崩壊する日本の雇用制度

福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)
「福澤善文の考えるためのヒント」
【まとめ】
・日本の少子高齢化は雇用システムに深刻な影響を与えている。
・転職が珍しくなくなってきたが、終身雇用、年功序列制はまだ消えていない。
・自ら、早い段階で多様な分野に興味を持ち、知識を蓄積することが肝要だ。
厚生労働省によれば、2023年度の日本人出生数は72.7万人で前年比5.6%の減少、合計特殊出生数は過去最低の1.20であった。更に、2024年度は70万人を割り込む可能性も出てきた。一方、高齢化については、総務省によれば2024年9月15日の時点で65歳以上の高齢者の総人口に占める割合は昨年度よりも0.2%増え、29.3%と過去最高となり、他国と比べても非常に高い比率となっている。この少子化と高齢化の同時進行の波はこの国の雇用システムにも深刻な影響を与えている。
15歳~64歳までの生産者人口は減少しているが、労働者人口は増加しており、1月31日発表の総務省の労働力調査では、2024年の労働力人口、つまり、15歳以上で仕事についている就業者に、仕事を探している就業希望者を加えた総数は6957万人で対前年比+32万人と、比較可能な統計をとりはじめた1953年以降、最高となっている。この労働力人口の増加は、働く意欲のある高齢者と女性が押し上げているということだ。65歳以上の就業者数は20年連続で増加し、914万人と過去最多を記録した。高齢者のうち、25.2%が仕事についているということで、15歳以上の就業者総数に占める65歳以上の就業者数は13.5%にあたる。
最近、東京海上が41万円、りそな、三井住友銀行が30万円、ユニクロが33万円と来年度入社の新卒初任給の引き上げを発表した。しかしながら、初任給の引上げを人材獲得の武器にできるのは大企業に限られる。そもそも日本の全企業の99.7%は中小企業で。全従業員の7割が中小企業で働いている。従って、初任給の引上げは日本の労働者のほんの一部の話に過ぎない。
それでは従業員の賃上げはどうなのか。内閣府が発表した2024年の従業員の年齢別の賃上げ率は、29歳以下、30歳台、40歳台、50歳台はそれぞれ4.2%、3.6%、2.7%、1.0%と年齢が上がるにつれて減少している。日本の企業ではまだ年功序列制度が生きている。年功序列賃金の元でずっと働いてきた従業員の賃金の伸びがシニアになるほど下がるというのであれば、モチベーションが下がるのは当然だろう。こうなると益々、年功序列制は機能しなくなり、企業は一枚岩ではなくなる。
一方で、中堅以上の社員に早期退職を推奨する企業も増えている。2024年には上場企業のうち52社が早期退職制度を実施しており対前年比40%の増加だ。実施する企業の募集人員の合計は前年の3倍にのぼった。長年の就労で給料が上がった中堅のリストラにより、人件費を浮かせる一方で、新入社員を含めた若手の給料を上げるという流れは、なるほど財務的には効率的だ。しかしながら、これまで培った中堅社員の専門性などが失われることを忘れてはならない。
「転石苔を生ぜず」(‘A rolling stone gathers no moss.’)は良く知られた諺だ。この諺を働き方に当てはめると、かつては日本語と英語で解釈が違っていた。つまり「転職ばかりだと身分も地位も安定せず、得るものが少ない。」との日本の解釈に対し、米国では「必要に応じて転職していけば、時代遅れにならず、成長できる。」
ところが、終身雇用が崩れだした近年の日本での解釈は後者に近くなってきた。つまり転職が珍しくなくなってきたのだ。厚労省の発表では入社して3年以内の離職率は3割で、大学を卒業して入社しても仕事に満足できない若手が増えている。特に金融、保険で若手の離職率が高い。あたかも人材の流動化が活発化しているかの様だが、実際には転職のミスマッチングの話をよく耳にする。
終身雇用、年功序列制には、くさびが打ち込まれたものの、まだ消え去るまでには至っていないようだ。事実、待遇面で安定した企業に長く勤めたいと望む若者がまだ相当数いる。このことは「1つの会社で定年まで勤めたい」という終身雇用志向の学生がまだ50%以上、「転職などでキャリアアップを図りたい」という学生が32.6%と前年同時期の調査時よりも10%以上ダウンしたという最近の大学生・大学院生に対する就職アンケート結果(産経新聞2025年2月12日)に表れている。
筆者は40代後半になって転職し、その仕事をしつつ、大学で教鞭を執り始めた。大学を卒業し、終身雇用、年功序列の典型の様な銀行に勤め始めた頃は、まさか将来、転職をし、更に大学で教える自分を想像だにしなかった。一旦就職したら、その会社に定年まで面倒を見てもらう時代に後戻りすることはない。いつ何時、自分の勤務先は消えるかもしれないくらいの緊張感を持った上で、自分の市場価値を高める努力が必要だ。政府もリスキリングと称して社会人の再教育を推奨しているが、そう簡単に自分の価値が上がるわけがない。自ら、早い段階で多様な分野に興味を持ち、知識を蓄積することが肝要だ。
トップ写真:通勤者たち(2020年3月26日 日本 東京)出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師
1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。
過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。
