特別な気持ちになります。時に、優しさでした行動が逆にママの逆鱗に触れ、嫌味を言われることもあるでしょう。この時にぜひ付き合いたての頃を思い出して下さい。彼女は沢山「凄いね!」「さすが!」「カッコいい」そして、「ありがとう」と言ってくれたはずです。またデートのためにオシャレをして準備をしてくれたはずです。そんな彼女が可愛くいる余裕が無いくらい大変なんだと理解して下さい。
産休で暇していて、こっちは仕事で疲れているのになんで家事の一つもしていないんだと愚痴るパパにも沢山お会いします。嬉しいことも辛いことも大きな変化は誰にだってストレスです。家族が増えること、父になることでパパもうつになる人もいます。
そんな時でも、ママをほめて、ほめまくって下さい。そうすると愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されます。他にも幸せホルモンと呼ばれるセロトニン、ドーパミン、エンドルフィンがあります。オキシトシンはその中でも人と人とのつながりで幸せになるホルモンになります。
優しい言葉かけと共にスキンシップをとることでオキシトシンが分泌され幸せになり、不安や恐怖心が落ち着いていきます。それはママもパパも赤ちゃんもです。オキシトシンは赤ちゃんが生まれてくるための陣痛を促す作用や母乳分泌を促す作用もあります。最後にオキシトシンが沢山あふれたお産を紹介したいと思います。
ママの隣には、陣痛開始からずっと心配そばに寄り添い続けたパパがいます。最後にいきむ時は、体を支えるサポートをし、生まれた時、「ありがとう、頑張ったね」と涙を流しながら伝えた。逆にママの方が落ち着きながらパパの肩を撫でていた。そして、赤ちゃんが胸の上にいくと二人は赤ちゃんに「可愛いね」「ありがとう」「頑張ったね」と声をかけて、ほめまくっていました。私もふと我に戻り、涙が出そうになりました。
お産は、その家族の始まりの瞬間であり、忘れられない時間になります。一人のひと誕生に二つとして同じものはありませんが、どうか誕生が幸せな時間に包まれますようにと願っております。
(この記事は、MERIC by 医療ガバナンス学会 Vol.25015 「ママをほめよう」2025.1.27 の転載です)
近藤優実
東京医療保健大学 医療保健学部看護学科卒業。兵庫県立淡路医療センターにて看護師として従事。淡路島について働き、暮らしながら学ぶ。同大学専攻科にて 助産師免許を修得し、病院勤務を経て、バースハーモニー美しが丘助産院・ 産科クリニック・不妊治療クリニックにて勤務。一般社団法人日本プレコンセプションケア協会設立。
写真)赤ちゃんを抱く母
出典)Photo by kohei_hara – Getty Images