無料会員募集中
.経済  投稿日:2025/7/14

明暗を分けた日本企業2社:パイオニアと今治造船


福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)

【まとめ】

・パイオニアはオーディオ事業の衰退や新規事業の失敗で海外企業に売却され凋落。

一方、今治造船はJMUを子会社化し、日本の造船業界に新たな期待を持たせる。

・国内競争に敗れ海外企業に売却された企業に対し、業界再編で海外市場を見据える企業に大きな期待。

 

日本の大手オーディオメーカーであるパイオニアの海外企業への身売りという日本のオーディオ家電の凋落を象徴させるニュースと、今治造船とジャパンマリンユナイテッド(JMU)の大手造船会社2社の合併という日本の造船業界に新たな期待を持たせるニュースは、2つの業界の明暗を表している。

パイオニアは1938年に創業した日本を代表するオーディオメーカーだった。オーディオ事業は下り坂、その上、社運をかけたレーザーディスク、プラズマテレビ事業で失敗し、2015年にはコア事業であったオーディオ事業を売却するはめになった。そして、カーナビゲーションシステムなど自動車関連に特化した電機メーカーとして自主再建を模索したが、スマホの普及などによりカーナビの売り上げが鈍化。ついに台湾のイノラックスの子会社の車載ディスプレイメーカーCarUXへ売却となった。

筆者は1970年代に当時トップレベルだったパイオニアの大型コンポーネントを愛用していた。その音響は今も耳に残っているくらい高レベルだった。しかしながら、その後、アップルの台頭で携帯機器が主流を占めるようになり、わざわざ大型コンポを家に据え付ける人も減り、オーディオ事業は2000年を過ぎると成熟期から後退期に入った。レーザーディスクやプラズマテレビなどの家電事業も大手家電メーカーが相次いで参入し、競合した結果、失敗に終わった。そしてカーナビゲーション事業へ手を伸ばしたパイオニアはファーストクラスの技術を持ちながら、マーケットの変化に対応しきれずに今回の身売りへと至った。

日本では、一つの家電製品についてメーカーの数が多いため、消費者も選ぶのに苦労し、結局は購入をやめるケースもあった。そもそも一つの製品で多くの日本企業を競争させる必要があったのだろうか。縮小する日本のマーケットで、日本の家電メーカーは淘汰される一方で、技術を日本から吸収し、安価な製品を開発してきた韓国、台湾、中国のメーカーは、エマージングマーケットのみならず、日本の市場にも押し寄せている。

一方で、今や業界最大手の今治造船は、同第二位のJMUを子会社化する。前者の日本でのマーケットシェア35%、後者は16%で、50%を超すシェアを有する大造船会社となる。今治は鉱石や穀物を運ぶ大型のばら積み船やタンカー、コンテナ船などを建造、JMUはコンテナ船以外に艦船などの建造も行っている。2024年の世界の船舶竣工量では中国54.7%、韓国28.1%、そして日本は12.8%と世界第三位につけている。1956年に建造量で世界シェア50%と世界一位を誇っていた日本の造船業は、1970年代のオイルショック後の造船不況、生産設備削減、そして中国、韓国の台頭で坂道を転げ落ちるように業績が悪化していった。

2024年の建造量で世界第6位今治造船はJMUとの合併で世界第4位に浮上する。日本の造船業がその世界シェアを20%まで引き上げ、その底力を世界に示す絶好の機会だ。更に日本以上にかつての栄光を失った米国と組むチャンスでもある。今や米国で建造される商業船舶の世界シェアは0.1%だ。かつては60以上もの大型造船所を有していた米国では小規模な造船所を20か所ほど残すのみで、年間の大型遠洋航路船の建造数は4~5隻にすぎない。米国のトランプ大統領は自国の造船業の復活を大きく掲げ、大統領教書(State of Union)で訴えている。そして海運業界での中国の支配力を低下させることを目的とした大統領令にもサインしている。この10月から米国政府は米国内の港に接岸する中国製、或いは中国がオペレートする船舶に新たな課金を実施する予定だ。しかしながら、自国での建造によるコスト高が米国製船舶の国際競争力回復の大きな足枷になっており、大統領の号令にもなかなか結果が出ない。地道に発展を遂げた今治造船の今回のJMUとの合併は日本の造船業復活の第一歩でもあり、米国との協業は同盟国日本の造船企業にとって、Win-Winのチャンスでもある

商業船舶以外の船舶では、韓国ハンファオーシャン社が2024年に米海軍の4万トン級補給艦の整備・修理・オーバーホール(MRO)の契約を獲得した上、米国内での整備が義務付けられている米国海軍艦艇のMRO事業に向けて、米国の造船会社の買収まで行っている。これに対し、日本も同年に日本での大型艦船補修について米国と合意している。米国海軍艇の補修という商業船舶以外でも日韓の競争が進んでおり、今治造船を始めとする日本の造船会社にとって、商船以外の分野でも実力を発揮するチャンスだ。

日本の国内市場で多数の企業と競合し、コップの中の嵐で結局は消費者にそっぽをむかれたパイオニアとは対照的に、業界再編のうねりの中で、日本のみならず、海外のマーケットを見据えた積極策に出て行く今治造船に大きな期待が持たれる。

トップ写真:造船所(イメージ)出典:paprikaworks/GettyImages




この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師

1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。


過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。

福澤善文

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."