米国の戦略的優先順位— トランプ外交は何を目指すのか

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#07
2025年2月17-23日
【まとめ】
・トランプ政権は、中長期的な脅威は中国と見ているのでは。
・従って、対中抑止を確実にすべく、欧州、中東よりインド太平洋に注力か?
・米国の同盟国同士の綱引きが始まるかも。
先週の手痛い反省から、今週は早めに(成田への帰国便の中で)原稿を書き始めた。
米国シンクタンクPacific Forumが主催したHonolulu Defense Forum(HDF)は確か今回が初の開催で、日本では未だあまり知られていない。しかし、内容的には盛り沢山で、少なくとも、よくある「戦略論と情勢分析だけの会合」とは大違いだった。
具体的には、米軍の兵器調達プロセスを如何に促進するか、特に、国防総省内の官僚的無駄を如何に排除し、必要な武器を如何に早く配備するためには何が必要かなどにつき、現役の兵器システム調達関係者も参加する詳しい議論が面白かった。お陰で、筆者個人的にも、多くのtakeaway(学び)を得ることができた。
先週も書いたことだが、今回のHDF参加者は、会合二日目に入っても、誰一人として第二期トランプ政権を批判しようとしない。筆者も思い余って台湾有事の際の米国の対応につき、直接トランプ政権には言及しない形で、最後のQ&Aセッションで微妙な質問をしてみたが、結果は同じだった。まあ、当然と言えば、当然だが・・・。
今回は、太平洋上空を飛びながら考え始めていることを書こう。
2月12日のトランプ・プーチン電話会談に始まり、14日からのミュンヘン安全保障会議でのヴァンス副大統領などトランプ政権高官の驚くべき発言、ウクライナ大統領のどこか褪めた反応、虚を突かれた欧州首脳たちの取り乱し様、更には、今週行われる(リヤドでの!)米露外相会談など一連の動きを我々は如何に理解すべきなのか。
筆者はいつも「国際情勢は、時々の静止画ではなく、一連の長編動画として見るべきだ」と述べている。メディアが報じる「静止画」は国際情勢の一部を瞬間的に切り取ったものに過ぎない。もし最近の一連の動きが動画の一部だとすれば、どのような動画が見えてくるのか。
こうした問題意識に基づく筆者の、あくまで現時点での、見立ては以下のとおりだ。
- もしトランプ外交に何らかの戦略性があるとすれば、その優先順位は何だろう。対ロシア宥和政策による欧州の安定が第一か?イスラエルとサウジを巻き込んだ対イラン抑止による中東の安定か?それとも、中長期的な対中抑止を通じたインド太平洋の安定なのか?「動画」を見ろという意味は、「優先順位の流れ」を見ろということだ。
- 「優先順位など、発足1か月の第二期トランプ政権にはない」と言われれば、身も蓋もないが、ここは敢えて推測してみる。興味深いことに、ミュンヘン会合をめぐる欧州主要国の論調、トランプ政権の対イラン政策に関する湾岸諸国の見方、ウクライナと台湾を重ねる日本など東アジア諸国の分析は、それぞれ見事に異なっている。
- まずは欧州主要国から。米大統領がロシア大統領とウクライナは勿論、欧州抜きで取引を始めたことに仏独を中心とする欧州諸国は対露宥和政策だと反発している。米副大統領が欧州のSNSなどの偽情報対策を「検閲」と呼んだことにも欧州側は猛反発、「米国抜きの欧州安保を考えざるを得ない」と思い始めたかもしれない。
- 一方、中東湾岸諸国は米イラン関係の改善を望んでいる。ガザ戦争やシリア政変などで弱体化したイランは今米国との関係改善を望んでおり、第一期政権の対イラン「最大圧力」政策を第二期政権では変更し、トランプ政権には「対立」ではなく「話し合い」によるde-escalationを目指してほしいと思っている。実に虫の良い話だが・・・。
- ウクライナ和平交渉に関する日本を含む東アジア諸国の対応も微妙だ。これまでは、「今日のウクライナは明日の台湾」「中国に誤ったメッセージを送るな」で済んでいたが、今やウクライナを「見捨てる」かもしれない第二期トランプ外交は、台湾は勿論、日本の安全保障政策にとっても、重大な政策的意味を持ち得るからだ。
- ではトランプ政権の真意は何なのか?筆者の現時点での仮説は、①米は同時に二正面、三正面作戦を行う軍事的余力がないが、②中長期的に米国を脅かす敵は、ロシアやイランではなく、中国なので、③米国は対中抑止を確実にすべく、出来れば欧州、中東よりも、インド太平洋に注力したいと思うのでは?というものだ。
- しかし、これには欧州や中東の専門家が黙っていないだろう。いずれの地域でも米国の軍事力なしには地域の安全保障を確保できないからだ。されば今後は欧州、中東、インド太平洋の米国の同盟国同士が、トランプ政権の、特に、トランプ氏個人の「性癖」「嗜好」「気紛れ」をめぐり一喜一憂する「綱引き」の時代が来るかもしれない。
- ちなみに、ウクライナを巡る米露会談をサウジアラビアで行うというアイディアも実に面白い。ウクライナと欧州を排除し、サウジに「花」を持たせつつ、ガザやエネルギー問題についても、米露サウジ間で、取引しようというのかね?さて、この奇策、果たして功を奏するだろうか。まずは「お手並み拝見」としか言いようがない・・・。
- いずれにせよ、このように情勢が目まぐるしく動くときは、静止画ではなく、動画の流れを見る必要がある。短期的な戦術的優先順位は欧州、中東、インド太平洋の間で、それこそ一コマごとに変わるだろう。しかし、中長期的な戦略的優先順位が定まっていれば、動画のストーリーを予測することはある程度可能だと思う。
- 逆に言えば、トランプ第二期政権の外交にこのような中長期的な戦略的優先順位がなければ、早晩、トランプ外交は行き詰まるだろう。これなら第二期トランプ政権の外交安保チームの力量が問われることになるはず、なのだが・・・。
以上が現時点での筆者の見立てである。あくまで仮説であり、自信がある訳ではないが、少なくとも「静止画」ばかりに目を奪われて、「歴史の大局」を見誤ることのないよう、今後も精進を続けたいと思っている。
長くなったので、いつもの「欧米から見た今週の世界の動き」はお休みを頂き、最後にガザ・中東情勢について一言。
トランプ氏が「地獄を見る」と脅した2月15日の期限前に、ハマースは3人の人質を解放した。中東のスーク(市場)での値切り交渉のようで、意外に息が合っている。少なくとも、日本語の「バナナの叩き売り」とは様相がちょっと違うようだ。
いずれにせよ、リヤドでの一連の交渉の動きが見えてくるまでは、ハマースもイスラエルも当面「様子見」ではないのかなぁ。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真) ミュンヘン安全保障会議で講演するJ.D.バンス米国副大統領 (2025.2.14 ドイツ ミュンヘン)
出典)Photo by Sean Gallup/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

